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ヒトは、体内の細菌ゲノムの奴隷か?


 ジェームズ・C・スコットが『反穀物の人類史』で描いた「主客転倒」の構図は、私たちの自尊心を鮮やかに揺さぶります。小麦やコメは人間に栽培されているのではなく、人間を「労働力」として飼い慣らし、自らの生息圏を地球全土に拡大させた。この挑発的な視点は、私たちの内なる宇宙、すなわち「腸内フローラ」にも当てはまります。

第一の視点:私たちは「微生物の乗り物」か

 体細胞数を超える数百兆個の細菌を抱える私たちの肉体は、見方を変えれば微生物が繁栄するための「精巧なバイオスフィア(生物圏)」と言えるのかも知れません。近年の「脳腸相関」の研究では、腸内細菌が神経伝達物質を介して私たちの食欲や感情、意思決定までをも操作している可能性が示唆されています。
 私たちは自らの意思で献立を選んでいるつもりでも、実は内なる「支配者」たちが自らの増殖に有利な栄養素を求めて、私たちの脳をハックしているのかもしれないということです。ここでは、人間は自身のものではない、腸内細菌の複製子(レプリケーター)の生存戦略に奉仕する「乗り物の乗り物」へと理解されてしまいます。

第二の視点:スタノヴィッチによる「ロボットの反逆」

 しかし、ここでキース・スタノヴィッチが『ロボットの反逆』で提示した対抗軸を導入する必要ができます。スタノヴィッチは、生物を自己のゲノムという「自己複製子」の利益に奉仕する「生存機械(ロボット)」と定義しつつ、人間はその運命に異議を唱えられる存在であると説きました。
 乗り物の幸福よりも「自身のコピーの最大化」を優先する複製子の論理は、腸内細菌のケースへも言いかえられます。例えば、腸内細菌が求める過剰な糖分が宿主の健康を損なうとき、それは「細菌の利益」であっても「私の利益」ではありません。スタノヴィッチは、人間が持つ「分析的知性」こそが、これら生物学的な指令を客観視(メタ認知)し、個体の幸福のために拒絶する力を与えると主張します。

止揚:自律的な「Win-Win」の再構築

 この二つの視点を止揚(アウフヘーベン)したとき、人間は単なる「乗り物」でも「孤立した反逆者」でもない、新たな地平に立ちます。それは、知性を用いて生物学的な共生関係を「自覚的にデザインする」という視点です。
 現代の私たちは、小麦の奴隷としてただ増産に励むのではなく、品種改良や農法の最適化を通じて、自らの生活の質(QOL)を高める糧として作物を再定義しています。体内においても同様です。特定の細菌に脳をハックされるがままにするのではなく、プロバイオティクスや食事療法を通じて腸内環境を「検閲」し、自身の精神的・肉体的パフォーマンスを最大化させるパートナーへと作り変えています。
 つまり、人間は「複製子の利益」と「個体の幸福」が衝突する場で、知性というツールを用いて両者の利害を調整し、能動的にWin-Winの共生関係を創出しているのです。私たちは「細菌の乗り物」であることを認めつつ、その運行ルートを「個人の幸福」という目的地へと書き換える存在であるということになります。

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