ラブブ販売元「3Dシールはすべて偽物」というニュースを見て、思い出したこと。
──二十年前の、中国の工場での会話を、ふと思い出したんです。
ニュースを見ていた、というほどのきっかけでもありません。
SNSを流し読みしていて、
「ああ、またこの手の話か」と思った、その瞬間でした。
キャラクターグッズ。
シール。
正規品と、そうでないもの。
注意喚起。
有害物質の可能性。
──そういえば。
私は二十年ほど前、中国のとある工場を訪れたことがありました。
当時の私は、今よりもずっと若く、
「ものづくり」という言葉を、まだ少しだけ信じていた頃です。
工場の空気は、独特でした。
埃っぽく、湿度が高く、
どこか甘いインクの匂いがして。
打ち合わせの終盤。
私は、今思えばずいぶん日本的なことを言ったのだと思います。
「証紙だけは、きちんと管理してください」
ホログラムのシール。
正規品であることを示す、小さな、しかし重要な印刷物。
それが流出すれば、
正規品と偽物の境界は、限りなく曖昧になる。
だから、管理が大切なんです。
──そう説明した、つもりでした。
すると、工場の担当者は、
少し首をかしげて、
笑顔で、こう言ったのです。
「大丈夫ですよ」
私は、ほっとしかけました。
「印刷物は、必要なら、印刷するから」
……ああ、そうか。
その一言で、
こちらが立っている地面と、
向こうが立っている地面が、
まったく違うことに気づきました。
証紙とは、
管理すべき“信頼”の象徴ではなく、
単なる“印刷データ”だった。
必要になったら、刷る。
足りなくなったら、増やす。
それは、悪意というより、
発想の違いだったのだと思います。
コピーできるものは、コピーする。
再現できるものは、再現する。
そこに、
「正規」という概念が入り込む余地は、
ほとんどありませんでした。
二十年が経ちました。
世界は、ずいぶん変わったようで、
でも、根っこは、あまり変わっていない気もします。
キャラクターは、ますます人気になり。
立体シールは、より精巧になり。
そして、
「正規ではありません」という注意喚起が、
定期的に、繰り返される。
有害物質の可能性、という言葉が、
今では、添えられるようになりました。
子どもが触るかもしれない。
口に入れるかもしれない。
だから、気をつけてください。
──もちろん、それは正しい。
けれど同時に、
私は、あの工場での一言を思い出してしまうのです。
「必要なら、印刷するから大丈夫」
大丈夫、という言葉の意味が、
こちらと向こうで、
まったく違っていた、あの瞬間。
正規品とは何か。
信頼とは何か。
それを、
“シール一枚”に託そうとすること自体が、
もしかしたら、
少し、無理のある話なのかもしれません。
それでも私たちは、
今日も、
ホログラムを探し、
ロゴを確認し、
公式アカウントの注意書きを読む。
安心したいからです。
二十年前も、今も、
本当は、そこは変わっていない。
ただ、あのときより少しだけ、
私たちは、
世界の仕組みを、知ってしまっただけなのかもしれません。
──これは、
証紙の話であり、
印刷の話であり、
そして、
「信じる」という行為の、
少し苦い、思い出話です。
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