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INTJが考える「優しさ」の定義

「優しさって、何なん。」
少し前、会社の同期のENTPとそんな話をした。

ちいかわの映画を観た後、気づけば話題は「人間にとっての優しさとは何か」という、少し面倒くさいところまで来ていた。てか男2人で観に行くなよ。

そして私は、そこで改めて自分の「優しさ」に対する考え方を整理してみた。

優しさとは、相手が喜ぶことなのだろうか。

困っている人を助ける。
傷ついている人に寄り添う。
相手が欲しがっている言葉をかける。

もちろん、それらは立派な優しさだと思う。が。
それだけが優しさなのだろうか。

私はどうしても、そうとは思えない。


その場の優しさより、先の優しさ

私が考える優しさは、その場で相手を喜ばせることではなく、長い目で見てその人にとってプラスになることだ。

だから私は、ときには正論を言うし、あえて厳しいことも言う。
相手が今、一番聞きたくない言葉だったとしても。「これは今、言っておいた方がいい」と判断すれば伝える。

その瞬間は、たぶん嫌われてると思う。。。

それでも、その人が数年後に人生のどこかで振り返ったとき、

「あのとき言われたこと、今ならちょっと分かるな」と思ってくれるのなら、それでいい。
私はそちらの「嫌われ役」を選びたい。

逆に、相手が喜ぶからという理由だけで、
「大丈夫だよ」
「あなたは悪くないよ」
「好きにすればいいよ」
と、耳当たりのいい言葉だけを並べることが、本当にその人のためになるのか。

私は、ときどき分からなくなる。
もちろん、それが必要な場面もある。
人間はいつでも正論を求めているわけではないからね。

ただ、もし同じ失敗を何度も繰り返しているのなら。その人自身が気づいていない問題があるのなら。

そのときまで「大丈夫」と言い続けることは、本当に優しさなのだろうか。

私は、少し違う気がするな。


正論を振りかざせばいいわけではない

……と、ここまで書いておいて。

「じゃあINTJは、いつでも正論を言っていればいいのか」と言われると、それも違う。
そんなことをしたら、ただの「空気が読めない面倒くさい人」だ。

相手がただ話を聞いてほしいだけなのに、
「その問題の構造はですね」
「原因はおそらく3つあって」
などと突然プレゼンを始めるのは、本当に頭がおかしいと思われかねない。
私だって、それくらいは分かっている。

人間は、正しい答えを提示されれば必ず救われるような単純な存在ではない。だからこそ難しい。

「今、この人に本当に必要なのは何なのか。」
慰めなのか。共感なのか。
それとも、少し厳しい言葉なのか。

そこまで考えて初めて、私にとっての「優しさ」になる。

相手にとって本当に必要なものを考えること。
たぶん、私はそこを重視しているのだろう。


INTJの都合

まあ、ここまで綺麗に語ってみたが。
本音を言えば、それだけではない。

私は、人が同じ失敗を何度も繰り返しているのを見るのが耐えられない。

もちろん、その人のためにという気持ちはある。
だがもう少し下世話な理由もある。
その失敗が放置されれば、いつか私自身に実害が及ぶ可能性が、、、と考えてしまう。。。

だから、早めに対策する。
「そこ、変更した方がいいんじゃない。」
「そのやり方だとまた同じことになると思うよ。」
「今のうちに直しておいた方がいい。」

相手のためである。
そして、自分のためでもある。

うん。。。
こうやって書くと、やっぱり少し性格が悪い。
偏屈なのかな。。。

でも、たぶんこれも私の「優しさ」の一部なのだと思う。そう信じてる。

誰かが困ってから助けるより、困らないように先に問題を潰しておく。
私にとっては、その方が合理的なのだ。

報われなくてもいい……たぶん。
こういう優しさは、あまり喜ばれない。

その場で欲しいのは、
「大丈夫だよ」「つらかったね」「あなたは悪くないよ」という言葉だったりするからね。

そこに、
「でも、その原因ってあなたにもあるんじゃない?」なんて言われたら、そりゃ嫌だろう。

だから、自分の正論が煙たがられることも知っている。「理解してほしい」とまでは思っていない。

ただ、私の中では、
今この瞬間に相手が喜ぶこと
長い目で見て、その人の人生にとってプラスになることは、必ずしも一致しない。

そして私は、後者を選んでしまう。
その場では嫌われてもいい。
感謝されなくてもいい。

いつの日か、あのとき言われた意味、今なら分かる。と思ってもらえれば、それで十分だ。
……まあ現実には、数年後どころか翌日には忘れられているが。。。


誰にも気づかれない優しさ

相手に感謝されることもない。
「ありがとう」の一言すらかからない。

そもそも、私がそこに手を回したことすら、一生知られない。
​それでも、その人が生きる上でちょっとだけ石ころにつまづかなくなる。
ちょっとだけ困らなくなる。
ちょっとだけ良い方向に進める。

​それだけで十分だ。

​「優しい人だと思われたい」という承認欲求がゼロかと言えば嘘になる。INTJだって人間だ。
褒められれば普通に嬉しい。

​けれど、本当に相手の人生の最適化を考えるなら、自分が「優しい人」というラベルを貼られる必要性すらはっきり言って不要だ。

自分が何かしたことすら知られないまま、相手の人生が少し良くなる。
それくらいが、私にとっては理想的なのかもしれない。


最後に

​優しさとは決して「甘さ」ではないと思う。

相手を傷つけないことでもなければ、望みを全部叶えることでもない。

​時には突き放し、時には厳しい現実を突きつけ、
時には何も言わずに距離を置き、そして誰にも知られない場所で、そっと環境を整えておく。

​その人の「今」のご機嫌ではなく、その人の「これから」の生存確率を上げる。
それが、私の考える優しさだ。


筆者 20代後半
MBTI : INTJ-T
エニアグラム : 5w6
ソシオニクス : LII-D
ラブタイプ診断 : LCRE-VD

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