子供の頃、マッチに火をつけるのってチャンスだった
子供には、人生で数回しか巡ってこないチャンスがある。
マッチに火をつけるのもその一つ。
あの独特の高揚感は凄い。箱からマッチを一本取り出し、頭を側面に擦り付ける。弱すぎても強すぎてもいけない。単純な行為の楽しさ。普段は危ないので触らせてもらえないものを任される。「信頼された」という感覚と「少し危険なことをしている」という興奮。
理科の実験でアルコールランプに火をつけるとき、手持ち花火の一番最初。
その一回一回が特別だった。
父方の祖父がいた。この世の中で一番、孫のことを分かりやすく溺愛していた。欲しいものは大体買ってくれたし、散歩中に俺が「疲れた」と言うと必ずおんぶしてくれた。「おケツハム」という謎の造語を呟きながら尻を噛んできたり、髭の生えた顎を俺の頬に擦り付けることに全力をささげていた。父親が俺をたかいたかいすると、それに嫉妬して半ば奪い取るような形で俺をたかいたかいした。正直鬱陶しく感じることもあったが、基本的には大好きなおじいちゃんだった。
祖父は親戚唯一の喫煙者で、タバコに火をつけるときはいつもマッチ。俺は祖父が一服しそうな雰囲気を醸しだすと、すぐに駆け寄って手を差し出す。祖父は何も言わずにマッチを一本取り出し、「ほら」と俺に渡してくれる。失敗しないように慎重に擦る。「シュッ」という音とともに火がつくと、それだけで嬉しかった。
傍から見たらなんでもないことでも、俺にとっては数少ないチャンスの一つで、そのチャンスを待っている時間も含めてマッチは特別だった。
そんな祖父は俺が十歳の時に酒の飲みすぎで倒れ、頭を打ってしまった。その衝撃で会話をすることがままならなくなり、記憶も朦朧としているようだった。病室に会いに行っても孫の顔を覚えておらず、言葉を投げかけてもよく分からなそうな顔をしている。それでも俺は「ナースを口説く時だけ、おじいちゃんは饒舌に話し始めるんだよ」という祖母のユーモアを信じて、いつかまた「おケツハム」を、たかいたかいを、マッチをつけさせてくれるんじゃないかと手を握って話し掛けていた。
数年後、祖父は他界してしまった。
成人した今では、もちろん理科の実験はなく、花火もライターで済ましてしまう。
唯一のマッチに火をつける機会は、祖父に線香をあげる時だけである。
仏壇の前でマッチを一本取り出し、失敗しないように慎重に擦る。「シュッ」という音とともに火が灯る。
子供の頃と違い、高揚感はない。
しかし、祖父がマッチをつける機会を自分にくれるという構造は昔と変わっていないことに嬉しくなる。
あの頃、マッチに火をつけることは紛れもなくチャンスだった。
今では、祖父のことを鮮明に思い出す数少ないチャンスになっている。
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