プラウド・クラッド 上(長編小説・再掲載)

※2025年にnoteに投稿した作品です。
投稿当時の表現が使われているため、再掲載ではお見苦しいかもしれません。
表現には過激描写がふくまれていますが、なるべく投稿当時を尊重させていただいてます。
ご不快でしたらブラウザバック推奨。



あらすじ


人間世界に取り残された種族・ノルエルサピエンス。
名前も分からないノルエルサピエンスの女性は二〇二五年を生きのびようと決意した。
空腹で意識がなくなりかけた彼女が道路で事故にあいかけた時に一人の男性が助けてくれた。
二〇二五年で十九歳になるらしい嵐家結緤あらしやごうだらはプロファイターで彼の身体能力に彼女は助けられた。
それなのに生き残ってしまった現実が憎くなった。
彼は悪くないのに。
助けてくれた結緤ごうだらと話していくうちに連絡用の機械を渡された。
彼女が遊びで短歌を投稿しているとファンになってくれた複数の人達の人生にさりげなく影響をあたえた。
二人の関係がやがて大きくなり、四人へと増えて抱えられなくなる。


最後の一人



私には名前がない。
『ノルエルサピエンス』とだけ白衣を着た人間に教えられただけだった。

言えない実験をさせられてまで調べられた私はもう何のために生きているのか分からない。

白衣を着た人間の中には家族を連れていた。
私と似た人はいないのだろうか?
人間が描いた絵本を見せられてから私の姿と変わらない住人がいたからもしかしたらと考えた。

どうやら現実には存在しない存在らしい。
残念なことに。

生まれて十八年。
二〇二五年現在で人間でいえば十九歳になるらしい。

長く生きすぎた。
私達の平均寿命は知らないが二十年近くも生きれば大往生だろう。

このまま軟禁生活が続くのならいっそ消えてしまおう。
私はさりげなく今の場所から逃げ出した。

*


やっと高校を卒業した。
プロファイターとして突き進むことにした嵐家結緤あらしやごうだらは身内の有名人がいるからと言う理由だけで他の選手達から目をつけられていた。

格闘技関係ない友達は多いが選手となるとジムの仲間限定になる。
もちろん他のジムにも仲間はいるけど。

大学をどうしようか悩みに悩んだし、本当はプロファイターなんて結緤ごうだらは嫌だったがバンドマンや専門家とプロファイターと三つの進路からプロファイターを選ぶことにした。

道は大学に進学してサラリーマンを選ぶよりも辛いかもしれないけど、だからこそ応援されるかもしれない。
俺はもう身内の力を使った誰も頼れない人間じゃない!

自分自身の力でチャンスをつかみ、背中を後輩に見せるチャンピオンだ!

そう言い聞かせて今年も良い歳にしてみせる。
結緤ごうだらは今日もサンドバッグへ拳を打ち込む。

「今日は調子が悪いな」

身体に危機を感じた結緤ごうだらは春一番で体調を崩した。

いつものように裏道を通ってショートカットしていると髪の長い女性がゆっくりと道路を歩いていた。

歩き方が遅すぎる。
あれではかれてしまう。
案の定トラックがやってくる。
転生アニメだっけ?
同じ展開か?いや、俺なら彼女を助けられる!

