ワンカップと、あんぱんと、11月のフローリング

これは、
私が「治らなくても生きていける」と
腹をくくった夜の話です。


11月の夜でした。

病院からの帰り道、私はコンビニの袋を提げ、真っ暗な自宅のキッチンに立ち尽くしていました。

袋の中身は、ワンカップ大関3本と、あんぱんが1個。

医師から「大腸がん、ステージ3b。余命は早くて半年、長くて1年」と宣告された直後に、無意識に買ったものでした。

50歳にして、独りぼっち。

暖房をつけていない冷たいフローリングに座り込み、味のしないあんぱんをかじりながら、私は震えていました。

「死にたくない」

「なんで、私だけがこんな目に遭うんだ」

震えは止まらず、涙と鼻水が床に落ちていきました。

これが、私が「地獄」から這い上がる、本当のスタート地点でした。

改めまして、こんにちは。

堂本晃聖(どうもと こうせい)と申します。

私は現在、AC(アダルトチルドレン)やHSP、毒親育ちの方専門のカウンセラーとして活動しています。

これまでに15,000人以上の方のお話を聞いてきました。

でも、私は「立派な先生」ではありません。

むしろ、皆さんよりもたくさん失敗し、たくさん傷つき、何度も人生を諦めかけた、ただの「不器用な人間」です。

今日は少しだけ、私の「恥ずかしい過去」と、そこから見つけた「生きる技法」についてお話しさせてください。


■ 7歳で捨てられ、19歳で母を見送った


私の人生は、最初から少しハードモードでした。

600gという超未熟児で生まれ、生死の境をさまよいました。

5歳頃から母の暴力が日常化してきました。

毎晩のように殴られ、蹴られ、「お前さえいなければ」と罵られる日々。

それでも、母のことが好きでした。

ある日、母が「大阪万博に行くで!」と笑顔で連れ出してくれたことがあります。

「やっと普通の親子になれる」

そう思ったのも束の間、その2週間後、私は児童養護施設に置き去りにされました。

7歳の時でした。

その後、19歳で再会した母は、末期がんで変わり果てた姿になっていました。

私は母の最期を看取りましたが、その時の感情は、悲しみなのか、憎しみなのか、自分でもわかりませんでした。

「愛されたかった」という欠落感だけが、ずっと胸に残りました。


■ 50億の借金と、がん宣告


大人になった私は、「見返してやりたい」という一心で仕事に没頭しました。

「金さえあれば、誰も俺を馬鹿にしない」

そんな意地だけで走り続け、海外で事業を成功させ、年商200億円規模まで会社を大きくしました。

しかし、その成功は脆いものでした。

48歳の時、信頼していた部下の不正が発覚。

私は一夜にして、50億円もの負債(罰金・賠償金)を背負うことになったのです。

地位も、名誉も、お金も、すべて消えました。

残ったのは、酒に溺れる情けない自分だけ。

そして、その2年後。

追い打ちをかけるように告げられたのが、冒頭の「がん宣告」でした。


■ フローリングの上で外れた「仮面」


話を、あの夜のキッチンに戻します。

恐怖で泣き叫び、ワンカップを飲み干し、疲れ果てた時。

ふと、不思議な感覚に襲われました。

これまでの人生、私はずっと「何か」を演じていました。

「強い堂本晃聖」「成功者の堂本晃聖」「負けない堂本晃聖」。

それは全部、弱くて泣き虫な自分を守るための「仮面(鎧)」でした 。

「もう、いいか」

死を目の前にして、初めて肩の荷が下りました。

かっこつける必要もない。強がる必要もない。

だって、どうせ死ぬんだから。

そう腹をくくった瞬間、涙の種類が変わりました。

恐怖の涙から、温かい涙へ。

600gで生まれた私を生かそうとしてくれた医師や看護師たち。

施設で私を守ってくれた仲間たち。

そして、不器用で弱かった母。

「ああ、私はずっと、一人じゃなかったんだ」

すべてを許せたわけではありません。傷は今も痛みます。

でも、「自分を責めること」だけは、やめようと思えました。

これが、私の「受容」の瞬間でした。


■ 解決しなくていい。揺れたままでいい。


その後、奇跡的に手術は成功し、私は一命を取り留めました。

あれから11年。61歳になりました。

では、私はもう「完全に癒やされた」のでしょうか?

悩みなんてない「悟った人間」になったのでしょうか?

いいえ、違います。

今でも、朝4時に目が覚めると、胃がズーンと重い日があります。

ふとした瞬間に、過去の孤独が襲ってくることもあります。

でも、それでいいんです。

「解決」しなくていい。

「克服」しなくていい。

ただ、「重たいなぁ」と思いながら、コーヒーを淹れる。

「怖いなぁ」と思いながら、カーテンを開ける。

そうやって、矛盾や痛みを抱えたまま、今日を生きる。

それが、私が地獄の底で見つけた、唯一の「生きる技法」です。


■ あなたに伝えたいこと


もし今、あなたが「生きづらい」と感じているなら。

親との関係で苦しんでいるなら。

「自分なんていないほうがいい」と思っているなら。

私を見てください。

50億の借金を背負っても、親に捨てられても、がんで余命宣告されても、
こうして図太く生きています。

私は、あなたに「頑張れ」とは言いません。

「親を許しましょう」なんてきれいごとも言いません。

ただ、「あなたのその痛み、私には痛いほどわかるよ」とだけ伝えたい。

あなたは一人じゃありません。

私が、ここにいます。



読んで、どこかが動いた人へ。

送らなくていい。
まず、3行だけ書いてみてください。

  1. 誰の前で、身体が反応したか

  2. 最初に動いたのは、喉・胃・背中・手・奥歯のどこだったか

  3. そのあと、怒り・沈黙・逃避・自責のどれに流れたか

名前をつけるのは、そこからでいい。

ひとりで読めない人は、
その3行だけ送ってください。

壊れ方の入口を一緒に見ます。

送る場合は、クリエイターへのお問い合わせからどうぞ。


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