30分でできる、人助け。
今日は金曜日。出社の日。
週明けに比べ、業務的には余裕がある。
じゃあ、午後に2時間休でも取ろうか。
久々にあれをするために。
ヨシ!
急ピッチでさばいていくも、地味に苦戦。
すぐに終わらせられると思っていたが、2時間休みは30分休みになってしまった……
マズイ。
受付が終わってしまう……
僕は急いで身支度を整える。
「お先に失礼します」
同僚に声をかけながら、早足で出口に向かう。
「おい、どこ行くねん?」
「帰るんですよ。失礼しまーす」
先輩の質問をさらりとウソでかわして、タイムカードを押し込んだ。
電車で揺られ数分。目的の駅に到着。
電車から降り、ホームから階段へと流れる。
改札を出ると、僕の目の前を人の波が縦横無尽に行き交っていく。
人込みを避けるのはあまり得意ではない。
だから、すれ違い様に肩がぶつかりそうな時は、自分から避けることにしている。
僕は頭上にある看板を確認した。どうしても、キョロキョロしてしまう。
ここはいつ来ても覚えられない。迷路のようだ。
だから、「阪急電車」。
この4文字を目印にして、ひたすら進む。
あとは流れに乗るだけ。
エスカレーターで登り、駅に繋がる歩道橋を渡る。
そこでふと、交差点をバックにポーズを取る外国人旅行客が目に入って来た。すでに当たり前になりつつある景色。
だがつい数年前まで、ここを通るのはほぼ日本人だった。
それが今はどうだろう。比率は逆転し、日本人を探すほうが難しくなったくらいだな……
そんなことを考えながら、視線を前方に戻す。
僕は更にギアをあげて、歩みを早めた。受付が終了してはせっかくの時間休も水の泡だ。
上へ下へ。左へ右へ。
迷宮のように入り組んだ道を行き広場に出ると、眼前にはいくつものショーウインドが立ち並ぶ。
キラキラと光るガラスの向こうに設置されていたのは、数体のマネキン。
煌びやかなファッションは通行人の視線を独り占めにしていた。
僕もチラリと横目に入れたが、また前に向き直る。
残念だけど、僕にはそんな誘惑は全く通用しない。
買い物よりももっと大事な目的があるんだ。
更に奥へ進み、高層エレベーターに乗り込む。
24階。ここは今日の目的値だ。
僕は腕時計をチラリと覗く。何とか間に合ったようだ。
24階です。扉が開きます。
アナウンスと共に扉が開く。
エレベーターから出て左に進んだ。
ここで降りるのは僕一人か……
思い返せば、約7ヶ月振りの訪問だ。
ずいぶん間が空いてしまった……申し訳ないような、言葉にできないような……何とも言えない気持ちになる。
「お荷物はロッカーにお預けください」
どこからともなく声が聞こえてきた。
「あっ……はい」
パソコンの入った重たいリュックをロッカーに無理やり押し込み、扉を閉める。ふぅ。なんとか入った。
えっと、4桁の暗証番号は……誕生日でいいか。カチカチ……受付の方へ向き直ると、スタッフより声をかけられた。
「こんにちは。ご予約されていますか?」
「あっ……いえ、してませんが大丈夫ですか?」
あっ……やば。予約するの忘れてた。思わず、質問返しをしてしまった。「はい、大丈夫です。それから、カードかアプリはお持ちですか?」
あっ、そうそう。これ……僕は財布からカードを取り出してスタッフに渡す。
「ご協力、ありがとうございます。では、体重を測らせて頂きますので、靴のまま、こちらの体重計に乗ってください」
「わかりました」
僕は言われるがまま、体重計に乗る。数値は普段よりも5キロくらい多いようなイメージだ。まあ、服を着てるし。
「ありがとうございます。それでは、お時間1時間半ほど頂きますね。こちらにどうぞ〜」
スタッフに案内された先には、また別のスタッフがスタンバイしていた。そこからはスタッフの指示に従い、モニターに映る質問に答えていく。入力が完了すると、トランシーバーのような機器をわたされた。首から下げるとズシリと来る。
「ベルが鳴ったら、中央のボタンを押してくださいね。そこに行き先が表示されます」
なるほど。フードコートの呼鈴みたいなシステムか。僕は軽く会釈をした。「では、自動販売器で水分補給しながらお待ち下さいね」
「はい」
そう。ここでの小さな楽しみは、飲み物が飲み放題であるということ。小腹が空いた時には丁度良い。僕は早速、コンポタージュのボタンを押す。
数十秒もしないうちにアツアツのカップが出てきた。
「アッチぃ……」
小さく独りごちながら、席に座る。
コンポタにゆっくりと口をつけながら、おもむろに窓の方に目をやった。
24階というだけあって、なかなかの景色だ。
僕は周りを気にすることなく、スマホを向けた。


シャッター音が2階、小さく響く。変な奴と思われたかもしれない。
とその時、
ヴィーンヴィーンヴィーン。
首にかけてある機器が、唸りを上げて踊りだす。強めのバイブも同時だ。
液晶には「問診室へ」と書かれていた。
まだコンポタ全然飲めてないのに。
僕は苦笑いをこぼす。
ええっと……問診室、問診……あっ、あった。扉に手をかける。
「こんにちは。よろしくお願いしまーす」
挨拶もそこそこに、中で持つ男性から色々と聞かれた。これは、どっちかと言うと形式的な感じかな。
問診は終了。
部屋から出ると、少し冷めたコンポタを一口。二口目で飲み干し、再びコンポタのボタンをポチ。
僕はコンポタージュが大好きなのだ。でも、ただ好きなだけではない。理由があって飲んでいる。
待つこと、数秒。2杯目のコンポタが出来上がる。
紙コップ越しには、コンポタの熱がダイレクトに伝わる。
アチチ……やっぱり熱い。でもそれがいい。
僕は椅子に腰掛けながら、その時を待つ。
ヴィーンヴィーンヴィーン!