遅いまま歩く女性を傷つけないように抱えて受身をとる。

「おい気をつけてくれ」

運転手もブレーキを踏んでくれたので結緤ごうだらが謝ってこの場を乗りきった。

女性はよく見ると普通の人間とは少しちがった雰囲気をかもしだしていた。
俺、なんか助けた人間違えた?
とは一瞬考えたものの女性の方へふりかえる。

「こんな状況でなんとお伝えすればよいか」

結緤ごうだらは彼女へ手をのばす。

「いいいい。無事で何より」

「あ、ありがとう、ございます」

ちゃんと言えたみたいで結緤ごうだらも安心した。

そして彼女を守りたくなった。

*


彼女が何者かは分からないが金持ち特権で別のスマートホンを渡した。

「これは?」

「スマホ。なんかあった時は俺に連絡してくれ」

使い方を彼女に教えて一人暮らしの部屋で一通りの着替えを渡して料理を作った。

彼女のお腹はなりっぱなしだったから空腹で事故にあいかけたのかもしれない。

なんで俺は彼女にここまで手助けしたくなるのだろう。
彼女も何もできないわけではないと言ってくれたけど。

「理由はあとでちゃんと聞くから」

「で、でも私、普通の人間とはちがうから」

「大丈夫だ。空腹でさまよっていたなら俺は人間だろうとワンちゃんネコちゃんタヌキちゃんだって助ける」

「わ、私は、人間なんだけど」

ごめん。
ちょっと言い方がよくなかったか。

それから彼女と同棲どうせい生活は始まった。

*


研究ばかりされていた私が別の人間に助けられる。
しかも身体能力が高い人に。

いいのだろうか。
私にこんな生活。

人間としてのルールは研究所で知っていた。
でも実際に暮らすと話は別。

スマートホンと呼ばれる機械で色々調べてみたけど特に参考とはならなそうなものばかり。

そういえば短歌たんかが気になっていた。
研究所で見かけた本に短歌集があって、インターネットで自分も投稿できるらしい。

メールアドレスの作り方まで夜遅く人間の彼が教えてくれたからそれでアカウントを作って書いてみた。

最初は反応がなかったけど調べに調べてひとつできた。

文章はこの時代では受けないらしいが結構なファンがついた。

そして投稿した短歌から話は始まっていく。


今回は彼女の短歌を読んでいたひとりの男性が歩む物語と出会い。

きっかけは五七五七七ごしちごしちしち

灰永鋼此仇はいながこうれはアクションスターを目指すイケメン俳優。
高校生の時に地上はデビューも果たした。

って自分で言うのは良くないか。
鋼此仇こうれは自分以上に世間と社会と戦う同い年のプロファイター・嵐家結緤あらしやごうだら選手をずっと応援している。

恋リアやドラマに出たりしてるのにちゃんとチャンピオンになっていく姿を見て鋼此仇こうれは改めてアクションスターを目指す決意をした。

そんな彼の趣味はインターネットで投稿された書籍化された人やされていない人たちの短歌を読むことだった。

基本無料でプロじゃないけど味があって鋼此仇こうれはそんな作品を読むのが好きだった。
勿論もちろん俳優でもあるので読書はする。
でも書店で買ってきたり通販で買う本はどれも表現が難しいだけで読書がそこまで不得意な鋼此仇こうれにとっては積んでいく本を役者の勉強に使うために消費しているだけだった。

インターネットで読める作品もかたよった内容ばかりで善し悪しはあるけど。

その中でまるで純粋な人かもしれないけどどこか人間の残酷さを短歌で書いてくれているアカウントを見つけた。

内容は著作権を守るために言わないでおく。
でも男性なのだろうか? この見方は女性?
性別は今の時代関係ないとはいえ現実で考えれば女性なのだろうか?

思想や陰謀論がはびこってばかりの現代でシンプルな短歌なんて中々見られないので似たような人がファンになっているのか反応が多い。

それでも書籍化するには時間がかかりそうだ。
あまり他のアカウントと仲が良くないみたいだから。

書籍化にも才能だけでなく交流が必要なんて鋼此仇こうれみたいな友達が多い人間ならともかくこの方は明らかに人付き合いが初心者だ。

それでも短歌を読んでくれた人へのお礼はちゃんとしているので好感が持てる。

いつか会ってみたいな。
知らない人同士だから今のままでもいいけど。

「はあっ、やー、たぁー!」

鋼此仇こうれはアクションの練習と演技の練習をしていた。
友達からは男女ともに場が明るくなるイケメン筋肉マッチョとからかわれていて照れていたが地上波デビューまでしたからやる気はみなぎっている。

