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ホスト部長

〜ご指名ありがとうございます。本日の議題、入ります〜

「あの人、誰ですか?」

新入社員の佐藤くんが、小声で僕に聞いてきた。

会議室の奥から、ひとりの男が歩いてくる。

光沢のあるネイビーのスーツ。
やたら尖った革靴。
胸元には、会社支給とは思えないラペルピン。

髪型は完全に、朝九時に存在してはいけないタイプのセットだった。

手には資料ではなく、なぜか銀色のボールペン。
それをシャンパンボトルのように軽く掲げながら、男は会議室に入ってきた。

「おはよう、姫たち」

誰も姫ではない。

佐藤くんが固まっている。

僕は小さく答えた。

「うちの部長だよ」

「……部長?」

その瞬間、部長が佐藤くんを見つけた。

「おっ、初めて見る顔だね」

部長はゆっくり近づき、佐藤くんの名札を見た。

「佐藤くん。いい名前だ」

「ありがとうございます……?」

「君、いいね」

出た。

ホスト部長の必殺技。
根拠のない肯定。

「その緊張感、初々しい。今日は佐藤くんの初会議記念だな」

嫌な予感がした。

部長は会議室全体に向かって、軽く手を叩いた。

「みんな、いくよ」

行かないでほしい。

「佐藤くんの初参加を祝して――」

課長がすぐ止めに入る。

「部長、やりませんよ」

しかし遅かった。

部長は声を張った。

「新人入りましたー!」

誰も続かない。

部長だけが続ける。

「よいしょー!」

静寂。

「はい、佐藤くんにー?」

静寂。

「ナイス配属ー!」

静寂。

佐藤くんは完全に困っていた。

うちの部長は、ホスト部長である。

もちろん本当にホストではない。
昼間は普通の会社員だ。

ただ、会議の演出だけが完全に夜の店なのである。

会議はシャンパンコールで始まる

普通の部長なら、会議の冒頭でこう言う。

「では、定例会を始めます」

ホスト部長は違う。

「本日もご来店ありがとうございます。週次定例、開店です」

会社は店ではない。

部長はホワイトボードの前に立ち、マーカーを掲げる。

「まずは今週の売上……じゃなかった、進捗ランキングから見ていこうか」

「ランキングじゃありません。進捗確認です」

課長が冷静に訂正する。

しかし部長は止まらない。

「先週、最も輝いていたのは誰かな?」

進捗会議なのに、なぜか表彰式が始まる。

田中さんが報告する。

「A案件は予定通り、結合テスト完了しました」

部長の目が光る。

「田中くん、いいね。予定通りって、一番かっこいいよ」

そして手を叩く。

「はい、予定通りいただきましたー!」

誰も乗らない。

「よいしょー!」

部長だけが乗っている。

鈴木さんが報告する。

「B案件はリスクがありまして、仕様確定が一週間遅れそうです」

普通なら空気が重くなる。

しかし部長は、なぜか優しくうなずく。

「リスク、早めに言えたね」

「はい」

「そういう正直な報告、俺、好きだな」

鈴木さんが少し照れる。

「ありがとうございます」

部長はホワイトボードに書く。

リスク早期発見:鈴木さん

そしてその下に小さく書き足す。

本日のシャンパンポイント +1

「部長、それ評価制度にないです」

「作ろう」

「作りません」

ホスト部長の会議では、良い報告をするとシャンパンポイントが入る。
悪い報告でも、早めに言うとシャンパンポイントが入る。
なぜなら部長いわく、

「遅れてることより、隠してることの方が高くつくから」

言っていることは、まともである。

表現だけがおかしい。

シャンパンタワーは課題管理表

ある日、部長が会議室に妙なものを持ってきた。

透明なプラスチックのコップ。
しかも大量に。

「部長、それ何ですか?」

「シャンパンタワーだよ」

「違います。使い捨てコップです」

部長は無視して、会議室の机の上にコップを積み始めた。

一番下に大きく書かれている。

本番リリース

その上に、

結合テスト完了
仕様確定
レビュー完了
見積承認
ユーザー確認

つまり、課題の依存関係だった。

「いいか、みんな」

部長はペットボトルのお茶を手に取った。

「シャンパンタワーは、一番上から注いでも、下まで流れないと完成しない」

「お茶ですけどね」

「プロジェクトも同じだ」

急にいいことを言い始めた。

「上のタスクだけ終わった気になっても、下流に流れていなければ意味がない。レビューで止まってる。承認で止まってる。ユーザー確認で止まってる。そこを見える化しないと、最後の本番リリースには届かない」

