クリエイティブで切り拓くグローバルで通用する地域|道南EXPO!2025レポ⑥
『地域の未来なんて知ったこっちゃある?』
地域の未来をジブンゴトにして考える多彩なセッションと、
全国で活躍する実践者たちのリアルな声が集まった『道南EXPO!2025』
この2日間に交わされた言葉や想いから、
どんな道南の未来が描かれたのか。
今回は「クリエイティブで切り拓くグローバルで通用する地域」の様子を
函館市湯の川エリア出身で、10月までは函館コミュニティプラザでまちづくり事業に携わっていた田村優奈さんがレポートします🌱
■このセッションは…
江戸時代から明治時代にかけて、日本海を縦断し大阪と北海道を結んだ「北前船」。
その寄港地として栄えた富山県は、今でも昆布の消費量が日本一だったり、地方銀行も知事も兄弟関係だったり…。
どこか親しみを感じるこの地で「ビジョンを起点としたローカルブランディング」に取り組む高木新平さんをゲストとしてお招き。
富山県での挑戦事例をご紹介いただきながら、地元・湯川エリアでデザイン会社を立ち上げた佐々木芳幸さんも交えて、道南でのローカルブランディングについて考えていきます。

▼登壇者をPick Up!!▼
◯高木新平さん(NEWPEACE inc. CEO)
富山県新湊市出身。早稲田大学卒業後、「誰もがビジョンを実践できる世界をつくる」を掲げ、NEWPEACEを2014年に創業。富山県庁のクリエイティブディレクターとして、「成長戦略会議」や「ブランディング推進本部」など県内で様々な取組みを仕掛けている。
◯佐々木芳幸さん(株式会社monopo 代表取締役)
北海道函館市出身。約20ヶ国からなる世界各地の仲間たちとともに国内外の多彩なブランドプロジェクトを手掛ける。今年、地元・湯の川の幼馴染たちと「湯の川デザイン」を設立。「日本一空港が近い温泉街を世界が注目する街に」をビジョンに掲げ、函館に新しい風を起こす!
◯阿部光平さん(IN&OUT-ハコダテとヒト 編集長)
北海道函館市出身。道南には欠かせないクリエイターの一人。「IN&OUT」は「離れて暮らす函館出身者(OUT)」と「函館に移住・Uターンした人(IN)」のインタビュー記事をメインとするWEBメディア。地元から離れるという選択にもフェアに向き合う同メディアは、移住者たちのバイブルに!
■当日の様子
#過去ではなく未来を語るブランディング 「VISIONING」とは

ーー高木さんが提唱する、未来の価値観や市場をつくる「ビジョニング」とは?
高木さん:
NEWPEACEはスタートアップのビジョン開発・マーケット創出に携わる会社です。何百年と続く京都や皇室御用達の品物など、ブランディングというのは歴史や時間が作り上げるものとされてきました。しかしスタートアップ企業には歴史や実績はありません。
語る過去がないなら、未来を語るしかない。
そんな未来へのビジョンを語り、求心力をつくることを僕は「VISIONING(ビジョニング)」と呼んで使っています。

ーー早稲田大学に進学し、卒業後も東京で就職・企業を経験された高木さん。地元である富山に戻り、クリエイティブディレクターとして活動をスタートされたきっかけは何だったんでしょうか。
高木さん:
大学進学後、それまで自分の世界のすべてだった富山県は、「どこそれ?」と言われてしまう場所だと知りました。「どんな街なの?」と言われても答えられない。それからは隠れキリシタンのように、富山出身ということを隠していましたね。マイナー県出身の人には結構多いことだと思います。
地元に関わるようになったきっかけはコロナでした。病院でのクラスターが相次いだ富山県は、なんと感染者数が東京に次いで2位に。規制で地元に帰ることもできなかったので、医療従事者の支援をするクラウドファンディング募集をはじめました。すると一億円ものお金が集まったんです。
そこで、"富山県出身で、今は県外にいても地元を想っている人がこんなにいるんだ"と気づきました。
そうして僕の地元愛に火がついた頃、富山県知事選挙が開催されることにになりました。
「これは変わるチャンス」と思い、成長戦略会議で「県にKPIを作りましょう」と提案しました。
それが「幸せ人口1000万」です。