そして憧れのプロファイター・嵐家結緤あらしやごうだら選手も次の試合で強そうな人と戦う。

高校卒業し、大学生になって俳優業と学業の両立とバイトは大変だけど身体も心も鍛えられるしアスリートの友達もいるからはげみになっている。

世界ではこんな毎日を送る人を幸せだと言う人もいるけどそれは違う。

鋼此仇こうれには見知らぬ誰かの短歌を見つけられたし、憧れの同い年がいて王者がいる。

世界は優しくないからそうではない人達がいてわかりあえないとあきらめてしまうこともある。

それでも鋼此仇こうれはロマンを夢見て身体を鍛える。
いつか彼らに背中を見せると決めたから。

*


こんなに私の短歌が評価されるなんて。
結緤ごうだらには秘密にしている。
彼は私の履歴を見るなんて勝手なことはせず、おたがいの距離を守りながら暮らす。

私は就職とか進学とかしなくてもいいのだろうか?
彼のために料理を勉強してある程度作れるようになったけど結緤ごうだらの方が料理が上手い。

今日も練習しに行ってるんだろうな。
強い人でもあり、十八歳にしては肝が座っている。

<いつも短歌を読んでいます。生きづらい世界でどこか希望を忘れていないけど現実を痛いほど知っている響きにいつも支えられています>

そうなんだ。
人間の文学についてまだ知らない中で手探りで短歌を投稿していたら思いのほか色んな人間に評価された。

研究所の人間にバレないか心配していたがほとんどノルエルサピエンスのデータはそろっていたからもう私のことなんてどうでもいいのだろう。
だからといって余計な動きは出来ない。

ファンか。
結緤ごうだらはアンチがどうとか言っていたな。
私にもいるのかな。
アンチ。

*


鋼此仇こうれはバク宙の練習をしていた。
高校生だった時から突出した筋肉だとは言われていたけどもっと時間を作って身体を鍛えたい。
もう少し太る必要も出てきたから余計に。

今日は格闘技の聖地と呼ばれる会場にいた。
嵐家結緤あらしやごうだら選手はいなかったが彼のドラマ共演者と友達だったから呼ばれて来てみた。
対戦カードに嵐家あらしや選手はいなかったけどプロファイターの動きも知りたかったのでいい気分転換になった。

休憩でトイレへ行き、会場へ戻ろうとしたらあれ?
嵐家あらしや選手?

髪を染めた彼の友達と何かを話していた。
流石にサインを求めるのは良くないなあ。
いや、今しかチャンスがない!
鋼此仇こうれは初対面の彼へ勇気をだして写真撮影を彼へお願いした。

「高校生の時から嵐家あらしや選手のファンです。写真よろしくお願いします!」

初々しく声をかけたのに彼の方はまるで知り合いに話すような口調だった。

「あれ? 灰永はいなが? 灰永鋼此仇はいながこうれだよね? 俺も話したかったんだけど俺のファンだったんだ」

へえ。
知られていたのか。地上波の番組は結構視聴者の年齢をしぼっていたのに。

「まさかチャンピオンに知ってもらえていたなんて。嬉しいです」

「いいよ敬語は。同い年だし」

彼は高校卒業前に試練を乗り越えた漢の顔をしていた。
気が合いそうだ。

元々彼のドラマ共演者とも仲が良かったのもあって連絡先を交換するのに抵抗はなかった。

この年齢で友達ができるなんて。
しかも憧れのチャンピオンと。
大切にしよう。
この縁を。

鋼此仇こうれは心からそう誓った。 

───── 一方で


モデルの仕事は窮屈きゅうくつだ。
ハーフだから親や親戚に文句は言えないがストレスがたまる。

やっと高校卒業と共に家を飛び出してモデルと俳優業に専念しているが精神疾患せいしんしっかんは治らない。

高校卒業まで知らなかった。
俺が思い詰めていたなんて。

襟轡禍永えりぐつわりりっとは仕事を引き受ける度に心臓をわしづかみにされた感覚ばかりおそってくる人生に嫌気がさしている。

そこでインターネットをさもよっていたらある人の短歌へ出会った。


半生を振り返るほどちゃんとしていない。でも誰からも否定されるいわれはない

襟轡禍永えりぐつわりりっと
十八歳になったばかりだが早生まれなので高校は卒業している。

無趣味なわけではなくてよく海へ遊びに出かけている。
高身長のモデルをやっていて、親戚も顔が良くて性格がキツイ分かりやすく古いタイプで禍永りりっとは学業と両立させながら得た資金で逃げるように上京した。

