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仲間にしてください

 町の酒場というのは、不思議な場所だ。
 昼間は酔っぱらいがくだを巻き、夜になると誰かが世界を救う相談をしている。

 その夜も、酒場の中央の丸テーブルには、いかにも「これから物語が始まります」という三人組が座っていた。

 剣を背負った若い男勇者。
 白い法衣に身を包んだ女僧侶。
 そして、長い白ひげを撫でながら静かに酒を飲む魔法使いのお爺さん。

 どう見ても主役パーティーだった。


「さて……次の洞窟に行く前に、もうひとり前衛が欲しいのう」
 魔法使いのお爺さんが言った。

「そうですね。最近は敵も強いですし」
 女僧侶がうなずく。

「できれば頼れる戦士系がいいな。守備力が高くて、いざという時に前に立ってくれる人」
 勇者が真面目な顔で言った。

 その会話を、酒場の柱の陰からじっと聞いている男がいた。

 中年戦士、ガラン。

 肩幅は広い。腕も太い。剣も大きい。
 見た目だけなら、どう見ても頼れる戦士である。

 だが彼には、たったひとつだけ致命的な欠点があった。

 ものすごく小心者なのだ。

 魔物相手なら剣を抜ける。
 危険な洞窟にも入れる。
 だが、

「よかったら仲間にしてください」

 この一言だけが、どうしても言えない。

 断られるのが怖いからである。

 ガランは心の中で何度も練習した。

 今だ。
 いや、今行くと急すぎる。
 じゃあ次だ。
 いや、今度は逆にタイミングを逃した。

 そうやって迷っているうちに、彼の中でひとつの結論が生まれた。

 直接言うのは無理だ。
 ならば、遠回りに伝えるしかない。

 彼は突然、酒場の中に響くくらいの声で言った。

「いやー! 最近の若い勇者さんってのは立派だなあ! 旅には屈強な戦士が必要だろうなあ! たとえばこの辺にいる、盾役もできて剣も使えて、年の功もあって落ち着きもある中年戦士とか!」

 勇者たちはちらっと見た。

「そうですね」
 と勇者。

「そうですねえ」
 と僧侶。

「世の中にはいろんな戦士がおるからのう」
 とお爺さん。

 全然伝わっていなかった。

 ガランは心の中で崩れ落ちた。
 いや違う。
 今のは「その戦士って私です」の空気まで込みで受け取ってもらう場面だったはずだ。

 しかし彼はあきらめなかった。

 今度は依頼掲示板の前に立ち、独り言にしては大きすぎる声でつぶやいた。

「魔犬の群れ討伐か……。本来なら勇者パーティーと一緒に行きたいところだが……まあ、私ほどのベテラン戦士になると単独でも行けるからな……。本当は誰かに『ご一緒しませんか』と言われたら、すぐ行けるんだがな……」

 勇者たちはまたちらっと見た。

「すごい人がいますね」
 と僧侶。

「独り言が長いのう」
 とお爺さん。

「単独で行けるなら、強いんだろうな」
 と勇者。

 違う。
 単独で行きたいわけではない。
 めちゃくちゃ一緒に行きたいのである。

 焦ったガランは、さらにおかしな方向へ進化した。

 なぜか酒場の床で腕立て伏せを始めた。

「いち! に! さん! ……最近は誰かをかばう機会がないから体がなまる! 前衛で味方を守りながら戦うのが一番性に合ってるんだがなあ! 特に勇者とか僧侶とか老人魔法使いみたいな仲間がいると燃えるんだがなあ!」

 勇者たちはまた見た。

「ピンポイントですね」
 と僧侶。

「ほぼ募集条件そのままじゃのう」
 とお爺さん。

「でも、何か事情があって言えないのかも」
 と勇者。

 そこまで分かっていて、なぜ誰も拾ってくれないのか。
 いや、拾われる前に自分で言えばいいだけなのだが、それができないからここまで来ている。

 その後もガランの遠回りアピールは続いた。

 勇者たちの近くでやたら丁寧に盾を磨く。
 「最近は回復役と魔法役を守れる戦士が減った」と世相を憂う。
 ついには店主に向かって、

「もし勇者一行が仲間を探していたら、私は今とても暇だと伝えておいてくれ」

 と頼み込んだ。

 すると店主は一言、

「自分で言え」

 とだけ返した。

 正論だった。
 あまりにも正論すぎて、ガランは一瞬で黙った。

 それでも言えなかった。

 長いこと、ガランには夢があった。
 勇者と旅をすること。
 世界を救うような冒険の一員になること。
 宿屋で作戦を語り、洞窟で背中を預け、最後は魔王の城に乗り込むこと。