会議室が静かになった。

たしかにわかりやすい。

部長は一番上のコップにお茶を少し注いだ。

しかし、途中のコップがズレていて、机にこぼれた。

「見ろ」

部長が真顔で言う。

「これが手戻りだ」

妙に説得力がある。

課長がティッシュを取りながら泣きながら言った。

「次から普通に図で説明してください」

稟議はボトルオーダー

稟議書を持っていくと、部長は必ずこう言う。

「今日は何を入れる?」

「稟議です」

「金額は?」

「三百二十万円です」

「いいね。高級ボトルだ」

「システム改修費です」

部長は書類を見ながら、ボールペンをくるりと回す。

「この見積もり、ちょっと盛られてない?」

急に目が鋭くなる。

「作業内訳、粗いね。ここ、ベンダーに再確認して」

「はい」

「あと、このオプション費用。ほんとに必要?」

「念のため入れています」

「念のためでボトル入れたら、会計で泣くよ」

表現は変だが、正論である。

部長は承認印を押す時も普通ではない。

印鑑を構え、低い声で言う。

「ご指名、いただきました」

そして押す。

ドン。

「承認入りましたー!」

「部長、社内です」

「よいしょー!」

承認印ひとつで、なぜかフロアの空気が少し明るくなる。

迷惑ではある。

だが、少し助かる。

部下の報告には掛け声が入る

ホスト部長は、部下の報告をとにかく盛り上げる。

「山本くん、今日の報告いける?」

「はい。C案件ですが、課題が三件あります」

「三件入りましたー!」

「入ってません。出ました」

「まず一件目!」

山本くんが説明する。

「外部連携テストでエラーが発生しています」

部長はうなずく。

「エラー出ましたー!」

「盛り上げないでください」

「原因は?」

「日付形式の不一致です」

「原因特定入りましたー!」

「だから盛り上げないでください」

しかし不思議なことに、山本くんの声はだんだん大きくなっていく。

報告の場で責められない。
むしろ、問題を出すと拾ってもらえる。

その安心感がある。

部長は言う。

「課題は隠すものじゃない。卓に出すものだ」

「卓って言わないでください」

「出してくれたら、みんなで飲める」

「飲まないでください」

でも言いたいことはわかる。

課題は、出した人が悪いのではない。
出てきた課題を、みんなで処理する。

そういう空気を、部長は変な掛け声で作っている。

部長の名刺はなぜか二枚ある

ある日、取引先との打ち合わせで事件が起きた。

先方の若い担当者が名刺交換をしようとした時、部長が胸ポケットから名刺入れを出した。

そこまでは普通だった。

しかし、なぜか名刺が二種類あった。

一枚は普通の会社名刺。

もう一枚は、黒地に金文字でこう書かれていた。

Executive Manager REN

「レンって誰ですか」

「源氏名だよ」

「会社で源氏名を持たないでください」

部長の本名は蓮見である。
そこから取ってRENらしい。

先方の担当者は笑っていた。

場は和んだ。

営業的には成功していた。

悔しい。

でも、ちゃんと見ている

そんなホスト部長だが、仕事はできる。

軽い言葉の裏で、部下の様子をよく見ている。

誰が最近、発言しなくなったか。
誰の資料が急に荒くなったか。
誰が無理に笑っているか。

部長はそういう変化に気づく。

ある日、佐藤くんが会議で黙り込んだ。

担当タスクが遅れているのに、なかなか言い出せない様子だった。

部長はいつもの軽い調子で言った。

「佐藤くん、今日はグラス空いてるね」

「え?」

「何か注げてないもの、ある?」

会議室が静かになった。

佐藤くんは少し迷ってから言った。

「すみません。実は、レビュー依頼を出せていません」

「理由は?」

「まだ自信がなくて……」

部長は責めなかった。

「そっか」

そして、いつもの調子で少し笑った。

「初ボトルは怖いよね」

「ボトルではないです」

「でも、出そう。未完成でもいい。レビューは怒られる場所じゃなくて、磨く場所だから」

佐藤くんは小さくうなずいた。

部長はホワイトボードに書いた。

佐藤くん:レビュー依頼、本日中

そして横に小さく書き足した。

初ボトル記念

「やめてください」

でも佐藤くんは、少し笑っていた。

ドンペリより効くもの

数週間後。

佐藤くんが初めて、自分の担当分を完了させた。

小さなタスクだった。
けれど、初めて一人で最後まで持ち切った仕事だった。

報告を聞いた部長は、静かにうなずいた。

「佐藤くん」

「はい」

「君、いいね」

また出た。

でも今度は、ちゃんと意味があった。

「最初は不安そうだったけど、最後まで逃げなかった。報告も早くなった。そこがいい」

佐藤くんの表情が変わった。

部長は立ち上がり、ホワイトボードに大きく書いた。

佐藤くん、初完了おめでとう

そしてマーカーを掲げた。

「本日、初完了入りましたー!」

今度は、田中さんが小さく手を叩いた。

鈴木さんも続いた。

課長も、ため息をつきながら拍手した。

部長が声を張る。

「佐藤くんにー?」

一瞬、間が空いた。

誰かが小さく言った。

「ナイス完了ー」

部長が満足そうに笑った。

「いいね。今の、いいチームだ」

ドンペリは入らない。

シャンパンもない。

あるのはホワイトボードと、ぬるいペットボトルのお茶と、終わらない課題管理表だけだ。

でも、少しだけ職場が明るくなる。

たぶん部長は知っている。

人は、正論だけでは動かない。
指摘だけでは育たない。
見られていること。
認められていること。
笑っても大丈夫なこと。

それがあるだけで、月曜の会議室は少し生きやすくなる。

ホスト部長は今日も言う。

「ご来店ありがとうございます。本日も最高の進捗、作っていきましょう」

会社でそれを言うな、とは思う。

でも、誰かが少しだけ前を向けるなら、
あの変な掛け声にも意味はあるのかもしれない。

そして今日も、部長は誰かに向かって言う。

「君、いいね」

たぶんそれは、
この職場で一番軽くて、
一番ちゃんと届くシャンパンコールなのだ。

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