精神疾患せいしんしっかん
今はどの年代も精神科に通っていない人は少ないらしい。
生きてりゃ身体も精神も調子くらい悪くなるだろう。

なんで現代でも偏見があるのだろうか。
モデルの仕事をしていて裏の事情を聞く度に実感する。

もうクリニックには通ってないし禍永りりっとみたいに暮らせる人間も少ない。

友達も多くはないが少なくはないので別にかまわない。

そんな禍永りりっとが唯一夢中になれるのはインターネットで投稿されている無料の短歌だった。

誰にも言わない趣味のひとつ。
それでも禍永りりっとが見ている短歌のアカウントにはコメントが多くて動画が流行る時代でこんなことってあるんだと感心していた。

その人の短歌はどこか人間とは違う目線で物事を見ている。
でも誰も見下していないし、誰かに捨てられた経験と拾われた経験を短歌で表現していた。

よく動画の広告で強制されているわけじゃないちゃんとした居場所ってやつがあの人にはあるのかもしれない。

一年に一度だけコメントをしている禍永りりっとと同い年かもしれない男性らしきアカウントがあって文体が明るく謙虚だった。

気がついたら賛美さんびのコメントを送っている程度のアカウントだったから忘れた頃にさわやかな応援を送るアカウントみたいに禍永りりっともエールを送りたかった。

もともと精神疾患をかかえている自分にそんな資格なんてあるのだろうか。
いや、関係ないか。

そしてモデル仲間からもう一人の同い年が活躍している話を聞いて試合を見ていた。

ボクシングは観ていたが格闘技はからっきしの禍永りりっとへ興味を持たせた嵐家結緤あらしやごうだら選手は家庭が普通ではないらしい共通点から親近感がわいて応援していた。
ドラマにも出ていたしいつか仕事をする日がくるかもしれないし、来ないかもしれない。

『でもみんな俺よりもいい人生なんだろうな』

勝手な妄想で相手を決めてしまうのは失礼だ。
だけどどうしても人生に公平性はない現実を知っているからこそ新幹線の窓を長めながら速く切り替わる景色を見てため息をつく禍永りりっとだった。

*


「今日も切れ味がするどいねえ。こんなコンプラだらけなのに」

幸骸機刀根こうがねいりすは早生まれの十九歳。
つまり実質二十歳になった。

モデルと俳優をやって、いつの間にか喧嘩けんかで強くなるためにジムに通ったりしている。

また映像しか興味がなかった機刀根いりすを短歌や文学の世界へ引きずりこんだあるアカウントの信者でもあった。

「また短歌なんか見てんの?」

「いい加減学習しろよ。SNSで流行った文学なんてただの自己表現だって。SNSと芸術は相性悪いんだし」

ちがう。
ちゃんと投稿ができるサイトで見ている。
しかも無料でだ。

「お前ら俺がいつも喧嘩けんかばかりしていてコミュニケーションで問題あると思ってんのか?」

二人の友人は首を縦にふる。
そうか。

ついこの前も副業とはいえ荒っぽい仕事で合法的に人を殴ったんだ。
研究失敗で産み出された人間と他の生き物が合わさったモンスターを機刀根いりすは倒して運ばせた。

信じなくていい。
世の中には知らない方がいいことが山ほどある。

「そういえば一度会ってみたい奴がいた」

プロファイター・嵐家結緤あらしやごうだら
歳は一緒でも学年は一つ下。

もし条件が合えば拳を交わせたかった。
彼は短歌なんて興味無いかもしれないからそこで話が出来ない可能性があるなら残念だけど。

「お前ら。今日は俺がおごるから。あと短歌の話はしないから安心しろ」

いやできないって。
二人のツッコミから今日を生きていると実感した。

そろそろ機刀根いりすも短歌の人になんかコメント送らないとな。

合法的とはいえいつの間にか喧嘩けんかばかり優先しちまったがそんな気遣きづかいできるかここで久しぶりに悩む。


嫌にならないのか? 押し付けあってばかりで

何度も同じポーズを撮り直させられる。
今の時代若いからって無茶をふるスタッフはいない。
でも仕事は仕事。消費社会で生きている以上、手抜きは許されない。

精神疾患はもう関係ない。
それでもポーズを撮り終わった後は軽く水を飲んで気持ちを落ち着けている。

療法じゃない。
くせだ。

「はぁーーーーー」

襟轡禍永えりぐつわりりっとはため息をついたわけではない。

精神科医の資本主義への執着は正直破綻はたんしている。
ブックがある診断か。
人は人を馬鹿にしていながら生きていると十八歳だからって青臭い発想をしてもトイレで顔を洗い、現実に引き戻されるだけだ。

生活がかかっているのは誰もがそう。
優劣ゆうれつをつけるなと言われても禍永りりっとすらえらそうなことは言えない。

怒ればインターネットにさらされ、だまれば負けっぱなし。

また金をはらってカウンセリングなんてごめんだ。
カウンセリングでどうにかなる奴なんて強いから言えるだけ。

俺はあんな破綻した連中の味方なんかしない。

「人間は最低だ。俺も。お前も!」

誰か入ってきた。
しまった。また周りを見ることが出来なかった。

なに? 灰永鋼此仇はいながこうれ
年齢は違うが学年は一緒。早産まれあるあるだ。
そんなことより典型的な明るい筋肉俳優にまずいことを聞かれた!

