ミリアの日々 8月4日「橋の向こう側」
今日は、ひとりで
今日は、ミリアがいない。
いつもなら、仕事帰りに連絡を取り合ったり、どこかで待ち合わせたりするのだけれど、今日はミリアが仕事で忙しいらしい。
「まあ、たまには一人もいいか」
陽菜はそう言って、ひとりで街を歩き始めた。
8月の午後。
照りつける太陽。
アスファルトから立ち上る熱気。
蝉の声。
いつもの夏なのに、隣に誰もいないだけで、少しだけ景色が違って見えた。
橋の上で
しばらく歩くと、いつもの川に出た。
川に架かる大きな橋。
陽菜はその中央で足を止めた。
欄干に手を置いて、下を流れる水を眺める。
川の向こうには、いつもとは違う街並みが見える。
「橋って、不思議だなあ……」
離れている場所と場所をつないでいる。
こちら側と、向こう側。
歩いて渡れば、簡単に行き来できる。
でも。
人と人をつなぐものは、何だろう。
陽菜は、ふと考えた。
離れていても、思い出す人
電話。
メッセージ。
一緒に撮った写真。
一緒に食べたもの。
海で遊んだこと。
かき氷を食べたこと。
カレーうどんを食べて、二人とも汗だくになったこと。
思い出しているうちに、陽菜は小さく笑った。
「……結局、食べ物ばっかりだなあ」
そのとき、スマートフォンが振動した。
画面を見る。
ミリアからだった。
『今日は暑いから、ちゃんと水飲んでね』
陽菜は思わず笑った。
「もう、お母さんみたい」
そう呟いてから、返信する。
『ミリアもちゃんと飲んでね!』
すぐに既読がついた。
そして、
『はいはい』
短い返信。
たったそれだけ。
でも、なんだか嬉しい。
友達って、距離じゃない
陽菜はもう一度、川を眺めた。
今日は一人で歩いている。
ミリアは隣にいない。
それでも。
何かあれば話したいと思う。
面白いものを見つけたら、写真を送りたいと思う。
おいしいものを食べたら、「今度一緒に食べよう」と思う。
そんなふうに思える人がいる。
それだけで、少し心強い。
橋は、離れた場所をつないでいる。
けれど、人と人をつないでいるのは、もっと小さなものなのかもしれない。
何気ない一言。
一緒に過ごした時間。
くだらない会話。
そして、
「これ、あの人にも見せたい」
と思う気持ち。
陽菜はスマートフォンを取り出し、川の写真を一枚撮った。
そしてミリアに送る。
『今日、橋の上から見た景色!』
しばらくして返信が来た。
『きれいだね。今度、一緒に行こう』
陽菜は画面を見ながら笑った。
「うん」
誰もいない橋の上で、小さく返事をする。
橋の向こう側へ
夕方。
太陽が少しずつ傾き始めていた。
陽菜は橋を渡り終える。
さっきまでいた場所が、少し遠くに見える。
でも、振り返る必要はなかった。
また来ればいい。
今度はミリアと一緒に。
二人で歩いて。
二人で景色を見て。
また、くだらない話をすればいい。
「次は何食べようかな……」
最後まで、やっぱり食べ物のことを考えてしまう。
陽菜は一人で笑った。
一人の日にも、誰かがいる
8月4日。
今日は、陽菜一人の日。
特別な出来事は何もなかった。
ただ、橋を渡って。
川を眺めて。
友達にメッセージを送った。
それだけ。
でも、そんな何気ない一日の中で、陽菜は気づいた。
友達というのは、いつも隣にいる人だけではない。
離れていても思い出す。
何かを見たときに、「あの人に教えたい」と思う。
次に会ったときの話を、自然に考えている。
そんな気持ちそのものが、人と人をつないでいるのかもしれない。
橋のように。
こちら側と、向こう側をつなぐように。
陽菜は夕暮れの街を歩いていく。
明日は、またミリアに会える。
そのときは今日撮った写真を見せよう。
そしてきっと、また笑う。
「今度は二人で、この橋を渡ろうね」
そんな約束を胸に。
陽菜は夏の夕暮れの中を、ゆっくり歩いていった。
今日の陽菜
一人で過ごした一日。
でも、心の中にはちゃんと友達がいた。
離れていても、思い出せる。
離れていても、つながっている。
そんなことに気づいた、8月4日だった。
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