見出し画像

【仏教は心の病院である】

1年半ほど前に、私はある記事を投稿しました。

今日は、記事を深掘りして、記載させて頂きたいと思います。

仏教には、苦しみと向き合うための四つの教え(四諦)があります。


それは「苦(症状)」「集(原因の診断)」「滅(治った状態・ゴールの確認)」「道(治療の実践)」の4つであり、


私はまさにこれを「心の病院」のプロセスそのものだと感じています。


『苦』とは、日常が病気や災害などによって変わり、「生きることの苦しみ」を実感することです。突然の激痛に襲われるような状態ですね。


次に『集』は、なぜその苦しみが生じているのか、原因を突き止める「診断」の段階です。


そして『滅』は、苦しみが消えた穏やかな状態(目指すべきゴール)を思い描くこと。


病院にたとえるなら、私は「滅」を、苦しみを取り除く方法が見えてくる段階だと考えています。


最後の『道』は、そのゴールに向かって具体的な治療やリハビリを実践していくことです。


仏教を心の病院と考えるなら、その役割は、苦しむ人に寄り添い、心が少しずつ穏やかになる道を支えることだと思います。


健康な人には、必要ないと感じるかもしれません。


ですが、本当に苦しいとき、人は初めて、その存在の大切さに気づくのではないでしょうか。


仏教も本来は、無理に人へ勧めるものではありません。


もちろん、宗派や考え方によっては例外もありますが、私は本来の仏教は、苦しむ人に寄り添う教えだと思っています。


病院は、元気な人が毎日通う場所ではありません。


苦しくなったとき。


不安になったとき。


自分では、どうにもならなくなったときに、初めて足を運ぶ場所です。


私は、仏教も同じなのではないかと思っています。


人生が順風満帆なときは、仏教に興味を持たない人も多いでしょう。


『そんなものは必要ない。』


そう思う人もいるかもしれません。


でも、人は誰でも、生きていれば必ず立ち止まる日があります。


大切な人との別れ。


病気。


人間関係。


仕事。


将来への不安。


そんな時、誰かが心を治してくれる薬はありません。


だからこそ、仏教は病気を治すのではなく、『苦しみとの向き合い方』を教えてくれるのだと、私は思っています。


あなたは今、心が元気ですか。


それとも、誰にも言えない痛みを抱えていますか。


もし後者なら、仏教という『心の病院』は、あなたを拒むことはありません。


心の病院は、弱い人が行く場所ではありません。


苦しみながらも、前を向いて歩こうとする人に、そっと寄り添う場所なのだと思います。


だから私は、仏教を「心の病院」だと思っています。

 Photo & philosophy donchan





いいなと思ったら応援しよう!

donchan1962 有効活用!活きた🩵に、且つ、みなさんのために有意義な事を発信します💪

この記事が参加している募集