多様性なんて俺たちは頭では理解していても本能が抵抗している。
病んだ時にあまりの時代遅れな現実におどろいた。

拡散されたらまずい!

「き、君はたしかモデルの・・・・・・禍永りりっとくん?」

逃げよう。
彼がどんな性格か分からないから。

「ま、待って! 何も聞いてないから」

「聞いてないなら引き止めないでくれ」

「な、なんかごめん」

同じ芸能で活動する人間でも付き合いは違う。
もうトイレは確認してから入る。

「あの!」

「何か?」

「荷物落としている」

あわてすぎたか。
危ない。

「ありがとう。じゃあ」

荷物を丁寧ていねいに受け取りその場を去ろうとする。

「ちょ、ちょっと」

「傷ついたなら謝る。突然トイレでさけばれたら驚くよな」

「もういいよそこは」

何か忘れていることでもあるのだろうか。
急ぐような仕事もないからトイレに入ったし少し話を聞くか。

「もしかして俺のこと知ってるのか?」

おたがい話した記憶はないはずだ。
ましてや元精神疾患のモデルなんてはるか昔の人間に許されたエピソードだ。

誰にも話さない。
話すつもりもない!

「高校生の時に海で君がモデルの仕事をやっていて、その時から話したかったんだ。SNSを見た知ったんじゃなくてたまたま海でアクションの撮影があって君の顔を覚えていてさ。再会がこんな近くだとは思わなくて」

海で?
最後に海へ行ったのいつだったか忘れていた。
高校卒業に忙しくて。

「せまいな。芸能界は。それも再会がベストじゃなくて」

灰永はいながは言葉を選び、迷いながら考え込んでいた。
そして照れながら話す。

「無神経だったらごめん。でも、俺はさっき君が言っていたことは聞いてないよ。用足したかっただけだから」

「完全に俺の思い込みか」

男相手に。
何を俺は考え込んでいる。
一応ファンらしいのに。
俺の名前を調べていなかったから今まで調べてもいないのか。
エゴサとか本当にしないか事務所に任せているパターンか。