 若い頃にも、そういう機会がなかったわけではない。
 だがそのたびに、

「いや、自分なんかが声をかけても」
「もっとふさわしい戦士がいるはずだ」
「今話しかけたら変じゃないか」

 と迷っているうちに、全部逃してきた。

 気づけば中年になっていた。

 酒場の窓の外は、もう夕焼けだった。

「今日はもう戻ろうか」
 勇者が立ち上がった。

「仲間探しはまた明日ですね」
 僧侶も席を立つ。

「まあ、縁があればまた会うじゃろう」
 お爺さんは最後の一口を飲み干した。

 三人は会計を済ませ、酒場を出ていった。

 ガランは、その背中を見送った。

 結局、今日も言えなかった。

 酒場の中は急に静かになった。
 さっきまで賑やかだったのに、今は椅子を引く音だけが小さく響いている。

 ガランは力なく椅子に座った。
 目の前のジョッキを見つめたまま、ぽつりとつぶやく。

「……入りたかったなあ」

 誰に向けたわけでもない、ただの独り言だった。

「勇者パーティーに」

 喉の奥が少し詰まる。

「ずっと、入りたかったんだよなあ……」

 ガランは小さく笑った。
 情けないような、悔しいような笑いだった。

「俺、魔物に向かって剣を振るうより、たった一言を言うほうが怖かったんだな……」

「じゃあ、言えばよかったのに」

 後ろから声がした。

 ガランは椅子ごと飛び上がった。

 振り向くと、そこには勇者たち三人が立っていた。

 扉のところで、僧侶が少し困ったように笑っている。
 お爺さんは「忘れ物をしてのう」と言いながら、なぜか一番楽しそうな顔をしていた。
 勇者は、まっすぐガランを見ていた。

「き、聞いてたのか!?」
 ガランの顔が一気に赤くなる。

「かなり最初の『入りたかったなあ』から」
 僧侶が言う。

「十分すぎるほど伝わったのう」
 お爺さんがうなずく。

 ガランは両手で顔を覆った。
 消えたかった。
 できればルーラでどこか遠くへ飛びたかった。
 しかし彼は戦士なのでルーラは使えない。

 勇者が一歩前に出た。

「あなた、最初からずっと僕たちにアピールしてましたよね」

「いや、その……」
「ものすごく回りくどかったですけど」
「うう……」
「でも、仲間になりたいって気持ちは分かりました」

 ガランは恐る恐る顔を上げた。

 勇者は笑っていた。

「よかったら、一緒に来てください」

 その一言を聞いた瞬間、ガランはしばらく何も言えなかった。

「……いいのか?」
「はい」
「俺、中年だぞ?」
「見れば分かります」
「いや、そこじゃなくて!」
「小心者っぽいのも知ってます」
「そこも知ってるのか……」
「でも、仲間を守りたいって気持ちは本物ですよね」
「……それは、本物だ」
「じゃあ十分です」

 僧侶がやわらかく微笑んだ。

「私、そういう人、好きですよ。強がってる人より、ちゃんと怖がれる人のほうが信用できます」

 お爺さんもうなずく。

「本当に臆病な者は、危険な旅に出ようなど思わん。怖くても行きたい場所がある者は、案外しぶといもんじゃ」

 ガランの目が少し潤んだ。

 彼はずっと思い込んでいた。
 強い人間とは、迷わず前に出られる人間のことだと。
 仲間に選ばれるのは、最初から堂々としている人間だけだと。

 でも、そうじゃなかった。

 ただ一言。
 言えばよかったのだ。

 仲間になりたい。
 一緒に行きたい。

 その気持ちを、まっすぐ。

 それだけでよかったのだ。

「……よろしく頼む」

 ガランは深く頭を下げた。

「こちらこそ」
 勇者が手を差し出す。

 その手を、ガランはしっかり握った。

 こうして、勇者、女僧侶、魔法使いのお爺さん、そして遠回りの天才みたいな中年戦士のパーティーが誕生した。

 後に彼らは魔王を倒すことになる。
 その旅の中でガランは、数え切れないほど仲間をかばい、何度も震えながら前に立ち、誰よりも頼れる盾になった。

 ただし、最初の酒場での出来事だけは最後まで語り草になった。

「仲間になりたいなら、まず本人に言え」

 という教訓とともに。

 世界を救う旅の始まりは、案外そんなものなのかもしれない。

 大事なのは、遠回りなアピールじゃない。
 気の利いた演出でも、完璧な自己PRでもない。

 ちゃんと伝えることだ。

 言ってしまえば、たったそれだけのことが、
 人生を動かすことがある。

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