子どもの共通テストから考えた、40代の生き方
こんにちは、3ちゃんです。
きょう、うちの子が共通テストを受けてきました。
朝の家って、なんか静かになりますよね。
誰も大声出してないのに、空気だけが「今日は大事」って顔をしてる。
で、見送ったあとに思いました。
受験って、受験生だけの話じゃないかもなって。
むしろ、40代のほうが刺さる人もいるんじゃないかな、と。
受験生の背中って、ちょっとまぶしい(そして、ちょっと痛い)
受験生って「未来に投資してる」ように見えるんですよね。
いま苦しい。
でも未来に返ってくる(かもしれない)。
だから頑張れる。
もちろん、保証はない。
でも、机に座る。
不安が消えたからやるんじゃなくて、
不安を抱えたまま、やる。
たぶん、ここが強い。
一方で40代ってどうだろう。
頑張ってないわけじゃない。むしろ頑張ってる。
でも、その頑張りが「現状維持」に吸われていく感覚、ありません?
仕事を回す。
家のことも回す。
人間関係も回す。
体調もなんとか回す。
で、夜にふっと思う。
「自分、何に向かって頑張ってるんだっけ?」
これ、努力不足というより、頑張りの“向き”が見えにくいだけなのかもしれません。
「若いときは可能性は無限大」って、たぶん半分ほんと
若い頃って「可能性は無限大」って言われますよね。
あれ、嘘じゃないと思う。
でも、ちょっと補足が要る気がします。
可能性って、「ある」だけだと使いづらい。
地図がないと、どこにも行けない。
若い頃は選択肢が多い。
でも同時に、横並びも強い。
同級生が同じ時期に同じ話をして、同じ方向へ流れていく。
「普通」が置いてある。
だから、迷いにくい。
その代わり、自分の軸が育つ前に決まっていくこともある。
そんな感じだった人も多いんじゃないかなと思います。
本当は、いまのほうが可能性がある気がしてる
ここからが、今日いちばん言いたいところです。
僕は最近、わりと本気で思ってます。
可能性って、若いときより今のほうが無限大なんじゃないかって。
だって今のほうが、経験してる。
自分の得意不得意も知ってる。
うまくいかなかったことも、いくつか抱えてる。
それでも生きてきた。
そして、俯瞰できる。
体力が落ちる。
時間は減る。
責任は増える。
こういう「減少」を、ちゃんと受け止めた上で、
「結局、何が大事なの?」が、前より見えやすくなる。
たぶんこれが、40代の強さです。
可能性って、「できることの数」だけじゃなくて、
自分の価値観に沿った選択ができる度合いで増える気がします。
選択肢が10個あっても、どれもピンと来ないなら、実質ゼロに近い。
選択肢が3個でも、「これならやってみたい」があるなら、可能性は濃い。
そんな感じ。
ただ、40代で高くなるのは「失敗の心のコスト」かもしれない
一方で、これも思うんです。
若いときより減ってるものがあるとしたら、たぶん能力じゃない。
体力でもない。
失敗に対する心のハードルが上がってる。
失敗したら恥ずかしい。
周りの目が痛い。
家族に迷惑かけたくない。
積み上げた信用が崩れそう。
「この歳で何やってんの」って、自分で自分を殴る。
だから、可能性が減ったというより、
挑戦に払う“心理コスト”が上がっただけ、ってこともありそうです。
ここで哲学をひとつだけ(軽いやつ)
哲学って、難しい言葉を増やす学問というより、
「見方の角度」を増やす道具だと思ってます。
ストア派の考え方に、わりと実用的なやつがあって。
ざっくり言うと、
自分でコントロールできることに集中する
という話。
他人の評価。会社の方針。景気。相手の機嫌。
ここって、どう頑張っても動かない部分がある。
そこに全力で行くと、消耗しやすい。
でも、自分でコントロールできるものもある。
今日の行動。
今日の姿勢。
今日の選択。
受験生って、ここに集中してるように見えるんです。
点数は読めない。
でも「今日は勉強する」は決められる。
40代も、たぶん同じ。
未来は読めないけど、今日の一手は決められる。
いきなり本番じゃなくて「模試」でいいんじゃない?
失敗のハードルが高いなら、下げればいい。
たぶん、受験と同じです。
いきなり本番で勝負しない。
模試から始める。
• いきなり転職じゃなく、情報収集と面談から
• いきなり独立じゃなく、小さく試す副業から
• いきなり毎日運動じゃなく、週1回から
• いきなり人生を変えない。生活の一部だけ変える
これ、逃げというより設計。
たぶん、続くやり方。
点数が出ない人生は「証拠」で見ると楽になるか
も
受験は点数が出ます。
人生は点数が出ない。
だから手応えが薄い。
だったら、採点方法を変えるのも手です。
点数じゃなく、証拠。
・週1回、未来のために30分使った
・寝る時間を守った
・本音を言えた会話が1回あった
・嫌な頼みを断れた
・やりたい方向へ1ミリ動いた
こういう“小さい証拠”が増えると、
「あ、ちゃんと自分の人生やってる」って感覚が戻ることもある。
自分らしさって、理念というより履歴。
たぶんそういう面が強い。
ちなみに僕は、今と未来に全ベッドしてます
最後に、ちょっとだけ自分の話。
僕はこの歳で、今と未来に全ベッドしてます。
リスクは、あります。普通に。
でも、決めてることがある。
結果だけじゃなくて、プロセスも含めて楽しむ。
それを自分らしさにする。
これ、言うのは簡単で、実際は毎日揺れます。
揺れながらでも、そっちに寄せる。
そんな感じ。
最後に問いだけ置きます。
あなたの「模試」って、何ですか?
全ベッドじゃなくていい。
1割ベッドでいい。
週1回30分でいい。
でも、その枠だけは、あなたが決められる。
そこから、可能性ってまた濃くなっていくのかもしれません。
