小説を書かなくても生きていける方法
出版不況などまるでなかったことのように売れまくった「小説を書かなくても生きていける方法」は世界を一変させた。似たようなコンセプトで書かれた他の人の「断筆ダイエット」「執筆を止めるために必要な3つのこと」「小説を書けなくなった猿」などの本もその流れを後押しした。
確かに言われてみれば「どうして小説を書かなければならないと思い込んでいたのだろう」「書き続けていればいつか誰かに認められる日が来るだなんて、どうして思い込んでいたのだろう」と気付いてしまう。人々の奥底に眠る本能に訴えかけてくるような文章で「小説を書く以外にも楽しみはある」「小説を書かないことにより人生に新たな喜びが生まれる」と説き伏せてくる。
この本の影響により、小説を書くことは古い時代の悪習と片付けられるようになった。人々は小説を書かなくなり、執筆にあてていた時間をスポーツや勉学やギャンブルや犯罪に注ぎ込むようになった。
大手投稿サイトは名称を変更した。
「小説家になろう」→「小説家にならない」
「カクヨム」→「カカナイシヨマナイ」
「note」→「白紙」
各サイトのランキングは「読まれていない作品」が上位に来るような仕様へと変更になった。長期連載でありながらほとんどPVを得られなかった私の作品が上位に居座り続けた。つまりランキング上位で目立ちながらも、読もうとする人は誰もいないわけだった。かつて夢見たトップランカーでありながら、心は荒む一方となり、やけくそで連載を続けた。
そんなこんなで三年が過ぎた。
「小説を書かなくても生きていける方法」の著者が満を持して新作を発表した。
「実は書いてました」というタイトルのその本の中で著者は、人はどれほど圧力を加えられても、創作意欲を消し去ることは出来ない、と述べていた。その証拠に著者の書いた本の影響を受けて小説を書かなくなった人も、時間と共に執筆を再開している、と数多くの例を列挙していた。
三年間地下に潜って書き溜められていた人々の小説は、発表の機会を得るとどれもが傑作として花開いた。三年間の暗黒期を経て、小説は黄金時代を迎えてしまった。他の娯楽のどれもを差し置いて人々を楽しませた。
かつてスポーツや勉学やギャンブルや犯罪に走ってしまった人たちも、それぞれの経験を活かして小説にした。何をしてもどう生きても、小説の題材にすることが出来るのだった。
投稿サイトはそれぞれ名称を元に戻し、ランキング形式も以前と同じように、よく読まれている人気作品が表示されるようになった。私の作品は再び埋没した。読まれないままに。私は誰が何を書こうが、もう二度と小説など書くものか、と決意した。打ちひしがれて飲めない酒を飲もうとして、一口舐めて眠ってしまった。
真夜中に目が覚めて、十分ほどネットをダラダラ見ていると、もう何もしたいことがなくなってしまった。外は寒いしお金もないし、穴の空いていない靴下もなかった。
私は靴下の穴を塞ぐために、必要なものを探す旅に出る男の話を書き始めた。
(了)
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