そのころ県内人口はボーダーラインとなる100万人を切るころでした。ですが、県外には富山に縁や愛ある人々がたくさんいる。
県内人口に縛らられず、土地に暮らす居住者でも、一度きりの観光客でもないその"間"。「関係人口1000万人の県」を目指そうと。
でも関心がないと、関係をもつにも至らないじゃないですか。
関係人口1000万にするためには、まず富山に関心を持つ人口が"1億人"必要。
「富山に関心を集めること」
それがブランディングの最初のミッションでした。
▼「成長戦略会議」と「幸せ人口1000万人」についてはこちら
#一点突破のブランディング戦略 「寿司といえば、富山」
高木さん:
ブランドとは脳内で想起されるイメージのことを指します。
パリと言えば、エッフェル塔とか。
一方富山といえば、都道府県のランキングではいつも中間。
学校のクラスでいえば人気者でも問題児でもない、最後まで名前を思い出せないあいつです。
だからこそ大都市や大企業と同じやり方では勝てない。
そんな強い「〇〇といえば、富山」が必要でした。
そこで大切にした思想が、アシックス創業者・鬼塚喜八郎さんの「キリモミ商法」です。
どんなに狭くとも、富山の強みと世界の流れが重なる一点とはなにか。
富山の標高差が生み出す食の豊かさと珍しい地形。
そして世界の自然と美食への需要。
その小さな隙間が「寿司」でした。

それまでは北陸地方は「生産の富山、消費の石川」とされてきましたが、
この一点突破でそのパラダイムを変え、「寿司といえば富山」にしてやろうと。
そのために県庁職員の名刺をお寿司もモチーフにしたり、寿司職人の育成をサポートする企画など、様々な取組みを行ってきました。
そして昨年はなんと、寿司の1世帯あたりの年間支出額が金沢を抜いて1位という結果に。

僕達は10年後には県内外を問わず、『「富山といえば寿司」という認知率を90%にする』ことを目標に動いてきました。これは香川県のうどんに匹敵する数値です。
なんて馬鹿なことをいってるんだという意見もあると思います。
だけど、昔SNSで見つけた好きな文章があって。

だからこそ、"言い切ること"が大事だと思ってやっています。
未来のビジョンを語ることに、リスクなんてない。
言ったもの勝ちになったら、ラッキー。
「富山といえば寿司」
そう言い切った先の富山の未来は、もっとイケてるんじゃないかなと思うんですよね。
ーー富山県のようにクリエイティブを起点に街を変えることは、函館や他の地域でもできることだと思いますか。
もちろん、やれると思います。
クリエイティブの本質は、表現すること。
スライド資料やドキュメンテーションだけでは、どうしても論理的には伝えきれない部分がある。
だけどビジュアルやコピーといった"表現"を用いることで、心にすっとはいってくることがありますよね。
どの地域にも、いい写真一枚で、認知を作る変えられる可能性は眠っている。それを呼び起こせることがクリエイティブの力だと思います。
#未来は過去の再編集 ! 函館だからこその”勝ち筋”
トーク後半は函館出身で、世界を舞台にクリエイティブを手掛けてきた株式会社monopoの佐々木芳幸さんにもご登壇いただき、お話は”世界での函館の勝ち筋”についてへ。佐々木さん自身、地元・湯の川エリアで「湯の川デザイン」という会社を今年立ち上げたばかり。その背景には、高木さんからのアドバイスがあったといいます。