次に向かうのは、広い部屋。
ああ、思い出してきたぞ。
ここでするのは、最終チェックだよな。女性スタッフに呼ばれ、血圧などの確認をされた。この場所でふるい落とされることもあるのだろうか。最後に、左手の薬指の先に針のようなモノを打たれる。
「ちょっとチクッとしますよ」
パン。
身構えていたが、チクッとしたのはほんのわずか。痛みとは言い難い。絆創膏を貼られて終わりだ。
こうして、何度目かの障壁をクリアすると、ようやく今日の目標が達成できる……
そう。【献血】だ。僕は献血のために、2時間休を取り、電車で移動して、ここまでやってきた。
目的は、それ以上もなくそれ以下もない。
僕のO型の血を差し上げるため。誰かの役に立つために。
「今日は400ml取らせて頂きますね〜水分補給をしてお待ちください。またお呼びします」
女性スタッフが低頭するのに合わせて、僕もお辞儀。コンポタ、コンポタと続いたので、次は柄にもなくイチゴオレのボタンをプッシュ。もちろん、ホットだ。直ぐ様口をつけると、甘ったるい香りと味が口の中で広がる。やっぱり、コンポタのほうがいいかな……少し後悔しながら、紙コップをゆっくり傾けた。
ヴィーンヴィーンヴィーン!
液晶を確認。いよいよ献血の時間だ。僕は紙コップの上の縁を軽く握り、献血ルームに向かう。
そこで歯医者さんにあるような椅子に座らされ、女性スタッフからひとしきり説明を受けた。そして、僕の右手の内側にはアルコールを塗布され、血管が浮き出るように腕をこすられる。
「じゃあ、刺しますね〜すいません。チクっとしますよ〜」
さっきも聞いたセリフだ。
注射などは苦手ではないが、心の準備はしたい。僕は針を注視しながら、少しだけ身構えた。
……えっ……
何? 全然痛くない……痛みのレベルは先ほどの薬指に針を指した時とほぼ変わらない。
「お気分は大丈夫ですか?」
「あっ……はい」
呆気に取られながら、答えた。
うまくいったようだ。それも完璧に近い形で。
僕は献血者として、レベルアップした。
というのも、数か月前の献血で一つ学びを得ていたからだ。
前回の訪問では、炭酸ジュースなどを水分補給として何杯か飲み、服を着込んでいたおかげで少し汗ばんでいた。そのせいか、採血する頃には体が冷え切ってしまっていた。
これにはスタッフも対応に困ったようで、両腕を見たり、毛布をかけたり、手首にカイロを巻いてみたり……血行も悪いのか、なかなか400mlまで至らない。そんな僕を見かねてか、
「体は冷やすと血行が悪くなるので、温かい飲み物を飲んでくださいね」
そうアドバイスをくれたのである。
過去から学び、しっかりと脳裏に刻んでいた。
外は30度近いが、室内は冷房。初夏に温かい飲み物を飲むのも、乙なことだろう。コンポタ好きも相まって、ホットドリンクの摂取には全く抵抗はなかった。それでも、こんなにも効果があるものなのか。僕は内心驚く。
「では、採取に20分くらいかかりますので、このままお待ちください」
「はい」
座席のテーブルにはiPadが備え付けられ、待ち時間には退屈しない。しかもヘッドレストにはスピーカー内蔵。頭で寄りかかれば、しっかり聞こえる。これで周りに気を使うことなく、動画視聴が可能だ。
僕は気が赴くまま、アプリを選ぶ。
じゃあ、abemaでお笑いでも見ようか。
ああ、千鳥にしよ。
動画再生ボタンをタップ。画面を凝視していると、献血していることを忘れ、あっという間に没入していった。その時だ。
不意に繰り出されるボケに、
「ブッ……」
思わず、吹き出しそうになる。
寸前のところで我に返り、無理やり笑いを噛み殺した。
危ない危ない。
うっかり気を許してしまうと、大笑いしてまう……
そうだよ、僕は今献血をしているんだった。
動画はまだ10分を過ぎたところ。
まあ、いいや。続き、続き……
と思ったところで、僕をお笑いの世界から引きずり出そうとする声が聞こえてくる。
「はい、終わりです。お疲れさまでした。針を抜きますねー」
カンカンカン。
脳内で終了のゴングが鳴り響く。
いいとこでオワッタ。もう少し見ていたい。
いや、見させてくれ……これが本音。
かと言って駄々をこねるわけにもいかないので、潔くあきらめて応じた。
