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熟議に基づく首長選挙の在り方


例外的なアメリカ型大統領制度

政権交代は本来、民主主義の健全さを示す「循環プロセス」である。
しかし、新政権に批判的だった人物が交代後に圧力を受けるような事態が生じるなら、それは民主主義の自己破壊にほかならない。
近年アメリカでは、政権に批判的となった以前は政権の一翼を担っていた人物に対する捜査をめぐり、「報復政治」への懸念が広がり、行政権力が政治的対立の武器として用いられる危険すら示されている。
この構造は、執政府の長が強烈な直接的正統性を与えられる制度が内包する固有の脆弱性を象徴している。

そもそも、アメリカのように実質的な国家権力の中心である大統領を国民が直接選ぶ国は世界的に見て少数である。多くの大統領制国家では、議会が主要な権限を保持し、直接選ばれた大統領は象徴的存在にとどまるか、あるいは半大統領制のように議会多数派による強い抑制の下で執政府を運営することになる。
したがって「直接選挙=強いリーダー」という単純な図式は成立しない。むしろアメリカ型は例外であり、その例外性ゆえに、強烈な正統性同士が衝突し、社会分断が深まり、政権交代時の「報復」の温床となりやすい。比較的アメリカ型に近い韓国の大統領制の下では、前大統領がよく投獄されるのも一例だろう。

首長公選論への疑問

この視点は、日本で潜在的に支持される「首相公選論」を評価するうえでも重要である。日本では「政治を動かすリーダーを国民が直接選ぶべきだ」という期待が繰り返し語られるが、その議論は日本の政治文化や制度構造、歴史的安定性を過小評価している。
議院内閣制は、立法と行政を結びつけ、政策遂行の責任を明確化してきた制度であり、首相公選制を導入すれば、行政と立法のねじれが慢性化し、むしろ統治能力を毀損する可能性が高い。それは、戦前の大日本帝国憲法下における初期議会時代や大正時代の「憲政の常道」論に鑑みて、立法と行政のねじれは、特定の時期の問題ではないことで確認できるはずだ。

また、日本社会には強いリーダー待望論と異論者への圧力が混在しており、直接選ばれた首相が“国民の総意”という美名の下で専横的に振る舞う危険性も高い。

さらに、この議論は地方政府の首長選挙の実例から得られる教訓を踏まえる必要がある。
近年、日本の地方自治体の首長選挙では、SNSを中心とするフェイク情報や誤解を誘う短絡的スローガン、候補者の個人的魅力に対する喝采が判断を左右し、政策の実現可能性や地域の将来像に基づく熟議が十分に行われないまま選挙が決着するケースが目立っている。首長が選挙運動期間中の高い人気を背景に強引な行政運営や組織管理を行い、地方議会との深刻な対立を生み、行政不全が顕在化した例も少なくない。これは「喝采による信認」が民主主義の成熟と必ずしも一致しないことを端的に示している。

熟議に基づく投票行動とそれを支える制度

こうした現実を踏まえると、必要なのは首長選挙制度の単純かつドラスティックな改造ではなく、熟議を基盤とする投票行動をいかに社会に定着させるかという視点である。
例えば、政策熟議に参加した有権者への「追加投票権」の付与といった方策も検討し得るのはなかろうか。これは、候補者同士、あるいは候補者と市民の討議会に参加・傍聴し、内容を理解したうえで投票する有権者に追加票を与える制度である。この仕組みにより、熟議民主主義の理念に基づき、単なる人気投票ではなく、議論を経た判断を制度的に評価することを定着させることが出来るのではなかろうか。
勿論、日本国憲法が定める投票権の平等と抵触する面が否定できないので、この点の補正をどうするのか検討しなければならないことは当然ではある。

また、首長選挙において争点となる政策課題について、無作為に選ばれた住民が一定期間熟議し、その結果を公的に提示することで、有権者全体に熟慮の基準点を提供するという「討議型世論形成(Deliberative Polling)」を導入するということを検討しても良いのではなかろうか。

「退屈で地道な」民主政を目指して

これらは単なる手続の改変ではなく、「民主主義とは何か」という根本に立ち返る試みである。すなわち、民主主義とは“喝采による権力付与”ではなく、“熟議を経た判断の積み重ね”で成立する制度であるべきだという原則を、選挙制度に明確に埋め込むことである。

確かに「交代できる安心」は非常に重要ではあるが、「交代しても安心できる政治秩序」はもっと重要である。そのための基盤は、強力なリーダーを直接選ぶというカタルシスにあるのではなく、退屈で地道な熟議を可能にする制度と文化を整えることである。
アメリカ型の制度は世界では例外であり、日本がその例外に安易に倣うべきではない。むしろ日本が目指すべきは、交代できる権力が激突する制度ではなく、熟議と協働による統治を安定的に支える制度である。

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