見出し画像

【動画小説】テーマパーク・パフォーマー隼人 第十七話

 帰国し真っ先にユニハースタジアムランドへと急行した俺をマイケルが出迎える。
「よぉ、御曹司。待ってたで。ショーの衣装一式は揃っとる」
「助かる」
 俺はマイケルに礼を述べるや、すぐさま準備へと取り掛かる。一張羅を整え舞台へと赴くとレナ師匠が待っていた。
「隼人、準備は?」
「一応、明日の本番に備えセリフをそらんじれるレベルには」
「オーケー、じゃぁ早速、通し稽古よ。時間もないしね」
 女刺客役のレナ師匠は剣を引き抜きこちらをうかがう。俺もそれに合わせ剣を取った。


 そこから始まったのは、普通の舞台練習だ。だが、いつも見ているはずのレナ師匠の演技を同じ舞台の上で受けた俺は、愕然とした。レベルがこれまで以上に飛躍している。
 ──迫力がまるで違う。この人、また腕を上げたんだ。
 名演技に負けまいと必死な俺だが、心中は穏やかではない。
 確かにレナ師匠は血の滲むような努力と持ち前のタフさで、幾つもの現場を凌いできた。数多の修羅場を潜ってきたはずだ。それは、分かる。
 だがこうも思った。
 ──チーフは、俺の様な凡人には決して追いつけない何かを確実に持っている。多分、どれだけ研鑽を積もうと達することが出来ない何かだ。
 やがて、通し稽古をこなしたところで、レナ師匠が言う。
「隼人。アンタ、大分うまくなったね」
「はい、その……ありがとうございます」
「オーケーよ。努力は裏切らないからね。明日、ヨロシク」
 レナ師匠は俺の肩にポンっと手を置き、涼しげに舞台から去って行く。その後ろ姿を見送った俺は一人、心中で毒気づく。
 ──努力は裏切らない、か。よく言うよ。
 余裕すら漂わせるレナ師匠と、これにまるで追いつけない自分──そこには努力なんて甘い言葉では決して片付けられない違いが横たわっている。
 多分、才能や運といった先天的な類いだ。無慈悲な現実をまざまざと見せつけられた俺は、思わず心中を吐露した。
「要するにズルいんだよ。チーフは」
 忸怩たる思いはいつしか悔し涙へと変わる。その情けない面を誰にも見られていないことを確認しながら、俺は控室を去った。
 
 
 
 ファンタジアランドを後にした俺の元に一台の車が滑り込んでくる。妹の花江だ。
「アーニキっ、待ってたよ」
「あぁ、スマン。助かる」
 俺は花江に礼を述べるとともに、助手席へと腰掛ける。そのまま車を発進させる花江だが、その運転は決して褒められたものではない。
 二度程、信号を無視し、三度程、人を引きかけた後、実に危ないハンドルさばきを見せつつ、いつもの儲け話をベラベラと捲し立てていく。
 そのほとんどを無視しつつ、考え事に耽る俺だが、はたと気づくと道が帰路へと向かっていない。
「おい花江。お前、どこへ行くんだよ」
「や、ちょっとぶらっとね」
「なぜ?」
「なんとなく」
 よくわからないトンチンカンな珍道中を挟み、やって来たのはユニハースタジアムランドが一望出来る高台だ。ここで車を止めた花江は開口一番、こう言った。
「見て。夢と欲望の掃き溜めよ」
 父にも似たようなことを言われた過去を思い出しつつ、俺は言う。たとえ掃き溜めでもその中の鶴になればいい、と。
「アニキ、それはムリな話よ」
「なぜだ」
「人気商売だから。自分では選べない」
「たとえ人気商売でも自分が努力すれば、報われるだろう?」
「だーかーら、それがムリなんだって。人の気と書いて人気だもの。自分と気とは、書かないでしょ」
 ──まぁ、それは否定しないが……。
 やがて、花江はどうでも投資とギャンブル話を一通りした後、さりげなく問うてきた。
「アニキはさ。進路、どうすんのさ」
「さぁ。正直、迷っている。まぁ、努力が活きる場所ならどこでもいいさ」
「ふーん……パフォーマーじゃないんだ」
 意外そうな反応を見せつつ、花江はさらに問いを重ねる。
「アニキ、何かあった?」
「……別に」
 ぶっきらぼうに答える俺に花江は、しばし沈黙の後、言った。
「アニキは、やっぱりパフォーマーだよ。それもファンタジアランドのね。それ以上は、手に余る」
 ──癪なやつだ。
 俺は妹を嫌悪しつつ「そういうお前はどうなのだ」と問い返す。これに花江は珍しく神妙な顔をしながら「そうね、もし可能ならば、だけど」と前置きした上で、仕事のまつわる自身の確固たる哲学を語った。
「できれば、ラクして儲かる仕事がいいわ」
 ──コイツ、これを本気で言ってるんだからな……。
 半ば呆れる俺に花江が笑って続けた。
「要するに、私は別にどこでもテキトーにやって行くって話。けどアニキは違う。求道者でしょ」
「ファンタジアランドレベルのな」
「いいじゃん。小さく産んで大きく育てよ、よ」
「じゃぁチーフはどうなんだよ。お前から見てレナ師匠は?」
「あの人は別格、傑物揃いの業界だけど、皆、それなりに苦手分野を持っている。けどあの人には、それがない。まさにオール5よ」
「だったら俺は?」
「これもまた別格、苦手もなければ、得意もない。まさにオール3よ」
 実に取り付く島もない花江評だが、彼女はこれにつけ加える。
「そうね。もしレナさんが天才だとすれば、アニキが一番、幸せなヒトってことになる。間近で仕事が見れるんだからね。技術なんて盗んでなんぼ」
「まぁな……」
 俺は納得を示す。事実、この業界の師は弟子を使い捨て程度の道具程度にしか思っていないし、弟子も師を技を盗むための存在としか思っていない。
 それでいて、なお人を魅了するのがテーマパークであり、パフォーマーなのだ。
 ──多分、超一流のチーフには一生、勝てない。それでもせめてその尻尾くらいは掴めたら。
 そんな野心を秘めつつ、俺は花江と帰路についた。



