【64歳の私が、ようやく知った知足安分】
欲望には、終わりがありません。
もっとお金が欲しい。
もっと評価されたい。
もっと認められたい。
ひとつ手に入れても、また次が欲しくなる。
そんな繰り返しの中では、心が本当に満たされる日は、なかなか訪れません。
「知足安分(ちそくあんぶん)」という言葉があります。
一見すると、「現状に満足して努力をやめること」のように聞こえるかもしれません。
しかし、私はそうは思いません。
今という足場をしっかり見つめながら、希望を持って歩いていく。
私は、そんな生き方を大切にしたいと思っています。
私たちは、それぞれ違う環境で暮らしています。
会社員の方、公務員の方、自営業の方。
子育てに励む人もいれば、介護をしながら毎日を過ごしている人もいます。
みんな、それぞれの場所で懸命に生きています。
だからこそ、自分と誰かを比べ始めると、苦しみは終わりません。
最近は、悲しい事件や、人の怒りや憎しみを感じる出来事をニュースで目にすることが少なくありません。
SNSを開けば、成功している人や華やかな暮らしが目に飛び込んできます。
知らず知らずのうちに、「自分には足りないもの」が心を占めてしまうのです。
私にも、そんな時期がありました。
もっと結果を出したい。
もっと多くの人に読んでもらいたい。
もっと認められたい。
そう思うこと自体は悪いことではありません。
けれど、その「もっと」が心を支配すると、今ある幸せを見失ってしまいます。
私は人生の中で、大きく立ち止まった時期がありました。
なぜ、正直に生きているのに、騙されるのだろうか。
なぜ、正直に生きているだけなのに、人に利用されてしまうのだろうか。
ひとり暗闇の中で、絶望にも似た苦しみを抱え、途方に暮れた時期もありました。
それからは、自分を変えました。
これ以上、自分を責め続けても、何も変わらない。
そう気づいた時、変えるべきは自分の心ではなく、自分を取り巻く環境なのだと思いました。
自分の性格ではなく、外的な環境、人間関係を一掃しました。
その経験を通して気づいたことがあります。
朝、目が覚めること。
温かいご飯を食べられること。
今日も誰かと言葉を交わせること。
当たり前だと思っていたものは、本当は当たり前ではありませんでした。
失って初めて、その尊さを知ったのです。
だから今は、小さな幸せを数えられる自分でいたいと思っています。
もちろん、夢を持つことは大切です。
挑戦することも素晴らしいことです。
しかし、その土台に「今ある幸せへの感謝」があれば、人は焦らず、自分らしく前へ進めるのではないでしょうか。
知足安分とは、未来を諦める言葉ではありません。
今という足場をしっかり見つめながら、希望を持って歩いていくための知恵です。
人生は、足りないものを数え始めると苦しくなります。
けれど、今あるものを数え始めると、不思議なくらい心が穏やかになります。
64歳になった今、私はようやく、その意味が少しだけ分かったような気がしています。
もし今、焦りや不安の中にいる方がいたら、今日だけは「足りないもの」ではなく、「すでに持っているもの」を一つだけ探してみてください。
そこから、新しい希望は静かに始まるのだと、私は信じています。
人は希望があるから、今日という日を生きて、未来を思います。
希望とは、未来への扉を開く鍵なのかもしれません。
あなたは、その鍵をすでにお持ちですか。
Photo & philosophy donchan
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