仕事でしか行かなくなった街で、うな丼を食べた日 OREグルメ
ひとりでごはんを食べるとき、ふと胸の奥に昔の景色が流れこんでくることがある。
この日の秋葉原での昼食も、そんな“思いがけない時間旅行”のような一杯だった。
■ 券売機の前で立ち止まる
秋葉原でイベントがあった日の昼、向かったのは「宇奈とと」。
うな丼が640円という、財布にやさしい店だ。
店の外に置かれた券売機の前では、若い女性三人組が、どのボタンを押すか相談していた。
鰻だけとはいえ、並・ダブル・重、さらに卵、とろろ、ひつまぶし風……と選択肢は意外と多い。
迷うのも無理はない。
彼女たちは、あれこれ話し合いながら、結局そこそこ良い値段のメニューを選んでいた。
その様子を見ながら、なんとなく微笑ましく、そして——なぜか心が少しだけ揺れる。
■ 気がつけば“ダブル”を押していた
本当は「うな丼(並)」で十分だと思っていた。
そう思って券売機の前に立ったはずなのに、彼女たちの背中を見ていたら、いつのまにか ダブル に指が伸びていた。
ダブルにすると、汁物が欲しくなる。
赤だしのボタンを見つめながら、
(この金額なら、川口のキッチンオニオンで洋食ランチが食べられるよな……)
と頭をかすめる。
でも、今日はもう鰻の気分だった。
ためらいながらも、赤だしのボタンを押してしまった。
自分で押しておきながら、どこか負けたような、不思議に晴れやかな気持ちにもなる。
■ ダブルの満足感と、湧きあがる小さな感傷
席に着き、水をくみ、少し待つと、うな丼(ダブル)が運ばれてくる。
チェーン店とはいえ、香ばしさと甘いタレの香りがしっかり漂う。
ダブルはやはり迫力がある。
鰻の切り身が多く、口に入れると、脂の甘さがじんわり広がる。
美味しい。
その素直な一言で片づけてしまうには惜しいくらいの満足感。
箸を進めながら、ふと気が付く。
――秋葉原、仕事じゃないと来なくなったなぁ。
昔は毎週のように、楽しみにして歩き回っていた街。
欲しいものも、見たいものも、行きつけの店もたくさんあった。
だけど、いつの間にか訪れる理由も、歩くリズムも変わっていた。
鰻の香りとともに、忘れていた風景や空気の匂いがふっと胸に戻ってくる。
■ 昔と今のあいだに立ち止まる
食後、赤だしを飲み干すと、体の奥がじんわり温まった。
椅子から立ち上がるとき、ほんの少しだけ足取りが軽い。
思えば、街は変わり、自分も変わる。
それでも、こうして何気ない昼ごはんが、昔の自分にそっと触れさせてくれることがある。
640円のうな丼をきっかけに、秋葉原がまた少し好きになった気がした。
そう思いながら、イベント会場への道を歩き出した。
あの日食べたうな丼の湯気の向こうには、昔の自分と今の自分が静かに並んで歩いているように思えた。
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