 翌日、本番を前に俺達はバックヤードで円陣を組む。
「いい。全てを出し切ろう、行くよ」
 レナ師匠の掛け声の後、俺達はそれぞれの持ち場へと散っていく。ちなみに俺はレナ師匠と同じ舞台裏で待機だ。
 傍らで目を閉じ、何かを唱えている師匠だが、本番の合図が入ったところで、その瞳を開く。その顔はまさに、女刺客のそれである。
 完全にその世界に入り込んだレナ師匠は、徐ろに立ち上がり、言った。
「さ、行きましょ。アンドレ(俺の役名)」
「もちろんだ。キャシー(レナ師匠の役名)」
 かくして幕は切って落とされた。舞台中央へと歩み寄った俺は、ここで注目の第一声を発するのだが、緊張のあまり声が裏返ってしまった。
 観客席から失笑が漏れるものの、レナ師匠は「そんなの気にしなくていい」とばかりに目配せし、自らの役をこなしていく。
 それを見た俺の中で、ふっと力みが消えた。
 気がつけば、自身ではあり得なかった程の演技をこなしている自分に気がつく。そのあまりの変貌ぶりに観客は静まり返った。
 そもそも俺は代役だ。向けられる目やそのレベルは決して低くはない。にも関わらず、俺はこれまで演じたことのないレベルの演技が出来ている。
 そのカラクリに気付いたのは、演技の中盤だ。
 ──間違いない。チーフだ。レナ師匠が俺からサイコーの演技を引き出しているんだ。


 俺は感動に打ち震えながら、レナ師匠に全てを委ね、全身全霊の演技をこなして行く。
 やがて、舞台はクライマックスを迎えた。互いの最期を賭けた決闘である。ともに剣を取った俺達は、本物さながらに剣技をぶつけ合う。
 鬼気迫る迫力は、舞台上にとどまらずショー全体を別次元のステージへと引き上げていく。
 やがて、アンドレ役の全てを演じ切った俺は、シナリオ通り舞台中央で倒れ込む。その上にレナ師匠がかぶさる形で終劇とあいなった。
 観客席から拍手喝采が送られながら、幕が閉じる。
 ──終わった。ついに演じ切ったんだよな、俺は……。
 その事実を確かめるようにレナ師匠をみると、彼女は笑って言った。
「オーケーよ。アンドレ……もとい隼人。もう免許皆伝ね」
「そんな……俺はただチーフに演技を引き出してもらっただけで」
 ありのままを述べたつもりだったのだが、レナ師匠はそれを謙遜と受け取ったらしい。徐ろに俺に手を差し伸べてきた。
 俺は笑みとともにその手を取る。その瞬間、極度の緊張状態から一気に解放された。
 その後、ステージで皆とともに観客に礼をした俺達は、満面の笑みで互いを称え合った。
 確かに俺には至らないところはある。資質もオール3だ。だが、それでもこのたぎる気持ちは抑えられない。思わず心の中で叫んだ。
 ──パフォーマー、サイコーだっ! このステージこそが俺の居場所なんだ!

いいなと思ったら応援しよう!