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小栗旬主演の映画「フロントライン」について思うこと

先日、小栗旬さん主演の映画『フロントライン』が公開されました。
2020年2月。未知のウイルスに挑んだ医療の現場。
あのダイヤモンド・プリンセス号での集団感染──。
まさに日本で最初に「新型コロナウイルスの現実」が突きつけられた現場を描いた作品です。
その実話映画「フロントライン」。いま観たい理由を医師として語ります。


【目次】

  1. 未知のウイルスに立ち向かった医療者たち

  2. あの頃、私たちは立ち止まっていた

  3. 感染対策、治療法、そしてワクチンの開発

  4. 聖火に込められた「希望」と「つながり」

  5. あれから5年―私たちは何を受け継いだのか


1. 未知のウイルスに立ち向かった医療者たち

小栗旬さん主演の映画『フロントライン』。
『フロントライン』というタイトルを見て、私はあのときの緊張感と、そのなかで必死に支え合っていた人々の姿を思い出しました。

世界が新型コロナウイルスの脅威にさらされ揺れる中、2020年2月、日本で初めて集団感染が発生したダイヤモンド・プリンセス号を舞台にした、実話をもとにした映画です。

船内に閉じ込められた多くの乗客。
そして、わずかな情報と限られた装備の中で奮闘する医療者たち。
これはただの「医療の物語」ではありません。
命に向き合い続けた人たちの記録であり、希望をつなぐバトンのような作品です。


2. あの頃、私たちは立ち止まっていた

2020年のはじめ。
街の音が消え、世界はまるで一時停止したかのように静まり返っていました。
私たちは、それまで当たり前だった日常を突然、失ったのです。
「この先、どうなってしまうんだろう?」──
そんな漠然とした不安を、きっと誰もが心のどこかに抱えていたはずです。

新型コロナウイルスのパンデミックは、あっという間に私たちの暮らしを一変させました。
これまで経験したことのないような困難が世界中を覆い、医療だけでなく、社会の仕組み、働き方、そして学生たちの学びの場までが、大きく変わっていきました。

感染症がここまで大きく生活のあらゆる場面に影響を及ぼすものだということを、あのとき私たちは身をもって知ったのだと思います。

毎日のように報じられる感染者数、失われていく命。
見えないウイルスに不安を募らせながらも、それでも私たちは、止まらずに前を向こうとしていました。

医療の現場でも、手探りの日々が続いていました。
情報は不足し、正解が見えない中で、私たちは対応を迫られ続けていたのです。
私は医師として、その渦中で診療にあたっていました。

マスクすら十分に手に入らず、刻一刻と変わる情報に翻弄されながらも、目の前の患者さんと向き合い続ける日々。
誰かの命を守りながら、自分や家族の健康のことも考えなければならない―
そんなジレンマに、多くの医療者が悩み、苦しんでいたと思います。

それでも、現場を離れようとはしなかった仲間たちの背中を、今でも私は、強く覚えています。


3. 感染対策、治療法、そしてワクチンの開発

当初は何もわからなかった新型コロナウイルスに対して、私たちは少しずつ、ひとつずつ、できることを積み重ねていきました。

手洗いやマスク、ソーシャルディスタンス。
今では当たり前になった対策も、最初は「本当に効果があるのか」と半信半疑でした。
それでも私たちは、試行錯誤を重ねながら、目の前の命と向き合い続けました。

治療法も少しずつ見えてきて、重症化を防ぐ薬、早期に使える薬が登場し、医療現場にも少しずつ光が差し込んでいきました。

そして、ワクチン
未知のウイルスに対して、これほど短期間で実用化されたワクチンは歴史上初めてのことでした。
「これで、もう少し安心できるかもしれない」――
そう思えたときの空気の変化を、私は今でもはっきりと覚えています。

「いつか、また日常が戻ってくる」
その希望だけが、先の見えない日々を支える心のよりどころでした。

不安の中でも、信じながら、少しずつ、私たちは前に進んでいったのです。


4. 聖火に込められた「希望」と「つながり」

そして迎えた2021年の夏。
延期、そして無観客という、かつてないかたちで東京オリンピックが開催されました。
人と人とが直接触れ合うことすら難しい時代に、それでも「つながること」の意味を問い直すような、そんな特別な大会でした。

開会式の夜、東京の夜空を静かに灯した聖火。
会場を照らすその光を、テレビ越しに見つめながら、
胸がじんと熱くなった方も多かったのではないでしょうか。

あの炎は、ただの火ではありませんでした。
全国を巡るリレーを通して、多くの人たちが託した「願い」や「祈り」、そして「また会いたい」「前に進みたい」という、たくさんの想いが重なった光でした。

その聖火には、医療や介護の現場で懸命に働いていた人たち、学校に通えなくなった子どもたち、家族と離れて暮らさざるを得なかった人たち、誰ひとりとして、声高に語ることのなかったたくさんの「がまん」の日々が、そっと重ねられていたように感じます。

あの時、私たちは物理的には離れていても、目に見えない想いで確かにつながっていた。
そしてそのつながりが、静かに燃える聖火の中に、確かに宿っていたのだと思います。

コロナ禍というトンネルの出口がまだ見えなかったあの夏に、「希望の光」は、たしかにあそこにありました。


5. あれから5年―私たちは何を受け継いだのか

あれから、もう5年がたちました。
新型コロナウイルスという言葉も、今ではすっかり過去のもののように感じられます。街には人が戻り、マスクを外した笑顔があふれ、当たり前の日常が再び動き出しました。
けれど――あの経験は、決して「終わったこと」ではないはずです。

「のど元過ぎれば熱さを忘れる」と言いますが、私たちはあのとき、見えない感染症に翻弄され、命や暮らしがどれほど簡単に揺らぐものなのかを、身をもって知りました。そして、医療も社会も決して万能ではないという現実と、正面から向き合うことになりました。

いま私たちの前には、再びインフルエンザやRSウイルス、そして将来の新たな感染症のリスクが立ちはだかっています。
新型コロナとの闘いを通して得た経験は、私たちの中に「備え」として残っているでしょうか?
それとも、あの痛みや緊張感は、少しずつ記憶の奥へと薄れてしまっているでしょうか。

私自身、あの経験があったからこそ、今ここにある「当たり前」が、どれほど脆く、同時にどれほど尊いものなのかを日々痛感しています。

感染症は、常に形を変えて、またやってきます。
だからこそ、こうして平穏を取り戻したように見える今という時間こそ、あの5年間をただの過去として風化させてしまわないことが大切なのだと、強く感じています。

あのとき私たちが学んだ「つながり」「思いやり」「予防の大切さ」。
それをこれからどう引き継ぎ、日常の中にどう息づかせていくか――。
それが、いまを生きる私たち一人ひとりに、あらためて問われているように思います。


このnoteでは、気になる話題や、日々の暮らしの中でふと気づいたこと、医師としての経験から感じたこと、ときには、美容やダイエットのお話、そしてちょっと気持ちがほぐれるような話題まで、少しずつ綴っていけたらと思っています。

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Dr.にじまるでした。


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