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民意という神秘的、超越的存在

古代漢代の儒教思想に天人相関論という思想がある。雑に言えば、為政者の失政に対して、「天」という超越的存在が、天罰として自然災害を起こすというもの。
現在の自然主義、科学思考の下では、この天人相関論をそのまま信じるということはできないというのは当然かもしれない。
しかし、為政者には、天罰が下って欲しいという感覚自体は、現在でも否定できないはず。

また、「政治は民意に従うべき」という命題における「民意」というのも、よくよく考えると存外、「怪しさ」を持った概念だ。
ルソーの「一般意志」とか、ロールズの「無知のベールの下での社会契約、合意」というものが、民意の抽象的な説明ということになるだろう。しかし、これ以上の具体的な説明が可能だろうか。

とすると、「民意」という発想も、相当に神秘的で、超越的、つまり経験的にその存在を観測することのできない存在ということになる。具体的な自然人の思いに帰着される意思は、特殊意思、個別意思であり、一般的、普遍的な民意ということはできないはず。

「民意が示された」とか、「民意に従う」といった言説と、天人相関論との間に、それほどの差があるのかどうか、疑ってみるのも良いかもしれない。

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