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推しの誕生日に泣かなくてよかった【21/100】


本日6/13は、わたしの推しの誕生日である。

推しのお陰で人生が変わってしまったと言っても過言ではないため、推しに恋してから毎年この日だけは、必ず彼の好物を食べてケーキを食べると決めている。ちなみに多分死ぬまでやる。

付き合いはじめの頃から「推しとわたしの関係のほうが君との付き合いより長いからね」と何度も念を押していたためか、夫もこの習慣と推しに対するわたしの気持ちを理解していて、本当にできた夫であるとしか言いようがない。

ちなみに去年は嬉々としてわたしの推しケーキを買ってきていた。


さて、タイトルの件である。
そんな推しの誕生日前夜、わんわんと泣いてしまった。


↑理解力のある夫で助かる


「たまごクラブ」に泣かされる31歳


土曜日に念願のおソノさんになった次の日曜日。


朝から夫と二人でお譲り頂いた赤子グッズを組み立てて、夕飯の下準備をしていたのだが、そこに届いたのが「たまごクラブ 妊娠後期」だった。

妊婦8ヶ月となった己と、生まれてくる我がバブ・ローラのために下準備を兼ねて買ったこのムック。
産むわたしよりも先に夫が熟読していたのには笑ったが、まさかこの本が数時間後にわたしを泣かすことになるとは思わなかった。


日中は夫の行きたいという等々力渓谷に行き、汗を流して、夕飯は二人で春巻きを作って食べた。

そのあと何時もの休憩タイムでベッドでゴロゴロしながら、メインのムックに手を伸ばす。表紙に書かれた事が主だろうと思いつつページをペラペラ捲っていたが、あるページで手が止まってしまった。


腹の中の子供の実寸サイズのイラストである。


「お腹に当てて実際のサイズを見てみよう」と書かれたそのイラストの子供が想定外に大きかった。毎週更新のアプリで「〇〇の野菜と同じサイズ!」なんて表記を散々見ていたはずなのに、現実にそのサイズを見ると圧倒されてしまった。


ボコボコとわたしの腹の中で暴れる子は、もうこんなにも大きいというのか。

けど、このサイズよりも更に2ヶ月育ったものを、産むのか。わたしが。


正直に書く、日和った



このnoteの中で何度も書いているが、妊娠したことに後悔はないし、産むことも育てることも腹は括っている。
心的な部分では腹をくくっていたはずなのに、身体的な負担を考えた瞬間に、一気に不安が押し寄せてしまった。


31年ありがたいことに大きな病気にかからずにきた。怪我も小学生の頃の骨折ぐらいだ。つわりも殆どなくここまできた。

故に「自分の体から新しい体と命を産み落とす」ということは未知の領域であり、「とてつもない大きなものを外に出す」と言う行為そのものに恐れをなしてしまった。



しかも、産むのはひとりだ。


コロナのせいで未だに里帰り先の産院は、破水から退院までの7日間は一人で過ごさねばならない。

 


怖い。できるのか、わたしに。

いろいろな下準備や、自分を鼓舞するための投資もしてきたけど、その時が来たら同じように恐怖が脳裏によぎるのではないか。


完全にビビり倒したわたしは、夫に向かってバッと腕を広げた。ハグをしろの合図である。
それを見た夫は携帯ゲームを投げてこっちにきてハグをしてくれた。しかし、怖いものは怖い。出会ったことのない体験に関しての恐怖心は拭えない。

年甲斐もなくえんえんと声を出して泣いてしまった。

突然泣き出したことに詫びを入れつつ、「実際のサイズを見て日和った」と伝えた。「一人で産むのがこわい」とも付け加えて。


夫は暫くの間、わたしをハグしながら頭を撫でて何かを考えていたようだった。腹の中のローラも何かを感じたようで、ぽこぽこといつも以上に胎動を続ける。

大丈夫、産む気はある。ただ、未知の経験に対しての恐怖心が出てしまってるだけなのだ。ごめんて。



「出産のときになったらすぐに駆けつけるからね」

そう夫は言ってくれたが、産院から東京は最短4時間。そして、病院に入ったらわたしが危篤状態にならない限り夫と会えるのは退院後である七日後だ。

覚悟完了、とは言えないがとりあえず泣き過ぎも良くないと思ってむりやり涙を引っ込めた。出した分の水分以上の水分を摂取した。ついでにアイスも食べた。


水分を摂りながら、「今日泣いておいて良かった」と心底思った。
推しの誕生日に喜びの涙はともかく、不安や心配の涙は流したくない。


そして本日に至る。

ああ、推しの誕生日に泣かなくて良かった。


追記:投稿したら、推しの背番号が2つ重なった数字が出たのでハッピーになりました。

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