棺の香り
死ぬ時 棺に入れてほしいものはなんですか
私は、好きな香りをいれてほしい
好きな香りと聞かれて思い浮かぶものはありますか?
蝋梅(ろうばい)、梔子(くちなし)、伊予柑(いよかん)
私はこの3つが思い浮かぶ。
私の最寄り駅には梔子の生垣がある。その香りを嗅ぐたびに「死ぬ時は、棺の中をこの香りでいっぱいにしたい」と考えていたことが、この記事を書くきっかけになった。
香りというのはどうも人の気持ちや記憶と
強く結び付くと聞く。
これはどうやら嗅覚がダイレクトに海馬へ信号を伝えるからという科学的な根拠があるらしい。
きっと誰しも香りとそれに付随する記憶のひとつやふたつあると思う。
科学的な根拠があるからとかは置いておいて、音楽とか本とか景色とか、視覚や聴覚で想起される記憶よりも強く、その瞬間に引き戻されるような強さが香りにはあるような気がして。
伊予柑はともかく、蝋梅と梔子の香りは
思い出したくない記憶が伴っている。
(この話はいつかするかもしれないししないかもしれない)
香りは好きであるが、それに付随する記憶がいいとは限らないのだ。
話は変わるがというかこれが本題に繋がるのだが、友人関係は【狭く深く】がモットーである。
モットーというか、不器用なので【広く】が不可能なだけではある。人間、何考えてるかわかんないし、怖いし
なので、今いる友人のことは大事にしたいし
少なからず私のことも大事にしてほしいというかおざなりにはしないでほしいと思っている
私が死んだあとはたまにでいいから思い出してほしい
思い出してほしいという願望と共に、
思い出してくれるのだろうかという不安がある。
棺を好きな香りで満たせば、葬式に来てくれた友人は、その後その香りを嗅ぐたびに私のことを思い出してくれるのではないか。そんな淡い期待がある。
(決して、"またいい匂いが嗅げると思ったから"って
誰かを殺さないように)
(そして、私の葬式には絶対に出席するように)
これは一種の呪いかもしれない。
蝋梅は日本において一般的な庭木のひとつだし、
伊予柑は身近な柑橘類のひとつだ。
梔子は...そういえば昔住んでいた家と最寄り駅の生垣以外で見かけたことはないな。
とにかく、全て生活の中で出会ってもおかしくない香りだ。
そういえば、蝋梅と伊予柑の旬はどちらも1月から3月らしい。(蝋梅は花の、伊予柑は実の旬である)
梔子は6月から7月だという。
春と秋がないのだ。
秋といえば金木犀を挙げる人も多いだろう
金木犀も好きではあるが、棺に入れてくれ!と切望するほどではない。
私の棺に入れる花(もしくは果実)がない月は、私を思い出すきっかけがないのだろうか。あったとしても、香りよりも弱くて細い記憶なんだろうからすぐに忘れられてしまうのだろうか。(5月生まれなので、その時期になれば思い出してもらえそうだが、話の趣旨がずれるので置いておく)
いや、それぐらいがちょうどいいのかもしれない。
年がら年中思い出されるのもきっと互いに疲れてしまう。
1月から3月、そして6月から7月
ちょうどいい、なんなら黄金比なのかもしれない。
最寄りの駅の蝋梅が枯れてきた今日この頃、
そんなことを考えたのであった。
追記
旬というあまりにも趣のない言葉を使ってしまった。
伊予柑はともかく蝋梅と梔子には花時という言葉を使うべきだった。