佐々木さん:
新平(高木さん)の地元の新湊に行ったとき、設計事務所兼デザイン事務所を設立して、街中のデザインに関わっている人に出会いました。そこで、辺境にデザインがあることで街が変わるということを目の当たりにした。
最初は函館全域でやろうと思っていたのですが、「絶対に絞ったエリアでやったほうがいい!」という新平の意見をきいて、函館全体やおしゃれな旧市街地でもない、少しさびれてしまった湯の川でやろうとおもったんです。
高木さん:
湯の川とデザインという、これだけ一点に絞って挑戦できるのはめちゃめちゃ面白いと思いますよ。
佐々木さん:
僕の祖母は湯の川でスナックをやっていたんですが、その頃はネオンも多くて、夜がにぎやかな街だったんです。あのアフターバブルのような光景をまた取り戻せたらと思いますね。
ーー様々な世界や地域のブランディングを見てきたお二人。函館ならではの勝ち筋とは何だと思いますか
高木さん:
僕は函館山の麓にある西部地区エリアの町並みは素晴らしいと思います。神社や教会など、こんなに多様な宗教が隣り合って並んでいるのは、世界でも函館と数カ所だけなんじゃないでしょうか。
ーー海外の方も様々な宗教の建物が並ぶ西部地区エリアは平和の象徴だといってくれることが多いですね。本当に唯一無二の光景だと思います。

佐々木さん:
一点集中でいうなら、僕は「光」だと思っています。
函館を想起させる一枚の写真といえば夜景だと思うんです。
人口が減ると光が減ってしまう。
なら光が増えれば、関係人口も増えるんじゃないかと。
だからそんな光をつくる「電気屋さん」を作ろうかなと思っています。
電力を一番使う街になっても面白いかもしれませんね笑

高木さん:
光でいうといか踊り!
踊りも素晴らしいかったけれど、暗闇から現れる先頭の山車に灯る2つの光が印象深かったです。あの光をおいかけて、踊り狂うという。だけど誰でも参加できるオープンさもある。
北海道の強みはそのオープンさにもあると思いますね。歴史が浅いことの裏返しで、だれとでも共存できる。みんなで光をつくるというのは面白い。
ーー開港した当初、政府は市民に外出禁止令を出していたそうですが、街の人は隠れて覗きに行くほど新しいものに興味津々だったと聞いたことがあります。
高木さん:
僕は、「未来は過去の再編集」だとおもっています。
新しいことやまったくストーリーのないビジョンを受け入れてもらうのは難しい。だけど「実は過去にこんな歴史やストーリーがある」という前置きがあるだけで受け入れられやすくなる。
函館には、世界を受け入れてきたという土地の記憶がある。
まったく同じ過去に戻すではなく、変わりゆく時代にあわせた文脈に編集することが求められていると思います。
ですが作家1人では編集ができないように、編集には外からの目線が不可欠です。だからこそ一度外に出た出身者がこれからのキーとなるんじゃないかなと思いますね。
ーー開港都市としてグローバルに栄えた函館だからこそ、
世界との共存を目指すことは、まさに"過去を再編集した未来"をつくることに直結するかもしれないですね。
■あとがき:セッションを通して思い描いた道南の未来
私は地元の函館に関心が持てず、外へ飛び出したひとりでもあります。
(実は登壇された佐々木さんや阿部さんは、地元の先輩!)
外から戻ってきたから自分だからこそ感じる過去の土地の記憶があります。
お菓子欲しさに駆け回った七夕の夕方も、
金魚すくいができた商店街のお祭りも、
いつもおまけをくれた駄菓子屋さんも。
そんな今はない光景も、私の記憶のなかには残っています。
高木さんがセッションで語られた「未来は過去の再編集」という言葉を聞き、こんなあたたかい記憶が残るまちは、またそんな未来を目指せるのだと感じました。
誰かが「言い切る」ことで始まる未来。
外から戻ってきた私だからこそ、そのビジョンを語り、編集する側でありたいと思わされる時間でした。

ここで私が言い切りたい未来(ビジョン)を1つ。
小さい頃ずっと鬼ごっこをしていた地元の神社。
その傍らで、大好きな幼馴染と、
誰でも腰掛けられる小さなカフェや場所をつくりたい。
この幼馴染とのコショコショ話を、いつか実現できる自分とまちになることを願って。
▼この記事を書いた人
田村優奈 -Yuna Tamura- Gスクエア スタッフ
1999年生まれ。北海道函館市出身。
新卒から約2年間新卒採用の部署を経験した後、地元にUターン。
今年10月までは市民の交流拠点「函館交流プラザ Gスクエア」で働き、道南ローカルマガジン制作プロジェクトeachや道南EXPO!などの事業を担当していた。Gスクエア卒業後も共感できる誰かの傍らで、まちのため世のため未来のためにせっせと活動中!
