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【ふしぎ旅】見こし

新潟県見附市に伝わる話である

 村松領の見附町というところの鎮守に、諏訪大明神がある。
 この神社は小高い山の上にある。
 その下の道は大面へと行く道なので往来が多い。

 北側の道はというと100m四方の藪となっており、見附町の最も村はずれの荒屋敷というところになる。
 この場所、夜には一人で通るべきではない。
 大きな害はないが、「見こし」という化物がいるからだ。
 夜、この場所を通ると必ず出会う。
 人が通ると前に立っていたり、背後にしのびよったりする。
 
 離れているときは、蓑笠をつけた普通の者に見えるが、近づくと首を背丈ほどに伸ばして驚かせる
 その顔は朧気でみえず、人はイタチのイタズラと伝える。
 
 12、3歳くらいの子供のように見え、笠をかぶっており、首を伸び縮みさせる。驚かす以上の害はない。
 4,5人で通る時は、この化物は出ない。
 走ることが速く、追いかけても素早く逃げてつかまることはない。
 静かに10メートルくらい離れて歩いている。
 この藪を通り抜けると、見ることはない。

越佐叢書第六巻『越之風車』 「見附町荒屋敷の事」より意訳
見附市 諏訪神社

 ”見越”は”見越し入道”とも言われ、僧の格好であらわれ見上げれば見上げるほど大きくなる妖怪とも言われているが、こちらの伝説での”見越”は少々異なる。

 入道でなく、蓑笠をつけた子供のようで首を伸ばし、ろくろ首のように顔だけが高い位置となり見下ろす。
 驚かすが、それ以上の害はなく、追いかければ逃げるし、大勢でいる時には出てこない。
 なんとも臆病な妖怪であり、他の地域の妖怪の親玉的な扱いはまるで異なっている。

 伝説では夜に一人で出歩くと怖い思いをするよくらいのニュアンスで語られており、子供への注意喚起的なニュアンスで語られていたのではと思える。

 実際の場所を訪れてみよう。
 と書いた後、かなりの時間と労力を費やす。
 まず、現在荒屋敷という地名は見附町(現在の見附市の一部)にはない。

 それでは諏訪神社はというと、見附市でもっとも多いのが諏訪神社である。
 総鎮守とあるので、見附市を代表する諏訪神社を調べると、今町の諏訪神社が有名であるが、今町は当時の見附町ではない。

今町 諏訪神社

 小高い丘の上にあるということで山のところにある諏訪神社をさがすと観音山・水道山公園に諏訪神社があった。訪れてみると諏方大明神とある。

観音山諏方神社

 ひとまずこちらを伝説にある諏訪神社とする。
 本殿の参道下、大面(三条市)に行く道は本町という街中にあり、かつては三国街道であったというから往来も多かっただろう。

諏訪神社 参道下
本町から大面へ続く道

 北側の道はというと、村松街道へ続く道がある。
 現在では道沿いに住宅があるが藪となっている所も多い。
 おそらく、この辺りだろうと思われる。

村松街道付近
観音山 藪地

 と。あたりをつけたものの、確信はない。
 もちろん現在、見越しが現れたという話は無いし、こちらの往来も今ではかなり車の行き来が激しい。
 何度か、この辺りを訪れたが、それらしきことを伝える看板や石碑などはない。

 ただ、この諏訪神社があるところ、観音山といい、もともと山中に観音像があったという。
 現在も諏訪神社の上方に忠魂碑があったり、慰霊碑があったりと霊山的な扱いであったことがうかがえる。


観音山 慰霊碑付近

 伝説の方は、ただ小高い丘とあるだけで、観音山と伝えてないのが不思議ではあるが、この近辺が以前から、特別な扱いをされており、見越しという化物はそのような神聖な場所を守護していたのではないか。
 同時に見附町の外れということは、集落の境界にあることから、そのような所には得体の知れない怪物が現れやすい、それらの侵入を防ぐものとして見越しがいたのではないか。

 そう言えば、会津若松市に伝わる妖怪“朱の盆”の話も、やはり城下町の境界に建てられた諏方神社での話であった 
 案外と神社には妖怪譚が多いのかもしれない。

会津若松 諏方神社

 妖怪がもともと神であったからか、人の世界と神の世界の境界にあるからか、その辺りは知らないが妖怪が現れやすい神社があるかどうかは興味がある。

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武@ニイガタ お読みいただきありがとうございます。 よろしければ、感想などいただけるとありがたいです。