針を抜く際もほとんど感じない。
もしかしたら、達人に当たったのかも。なんともラッキーだ。
「じゃあ、ゆっくり立ち上がってください。20分ほど休んでくださいね」
ふらつきもない。大丈夫のようだ。
僕は言われたように水分補給をしながら、しばらく休憩する。
コンポタ、コンポタ、イチゴオレ、の後はカフェオレに。
安定の美味さ。やはり、冒険は苦手だ。
しばらくすると、男性スタッフがツカツカと寄ってくる。
献血の御礼にと、ゴーヤーチャンプルーの素を頂いた。
感謝、感謝。予約すれば、カレーのルーがもらえたらしい。
こっちが欲しかったが、まあいいか。
あっという間に終わった献血。
受付では1時間半かかると言われたが、体感では30分。
実際には1時間もかかっていないだろう。
なお、僕が献血に費やした時間は1日の5%にも満たない。
必要なのは、わずかな勇気と行動と想い。
シンプルに献血ルームに足を伸ばす。
行けばできる「人助け」。
本当に簡単。30分でできた。
そして、献血は今回で11回目。
まだまだ足りない。僕でよければ、もっと人助けしたい。
ちなみに人の血液量は体重の7%〜8%といわれているそうだ。
僕の体重が75キロだとしたら、6リットル。11回で4.4リットルかあ。あと4回献血すれば、僕という人間一人分の血液を献血したことになる。
そう考えると、何だか感慨深い……
とは言え、全員にオススメしたいわけではない。
献血中の女性が突然痙攣のような症状を引き起こしている場面に遭遇したこともある。合う合わないもあるのだろう。
でもなぜ献血を続けるのか。理由はシンプル。
他者貢献感をただただ強く実感できるから。
他者貢献の一種として、コンビニでの募金や、寄付を時々しているが、実際の所、お金では何となく実感がわきづらい。お金がどのようなモノに姿を変えて困っている人のもとに届くのか。はたまた、届いていないのか。
一方、献血は明確にイメージできる。目的がはっきりしているからだ。
自分の一部が誰かの元に届けられ、役に立つ。
その流れに入るだけで、一日一善になるのだ。
帰り際、スタッフから背中越しに感謝の言葉をもらう。
「ありがとうございました」
僕は振り返り、笑顔でコクリと頷く。
また来ますね……
心の中でそっとつぶやいた。
あなたの時間と血液。
それをちょっと差し出すだけで、役に立つ。
人助けになる。
本記事で
「しばらく、献血してないな……」という方が、
「ちょっとやってみようかな」と関心を持っていただければ嬉しいです。
注1)いつでもどこでも30分で献血ができるわけではありません。
注2)採血時の痛みの感じ方にも個人差があります。
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追伸。献血についてちょっと気になることがあったので、直接センターへ質問してみました!
質問1、献血された後の血液は、どのように管理されるのでしょうか?
→大阪を含む近畿2府4県で献血された血液は、大阪府茨木市にある近畿ブロック血液センターに運ばれます。近畿ブロック血液センターに運ばれた血液は、血液型検査や感染症予防のための抗原・抗体検査および献血後にお知らせする生化学検査などを行います。同時進行で輸血用血液製剤として使用できるよう、必要な成分(赤血球、血漿、血小板)に分離調整します。分離調整された血液は、検査結果と照合し、適正と判断された血液が輸血用血液製剤となります。
質問2、献血の呼びかけなど見かける事がありますが、どれくらい困っているのか、肌感覚でもよくわかりません。具体例などがあれば教えていただけますか?
→輸血用血液製剤は人工的に造ることも長期保存することもできません。安定的に、必要な患者さんのもとへ血液製剤を届けるために、日々献血参加を呼び掛けています。タイムリーな需要については公式ホームページ「献血状況」にてご確認いただけます。
質問3、現場で血液が足りなくなったら、どうされているんですか?
→医療機関で血液が足りなくなる状況をつくらないよう、日々献血者確保に努めています。医療機関から緊急の要請があった場合も迅速に対応できる体制を整えています。
