【天才になれなかった貴方へ。「ありあわせの人生」を最高のご馳走にする方法】
居場所がない。自分には何の取り柄もない。
SNSを開けば、自分と同世代の人間が、あるいは自分より若い人たちが、ネットの波に乗って「天才的能力」を発揮し、自由を謳歌している。
それに比べて、自分はどうだろう。
高い家賃を払う勇気もなく、特別なスキルもなく、ただ毎日を生きるだけで精一杯。

「自分の役割って、一体何なんだろう」
そう思い詰め、暗闇の中で膝を抱えている貴方へ。
まず、ハッキリと言わせてください。
貴方は、そのままで、すでに物凄い才能の持ち主です。
嘘だと思いますか?
気休めの綺麗事に聞こえますか?

なら、少しだけ、私の恥ずかしい過去の話を聞いてください。
かつて、私は「頭のネジが緩んだアホ」でした。
今でこそ、私はこうして偉そうに文章を書いていますが、以前は重度のうつ病を患っていました。
あの頃の私は、本当に惨めでした。
大好きなコーヒーの淹れ方すら分からなくなり、手が震えて、お気に入りの高いお皿やコップを何個も何個も叩き割りました。
シンク周りはいつもドロドロに汚れ、自分の頭のネジが全部緩んで、文字通り「アホ」になってしまったのだと、毎日自分を責めて泣いていました。
定年を迎え、病気に蝕まれ、社会との繋がりを失った時、私の心は完全に「終わった」のです。
そんな私が、どうやって這い上がってきたか。
特別な薬を使ったわけでも、突然ネットビジネスで大成功したわけでもありません。
私がやったのは、「自分の弱さをあきらめること」でした。
プライドを全部捨てて、泥の中にいる自分を認めて、周囲に素直に「助けて」と手を伸ばしたのです。
そして、リハビリ代わりに、台所に立ちました。
高級な食材はいりません。
私は、立派な高級食材を使った料理は作れません。
だけど、冷蔵庫を開けて、そこにある「残り物(ありあわせのもの)」を使って、名もなき創作料理を作ることならできます。
そして、料理が完成してお皿に盛り付ける瞬間には、シンクにある洗い物もすべてピカピカに片付いています。
私は、物事を頭ではなく「体で覚える」アナログな人間です。
不器用かもしれないけれど、体で覚えた技は、絶対に裏切りません。
気がつけばそれは、誰にも真似できない「職人レベルの手際と丁寧さ」になっていました。
ここで、貴方に気づいてほしいのです。
貴方は今、「自分には何もない」と絶望しているかもしれない。
だけど、貴方が今日まで、ボロボロになりながらも生き延びてきたその日々、その体には、貴方だけの「生きる職人技」が、すでに染み付いているはずです。
毎日、しんどい体を引きずって満員電車に乗ってきたこと。
理不尽なことに耐え、大切な人のために笑顔を作ってきたこと。
誰にも褒められない家事を、淡々とこなしてきたこと。

それらはすべて、立派な食材(才能)がなくても、目の前にある過酷な現実(ありあわせの食材)だけで、今日という日を生き抜く料理を作り続けてきた証拠です。
別の人から見たら、それは物凄い才能であり、奇跡のような強さなんですよ。
受け取る側から、与える側へ。
ネットの世界が広がり、どこにいても仕事ができる自由な時代になりました。
だけど、その自由の中で迷子になり、「自分らしさ」が分からなくて苦しんでいる人が多すぎます。
貴方の役割は、これから始まります。
自分が幸せになるためじゃなくていい。
貴方がその「ありあわせの人生」の中で培ってきた、不器用だけど丁寧な生き方
その泥臭い経験そのものが、今、どこかで泣いている誰かの「希望」になり、「未来」になり、「安心」になります。
病に苦しんでいる人がいれば、貴方のその傷だらけの過去が、相手を救う特効薬になります。
見返りなんていりません。
ただ、「私もそうだったよ、大丈夫だよ」と、手を差し伸べるだけでいい。

最後に、私から貴方に聞かせてください。
どんな服装で過ごすのが、心地よいですか?
ワクワクするときは、何をしているときですか?
いい格好をする必要なんて、どこにもありません。
よれよれのTシャツだっていい。
お気に入りのパジャマだっていい。
貴方が「貴方らしく」いられる環境の中で、その眠っている才能を、どうか大切な誰かのために使ってください。
貴方は、決して一人ではありません。
助けて欲しい時は、素直に「助けて」と言っていいんです。
だって、私たちが生きるこの世界は、お互いの足りないピースを埋め合うためにあるのだから。
貴方のこれからの人生に、心からの敬意と、溢れるほどの勇気を込めて。

Photo & philosophy donchan
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