耳鳴り潰し754
娘の聴覚検査のために紹介された、府内の大きい病院へ。行きの電車が通勤ラッシュと重なり、途中から満員電車に。荷物棚のヘリに両手をつけて支えてどうにか体勢を保つ。このような状況を毎日続けなければいけない人たちもいるわけだ。妻も私も近所で働けてることの幸せを実感する。
もう電車に乗りたくなかったので、JR大坂から徒歩で目的地の病院へと向かう。一駅程度の距離。迷路のような地下街をGoogleマップを頼りに歩く。私がよく梅田に出ていた二十年くらい前と様子も違っている。「泉の広場」からは泉が消えていた。
あれこれ聞いてくる耳鼻咽喉科の先生を娘は「99.9%の松潤みたい」と称した。弁護人の無実を証明するために、相手の生い立ちから聞いていく姿勢を思い出したのか。検査を受けた結果、聴く力には問題がない。というより、聴き過ぎている。雑音が聞こえる状況での聞き取りテストで、雑音の聞こえてくる角度が変わり、聞き取りが楽になれば通常は数値はぐんと上昇するのだが、娘の場合は少し上がる程度。
周囲がざわついている状況では先生の言うことがよく分からない、というのが発端だった。次の移動教室先が分からない。複数の声が聞こえる中で、誰か特定の人の声を聞き取ることができない、といったもの。聴覚の問題ではなく、脳の処理側の問題のようだ。
娘の持つ特性は私から受け継いでいるものも多い。次の検査日は二ヵ月後。
天神橋筋商店街を少しぶらつく。日本刀が店頭に飾られた店を外国人客が食い入るように見ていた。天牛書店(古本屋)に入り、松本健一「埴谷雄高は最後にこう語った」を購入。久しぶりの紙の本。晩年の埴谷雄高へのインタビュー集。「死霊」を楽しめる今だからこそ欲しくなったもの。
巻末に前持ち主の読了メモがあった。

「1997(H9).10.19読了
埴谷の妄想と現実生活
妄想と文学(esp 私小説)
戦後思想と文学者の役割
松本健一のさらなる発展に期待する
それにどれだけ私が追いつけるか。
何によって可能なのか先は見えないが……。」
思想家に追いつこうとしている一読者の感慨が書きつけられている。署名はないのでこの方が誰なのかはもう分からない。
ぶらついていた近くの駅から適当に電車に乗り込んだので、帰りは随分遠回りになる。行きと違って空いた車内の中で少し本を読みつつ、うとうとする。妻も娘も疲れ切っていた。帰ってひと眠りするといつの間にか息子が帰ってきていた。娘は散歩に行き、公園で小さい子と遊んだことを嬉しそうに話した。
今日の一枚「枯れた泉の広場」

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