「ふう。場所を変えるか。いそがしいなら先に行っていい」

灰永はいながは性別関係なく優しく接してくれた。
強い男なのかもしれない。紳士ってやつか。
それとも俺が悩みすぎているのか。

禍永りりっとは忘れた荷物を届けてくれたお礼におごることにしたが彼はいいよと断ったので安いメニューをたのむだけにした。

*


灰永鋼此仇はいながこうれは海を楽しむ人たちを尊敬していた。

水が苦手なわけじゃないけどサーファーにあこがれていた過去があってプールで泳いだ気になっても満足出来なかったから。

『人は海から逃げて陸で進化したらしいのに海に帰りたがるのかもしれない』

仕事でライフセービングの勉強をしていた時に彼らが人助けをする姿を見てもしかしたら自分もその道があったかもしれない。

「だりぃ。泳がなくていいのに脱ぐ理由なくね」

「日焼け対策めんどくさがるモデルは格がちがいますね」

「どうせ白くはならないんだから経費削減けいひさくげんだ!」

「むしろ環境に優しいモデルって肩書きにすればいい」

そうだった。
今来ている海は撮影にも使われている。
二人とも長身で日本人とは少しちがう顔立ちだった。

筋肉もバランスが良くて健康が心配になる細さだった。

凄いなあ。
同じ芸能界に関わる人でも仕事内容はちがう。

『彼らも海を盛り上げている人たちの一人なんだよね』

助けるってどういう基準で決めているのだろう。
自分たちはあまり考えていなかったのかもしれない。

さっきの人たちは日焼け対策について話していて、外の撮影で入念にゅうねんな対策をしなけらばならない仕事の過酷さを隠して撮影する。

同じ芸能界にいるかもしれない人たちの誰にも見せない努力。

いいきっかけになった。
個人情報のために鋼此仇こうれは彼らを調べず、やがて適当に買った雑誌で再び目にしてだまり続けた。

だからアクションも学業も演技もがんばれる。
鋼此仇こうれは前向き思考ではなく相手からはげまされて生きている。

だからいつか彼らにお礼をしたかった。
雑誌も買って名前もってなかったからちょっとしたファンでしかなく、交わることもない可能性の方が高かった。

だからしばらくしてたまたま入ったトイレで彼が鋼此仇こうれが読んでいる短歌に近いさけびを聞いてほおっておけなかった。

お節介かもしれないと考えて話しかけるのをやめようとしたら荷物を忘れていたからそこで話をやめようとしたのに。

どうにか彼と話せないだろうか。
彼の背中はどこか苦悩に満ちていた。

もう皮肉を言い合える仲間もいないのかもしれない。
彼から食事の誘いがあって幸運だった。

鋼此仇こうれは彼と共に店へ入る。

*


「店にこだわりある?」

「誘ってくれた相手の選んだ店なら文句を言ったりしないよ」

「なら喫茶店でいいか」

灰永はいながはどこでも生きていけそうだ。

海で俺は何をしたんだろうか?
モデルの仕事が誰かを支えることにつながるのは限りある人間だと思っていた。

条件なんて理屈ばかり考えてもしかたがない。
灰永はいながに失礼だ。

誰かと対面で話すのは仕事や医療機関以外では久しぶりだ。

友達がいないわけではないけど違う道で生きているだけだ。

禍永りりっとは何を話せばいいか悩んでいた。
コーヒーをたのんで自己紹介でもするか。
俺だけ彼の名前を知っているのも変だし。

襟轡禍永えりぐつわりりっと。有名なコンテストってのに受賞してモデルやってる。時期が時期で知名度は低いけど」

卑屈ひくつな言い回しをほとんど初対面の相手に取るつもりはなかったのに。

話すのは苦手だ。
どんな状況でも。

灰永鋼此仇はいながこうれって俺の名前は知ってるんだっけ? インターネット社会だと名前と顔を売るのは大変だよね」

ほとんど偶然ぐうぜんだ。
同年代なら無意識に反応する。
たったそれだけだ。

コーヒーを飲む禍永りりっととタピオカミルクティーを飲む灰永はいなが
まだあったとは。
いい店を見つけた。できれば一人で来たかった。

「さっきトイレで聞いた君の話が俺の好きな本の人に似ていてさ。俺は平気だけど君の反応が普通なのかもしれない、いや、普通とか今の時代で何を言ってるんだよって考えるようになってさ」

昔ならメンタル格差だと悪口を言ったかもしれない。
でもその格差で今、救われている。

「インターネットの時代に人前で姿をさらけだす。そもそもメディアは今も昔も注目をあびやすい。そしてきられる。俺たちの努力と流した汗に吐いた血を否定して」

気をつかわれる。
初対面に俺は何を。
禍永りりっとはこれ以上話さないよう口をつつしんだ。

「悪い。どうにも仕事以外で話すのは抵抗がある」

彼は何も言わずに間を置いた。
いつもなら皮肉を皮肉で返す相手がいた。
もう忘れていた。
仕事仲間だったから気があったのに連絡をとっていなかった。

会話か。
時にだまって相手の話を聞く優しさを忘れてしまっていた。

気がつくと涙が出ていた。
やばい。
恥ずかしい。

「泣かなきゃやってられない人もいる。ここは海じゃないから涙が見えてしまうのは陸の欠点かもしれない」

詩的なことを話す人だ。
俺よりも華があって筋肉質なのに余裕があるわけでもなく、えらそうじゃない。
そしてかげがない。

「ありがとう」

「え? 別にタピオカを飲んでいるだけだけど」

これがムードメーカーか。
病んでから話したことなかったな。

「連絡先教えるよ」

せめて俺にも何かお返しをさせてほしい。
禍永りりっとは久しぶりに同業者と同年代に心をひらく。
歩み寄ってみよう。もう過去だけを振り返らないために。

性格も何もかも違う。
いや、分かり合える条件をもう決めない。
彼なら心配はなさそうだ。

もう十八、十九。
縁を大切にしていこう。

俺も血は通っている。
禍永りりっとは現代を生きる人間としての証明を誓った。