vol.287/ “とあること”はじめ
このnoteを書き始めて気付けば丸6年が経とうとしている。ワオ!そんなに書いてる?書いています。vol.0から始めてしまって分かりにくくなっているけれど、(オーバーザサンみたい笑)今回で288記事書いてきたということ。もうすぐ300記事という数字も見えてきている今日この頃だけど、この間も記事に書いた通り、言葉を書くことで、またアーカイブされることで、人や自分を呪うことになることもあるかもしれないし、一方で救われることもあるということ。言葉がなかったら生まれないあれやこれやがそこにはあって、そんなふうに考えていくと言葉を口にしたり残したりすることの興味深さを心底感じている。呪いにもなり救いにもなる言葉の数々。誰しも呪い呪われ、救い救われているとするならば…。
どうしてもやりたいことが今、一つある。まだここには書けないけれど、水面下で話を進めていてもう少しでローンチできそうな“とあること”。それらは、実は私が嫌いだったと思うことの一つであることも自分的にとても興味深い。今皆が得意や好きをやろう!仕事もプライベートも!と叫んでいるのに、何故に嫌いだったことを?と誰しも思うに違いない。私もその1人。理由は追ってこのnoteに書き綴るかもしれないし、しないかもしれない。それでも今は、単純にやりたいを優先させて良い気がするのだ。好きとか嫌いとか、得意不得意とか、損得とかじゃなく。ただただやりたいを。
そういえば、このnoteだってそれだけの動機でスタートした気がする。
ふと気付けばSNSに消費される時間が惜しいと思うようになり、(そもそも飽きてきてしまった)私は昨年Instagramをやめ、Facebookもどこかビジネスよりで退屈だと感じていました。
でも
もっと自由に今感じていることを、言葉で表現したい
安心して表現できる場はないか
とずっと探していたような気もします。
そして辿り着いたのがnoteという場でした。
———————————————————————————————————
仕事をしている私でもなく妻としての私でもなく一個人として自由に安心して言葉で表現できる場にするつもりです。
また、時間を割いて読んでいただくからこそ、時間を使って書いていくからこそ
大切にしていること、軸、MIND
が伝わるような文章を表現できたらと思っています。
自分の記事より抜粋
そりゃ思考したらこういった理由のような類のものも出てくるし、それはそれで嘘ではない。でももっと思考より先にある動機は、いつだってやりたいからだと思うのだ。“やりたい”という動機は、何かを“やらない”という動機にもなって、それこそ“決める”ことや“分ける、線引きする”こととも同様だ。“やりたい”、“決める”には、凄まじいパワーが宿っている。このnoteを始めた時もそうだし、他にも諸々あるが、何かスタートを切る時って(良くも悪くも)まっさらな状態であり、真ん中であり、中庸でニュートラルだよね。と。偏りのないその状態でこそ、パワーを宿しながら次へのステップへと進めるよね、と。
皆さんもそれぞれのスタートを切る春がやってきましたね。あまり自分に負荷をかけず、ニュートラルな心持ちで軽やかに進んでいけますように!
