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必然の網目に宿る「分岐」としての自由


複雑に分岐する因果

 「自由」とは、物理的な因果法則から解き放たれた、何か神秘的な心の力なのだろうか。素朴な議論では、因果というものについて、すべてが決まっている「必然」か、何の原因もない「偶然」かという二元論で語られがちだった。
 しかし、現実の世界はそのような単純な単線構造ではない。私たちは、自由を因果律の「外部」に求めるのではなく、むしろ複雑に絡み合った因果律の「内部」にこそ見出すべきである。
 実際の世界における因果関係は、一つの原因が一直線に一つの結果を導くものではない。膨大な初期条件の微細な差異や、要素同士の非線形な相互作用によって、結果はカオス的に分岐しうる。これは因果律の欠如による「純粋な偶然」ではなく、決定論的な秩序がその内側に抱え込んでいる「認識論的な多様性」である。つまり、必然とは一本のレールではなく、複雑に枝分かれした可能性の空間なのだ。

様相理論

 この構造を読み解く鍵が「様相理論」である。この理論は、現に起きている事実(現実態)だけでなく、「そうでありえた」という可能性を体系的に扱う。世界は厳格な必然に貫かれている一方で、その内部には単一の現実に還元しきれない複数の「可能態」が常に孕まれている。私たちが自由を感じるのは、決定論的な世界の外に逃れたからではなく、この因果の分岐点、すなわち「複数の経路が開かれている」と認識できるという事実そのものに触れているからに他ならない。

創発プロセス

 ダニエル・デネットが示唆するように、生物学的・環境的な要素が極度に複雑化した系では、個々の単線的な因果を超えた「創発的なプロセス」が生じる。私たちはこの高度な必然性が生み出す分岐のただ中に立ち、その局所的な選択を経験している。自由とは、無原因の跳躍などではなく、複雑すぎる必然性が作り出した「避けがたさを回避しうる余地」のことなのである。デネットがその「余地」をアイブロウと呼んでいるのが、また面白いと思う。

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