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ラドンの湯気のなかで考えていたこと

くろねこチャンプレオープン1日目。22時ごろ店を閉めた。
帰るころにはもういつもの温泉に入れる時間ではなくなっていた。

山梨には、東京よりずっと温泉の多い土地だ。
けれど、遅くまで開いているところは少ない。
探してたどり着いたのは、ラドン温泉だった。

あまり期待もせず、淡々と暖簾をくぐる。
入らないと眠れない性質だから、風呂があるならそれでいい。



ラドン温泉というのは、地下の岩盤から出るラドンガスを含んだ湯気を、
皮膚や呼吸から取り込むことで、免疫や細胞の回復力を高める…
そういう効果があるらしい。
ホルミシス効果という名前も壁に書いてあった。
身体にわずかなストレスを与えて、
その刺激で回復のスイッチが入るという仕組み。

湯船の上に「10分は我慢して入ってください」とあった。
温泉で“我慢”という言葉に出会うのは初めてだったが、
たしかにその湯は熱く、重く、そして少し息苦しかった。

湯から上がって、壁の効能リストをなんとなく目で追う。



リウマチ
神経痛
自律神経失調症
不眠
喘息
胃腸の不調
糖尿病
高血圧
皮膚炎
うつ病
肝臓
——そして、癌。

え、癌?



もう一度見返したけれど、やっぱり書いてある。
治癒した例がある、という体験談なのか、効能として信じられているのかはわからない。
ただ、そう書いてある。

その下には、
「※好転反応として、だるさ・下痢・眠気・発熱が出ることがあります」
という一文もあった。

読みながら、
「効いたらすごいけど、まあ、効かないよな」と思った。
そのときは、それだけだった。



翌朝は、いつも通りだった。
朝ごはんを食べて、夜の営業の仕込みや買い出しをして、、
いつものように動いていた。

それが変わったのは、夕方だった。

腹がなんとなく重い。
しばらくして、鈍い痛みがじわじわと広がってきた。
気づいたときには、10回ぐらいはトイレに駆け込んでいた。

プレオープン予定だった「くろねこチャン」は、
その日、臨時休業にした。



先週は、WPW症候群の発作で救急搬送された。
そして今週は、温泉で腹痛。朝ごはんはドトールでモーニング食べたので食中毒では無さそう。

なにが回復していて、なにが壊れているのか、
その境目は、いつも曖昧なままだ。

仕事を休んで、夕方の部屋でぼんやりしていると、
外ではきちんと生活の音がしていた。

誰かがドアを閉める音。
湯が沸く音。
子どもの帰宅の足音。
世界はちゃんと動いていた。

今日はなにもできなかったけれど、
それでも、今日も一日だった。



ラドン、効きすぎじゃないか。

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