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婚活をやめた日から始まった「わたし」の人生

「じゃあ、あとは結婚して子どもを産むだけね!」


わたしが何かを達成するたびに、母は笑顔でその台詞を口にした。
毎回、わたしの心には小さな、けれど鋭いトゲが刺さった。 


念願だった英語を活かす職に転職しても、友人に囲まれ賑やかに過ごしても、趣味に熱中していても、母の目には「独身の未熟な娘」としか映っていない。その事実が、何よりわたしを追い詰めていた。


「結婚しなくたって幸せになれる!」

ーーそんな現代のキャッチーなフレーズは、母の放つ「結婚して初めて一人前」という力強い言葉の前で、脆くも消え去った。世間がなんと言おうと、わたしは母の言葉を無視できなかった。
ただ、大好きなお母さんに一人前の証として「花丸」をつけてほしかったのだ。

だから、母が癌で長くは生きられないと知ったとき、わたしのアクセルは壊れた。
「母が生きているうちに、何としてでも結婚して孫を見せなくては。」 
それはもはや、執念に近い暴走だった。


かつての友人に「お試しでいいから付き合って!」とすがりついた。地方住まいでありながら貯金を切り崩し、新幹線で東京の婚活パーティーへ通い詰めた(人が多いから出会いも多いと踏んだ)。アプリで出会う見ず知らずの男たちと、毎週同じバーで、同じ飲み物を頼み、同じような自己紹介を繰り返す。 神頼みで買ったペールカラーの数珠は、いつしか効果を発揮しない呪いの品に見え、わたしはその淡い色彩さえも憎むようになった。


できることは何だってやった。

けれど、祈りも空しく、季節は無情に巡る。 冷たい雪が降り始めた頃、母はとうとうわたしの頭を撫でてくれることなく、あっけなく旅立ってしまった。

***

母から金メダルをもらうために走り抜けた20代。気がつけば、わたしは30代になっていた。
母のいなくなった部屋で、泣き疲れて佇む。ふと、これまで費やした膨大な時間と、すり減らした心が、途方もなく虚しく感じられた。


「......バカみたい。」


わたしは、アプリを消した。男たちの無機質な連絡先もすべて削除し「まだ見ぬ夫との結婚資金」として貯めていた通帳を握りしめ、成田へ向かった。 


それは、半ばヤケクソの逃避行。けれど同時に、母の期待や他人の物差しを振りほどき、初めて自分の「やりたい」という衝動に従った瞬間だった。


一人で訪れた海外の島。そこには、職業や年齢で人を品定めする「婚活市場」の空気は一切なかった。男ウケを狙った窮屈なワンピースとヒールを脱ぎ捨て、ヨレたTシャツとジーンズ、スニーカーで歩く。



砂浜に寝転び、どこまでも続く空と海の青に溶け込んだとき、わたしは生まれて初めて、自分自身のために呼吸をしている感覚を味わった。
「わたしには、こういう時間が必要だったんだな。」
本音を奥底に追いやってガチガチに固まっていた心が、あたたかい風に吹かれてふにゃふにゃとほぐれていく。快感だ。


決めた。

もう、他人の期待に応えるために命を削るのはやめよう。内向的なわたしが、無理に「初めまして」を繰り返す拷問のような日々には、もう戻らない。


そうして「婚活をやめる」と決めたあとは、霧が晴れたようだった。
誰の顔色も伺わずに、自分の心の声に耳を傾けられる。足取りが軽やかで、スムーズに動き回れる。不思議と、やりたいことがどんどん浮かんできた。


そうと決まれば、行動あるのみ。日本に戻り、再び働いて資金を貯めたわたしは、今度は「逃避」ではなく「冒険」として海外の大学へ飛び込んだ。


オンライン講義開始前のようす


出会う人すべてを「結婚できるか否か」という、重くつまらないフィルターを通してしか見ていなかった頃は感じなかった、人と話す喜びに震える。
ただ自分の好きな学びや趣味に没頭しているとき、誇張抜きで「人生ってこんなに楽しいのか」と驚いた。

時を同じくして「彼」に出会った。

婚活の場ではあんなに出せなかった「素の自分」が、彼を前にすると自然に溢れ出した。条件を照らし合わせるのではなく、心が共鳴する感覚。
異国で移民として苦労するもの同士、文化の違いや家賃やビザに苦しみつつも支え合いながら生きて。
驚くほどすんなりと、わたしたちは家族になった。


***


今はその彼、ラティーノの夫と、彼の母国ブラジルで暮らしている。
毎日、やさしい雨のように降り注ぐキスとハグ。わたしたちはとても仲が良い。 


朝食を運んできてくれる優しい夫


もちろんここでも義母からは「孫の顔が見たい」という期待を投げかけられる。
けれど、今のわたしはかつてのようにうろたえない。「どこの国の親も、思うことは同じなんだな」 そう笑って受け流せる。夫も「ママは大切だけど、ママのために子どもを作るのは違う。僕たちの人生は僕たちのものだ」と言ってくれる。


わたしたちの家庭に、子どもはいない。けれど、愛する夫と二人で創り出す未来は、何よりも鮮やかで自由だ。


かつて母に求めていた「花丸」も、届かなかった「金メダル」も、今はもういらない。 

わたしは、自分自身にそれらをあげられるから。

今わたしは全力で「わたし」を生きている。

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