私は文字が好きすぎる|私がデザイナーになった理由。
今日は気分転換に、本業のデザインについて書いてみようと思います。
私の職業はグラフィックデザイナーです。普段は、印刷物や商品のデザイン、その他ショップやブランド関係のグラフィック、フリーペーパーなど、デザインをつくることを生業にしています。1985年生まれ、デザイナー歴はアシスタント時代も含めると、だいたい18年くらいです。Adobeを使い始めたのはもっと前で、通信制高校に通っていた17歳?くらいから。独学でIllustratorやPhotoshopの勉強を始めて、その後デザイン事務所でアシスタントを経験し就職しました。

https://mmnh.myportfolio.com/projects
デザイナーになった理由は、絵が好きだったからでも、センスがあったからでもないのかもしれない。
最近、なぜ自分がデザイナーになったかを振り返っていました。グラフィックデザインの仕事について随分と時間が経ち、私にとってデザインは、いつのまにか毎日当たり前に関わり続けるものになりました。運が良かったのか、私は恩師ともいえるアートディレクターと出逢い、デザイン事務所で経験を積んで、メーカーで商品を作って、店舗やブランドのブランディングにも関わることができています。いつかこんなものをつくってみたいな、やってみたいな、と思っていたことを色々と経験させてもらいました。自分のことながら、人生とは不思議なものだなと思います。
でも、そもそも私はなんでデザインを選んだんだろう。絵を描くのが好きだったから?印刷物が好きだったから?もちろん好きだったのだけど、それだけじゃ説明がつかない気もします。
デザインを始める前のことを思い出してみる。映画のエンドロールが好きだった。映画が終わって真っ黒のスクリーンの上を流れでいく白い文字。無数のアルファベットの羅列に美しさを感じながら、出演者の名前、スタッフの名前、知らない会社の名前を眺めていた。特に意味はないはずなのに、なぜかずっと見ていられた。

字幕も好きだった。もちろん映画を観に行ってるのだけれど、字幕を見るのも楽しみだった。映画の字幕でしかお目にかかることのできない、あの丸みを帯びた特別な文字。変わるがわる現れる文章、そんなものをなんとなく眺めるのが好きだった。
幼稚園だったか、小学校低学年だったか、初めてワープロをさわった頃のことも覚えている。キーボードを打つと、文字が現れる。今では当たり前のことだけれど、当時は感動した。手書きじゃない整った文字。本や雑誌の中で見ていた文字が、自分の手で打てる。それだけで子どもの頃の私は嬉々として喜んだ。文章を書きたかったというより、文字を出したかった。そんな感覚。
その後高校時代にAdobeを使い始めた時には、自分の好きなフォントをパソコンにいくらでもインストールできることがたまらなく嬉しかった。かっこいいデザインを作りたいと思うのと、ほぼ同じくらい好きなフォントを使いたいと思っていた。あらゆるパッケージの文字を愛でて、街中でかっこいいチラシやフライヤーを集めて、青山ブックセンターでデザイン本を手にとって、いつか私も、こんなデザインがしたいと思った。

そんな過去から、長いこと私はフォントが好きなんだと思っていた。今でもAdobe Fontsやmyfontsを眺めるのは楽しい。新しいフォントを見つけると嬉しくなる。いろんな文字を打ってみたくなる。でも最近、それだけじゃないことに気づいた。
私は手書きの文字も好きだ。お店のメニュー、黒板の案内、誰かの走り書き、子どもの書く文字。整った活字も好きだけれど、人の癖が残る文字も好きだ。


旅行へ行ってもそうだ。歴史が好きな人は教会を見る、建築が好きな人は窓を見る、写真が好きな人は光を見る。私は文字を見ている。お店のファサードの文字、駅のサイン、地下鉄の路線図、スーパーの値札、カフェのメニュー、パッケージの裏面。そんなものばかり見ている。


そう考えると、私はフォントが好きだったわけではないのかもしれない。文字が好きだった。もっと言えば、文字がある風景が好きだった。
映画のエンドロール、本の背表紙、ビルの看板、駅のサイン、張り紙、メニュー...気づけば、いつもそこに文字があった。
デザイナーになった理由は、絵が上手かったからでも、センスがあったからでもないのかもしれない。ただ昔から、文字を見るのが好きだったから。
それだけだったのかもしれない。


✉️
新しい活動に向けて事業を再構築中です。もしも皆さんが、デザインができて、写真が撮れたらどんなことをしてみたいですか?
グラフィックデザインやクリエイティブ全般に関する質問やメッセージを募集中です。
