転生したらもっとダメでした。
異世界転生ものが流行って久しい。
トラックにひかれる。
目が覚める。
神様っぽいやつが出てくる。
「君には気の毒なことをした。お詫びに最強スキルを与えよう」
そして始まる、第二の人生。
剣を握れば伝説級。
魔法を撃てば国家転覆レベル。
ギルドに行けば受付嬢がざわつき、
冒険者たちは「なんだあいつ……」とどよめき、
王女かエルフかS級美女がだいたい仲間になる。
そう。
あれを見ていると、誰しも一度は思うのだ。
「俺も転生したら、今よりはマシになるのでは?」
私もそうだった。
今の人生、別に詰んでるわけではない。
ただ、なんというか、全体的にパッとしない。
朝は弱い。
やる気は波がある。
才能はたぶん未開封のまま賞味期限を迎えた。
締切直前だけ覚醒するが、その覚醒も毎回「今回こそ終わった」と引き換えに発動する。
だから思っていた。
この世界が悪いのではないか。
環境が私に合っていないだけではないか。
もし剣と魔法の世界に転生すれば、
私の中に眠る本当の力がついに解放されるのではないか、と。
そしてある日。
その日は、本当に来た。
目が覚めたら、そこは異世界だった

気がつくと私は草原に寝ていた。
青い空。
流れる雲。
遠くに見える城。
耳をすませば鳥のさえずり。
どう見ても始まっている。
オープニングである。
私はゆっくりと起き上がり、思った。
きた。勝った。人生、二周目突入。
ありがとう神様。
ありがとう交通事故か過労か知らないけど前の私の死因。
ここからは無双だ。
まずはステータス確認。
あれは絶対ある。
異世界転生において、ステータス画面は住民票みたいなものだ。
ないわけがない。
すると、頭の中に声が響いた。
「ステータスを表示します」
ほらきた!
私はニヤニヤしながら半透明の画面を見た。
名前:モブ田モブ夫
年齢:17
職業:仮見習い補助候補
レベル:1
HP:6
MP:1
腕力:2
素早さ:2
知力:3
器用さ:2
運:1
魅力:E
特性:寝坊癖、後回し、根拠のない楽観
ユニークスキル:「まだ本気出してない」
弱い。
弱い弱い弱い。

いや、待て。
ユニークスキルは伸びしろ枠かもしれない。
最近の作品は最初“ハズレスキル”に見えて、あとで壊れるパターンも多い。
「農業」と思わせて世界樹を育てたり、
「収納」と思わせて宇宙を飲み込んだりする世界だ。
まだ慌てる時間じゃない。
だが、名前がもうダメだった。
モブ田モブ夫。
そんな「どうせ活躍しません」みたいな名前あるか。
転生先の世界、初手から私を諦めている。
本来なら、ここで最初の村で才能がバレる
無双系なら、この後は決まっている。
近くの村に行く。
村人を軽く助ける。
「この若者……何かがおかしい」
おじいさんが正体に気づく。
ギルドで計測したら全員が腰を抜かす。
そして静かに伝説が始まる。
だが私の現実は違った。
まず、村に着くまでで疲れた。
草原って見る分には爽やかだが、歩くと普通にしんどい。
舗装されていない。
自販機もない。
ベンチもない。
コンビニもない。
マップアプリもない。
私は開始20分で気づいた。
異世界、インフラが弱い。
そりゃそうだ。
だって異世界だから。
やっとのことで村に着き、親切な村人に水をもらった。
そして言われた。
「元気そうなら、納屋の荷運びを手伝ってくれないか?」
きた。
最初のクエストである。
ここで軽く荷物を運び、
ついでに村を荒らすスライムでも素手で倒し、
「え、お兄ちゃん何者?」
となるはずだった。
だが私は、小麦袋を持とうとして腰をやった。
村のイベントで、村人未満。
横では10歳くらいの子どもが普通に二袋持っている。
私は一袋の端を触って、「これは重いという情報」を得ただけで終わった。

無双系ならここで木刀を握っただけで山が割れる。
私は袋の角を持っただけで心が折れた。
ギルドに行けば何とかなると思った
村で目立てないのは、まだ本編前だからだ。
真の主人公はギルドデビューで輝く。
ここは“ため”の時間である。
私はそう信じて、王道の冒険者ギルドへ向かった。
重厚な建物。
頼れそうな戦士たち。
傷だらけの大男。
ローブ姿の魔法使い。
受付には仕事のできそうな美女。
そうそう、これこれ。
この空気よ。
私はこの世界で、今から“選ばれる側”になるのだ。

受付嬢が優しく言った。
「では、適性検査を行います」
お願いします。
どうせ驚くんでしょう?
水晶が割れるんでしょう?
計測器が壊れるんでしょう?
「こんな数値、見たことない……!」って言うんでしょう?
剣術テスト。
木剣を振る。
手首が痛い。

走力テスト。
すぐ息が切れる。
反射テスト。
投げられたボールを顔面で受ける。
魔力測定。
水晶がうっすら曇る。
それだけ。

筆記試験。
薬草と雑草を間違える。
総合評価。
生活補助D。
絶妙。
絶妙にコメントしづらい。
最弱ですらない。
「工夫次第で何かにはなるかもしれないけど、今のところ特に光るものはありません」という、現実の人事評価みたいなランクが出た。
受付嬢は困ったように笑って言った。
「戦闘職は厳しいですね。まずは伝令とか、倉庫整理とか、そのあたりから……」
異世界に来てまで、配属が地味。
せめてスキル名だけでも派手であってほしかった。
「冥界反転」
「天穹断裂」
「終末の書」
そういうのが欲しかった。
実際の私の保有スキルは
「返事だけはいい」
「ギリギリまで動かない」
「一夜漬け」
このへんである。
なめてるのか。
無双どころか、文明の補助輪が全部外れた

ここで私は大事なことに気づき始めた。
無双系の主人公が強いのは、本人の才能だけではない。
あの人たち、だいたい精神力も高い。
行動力も高い。
覚悟も高い。
知らない場所でもグイグイ行ける。
人との距離も詰められる。
初対面で王様にも普通に話す。
おかしい。
メンタルがラスボス級である。
一方の私はどうか。
知らない世界に放り込まれて不安。
知人ゼロ。
スマホなし。
検索なし。
地図なし。
エアコンなし。
シャワーの温度調整なし。
冷蔵庫なし。
コンビニなし。
ネット通販なし。
宅配の再配達依頼もなし。
疲れたときに甘いものを気軽に買うこともできない。
ここでようやく、私は理解した。
前世、めちゃくちゃ恵まれてた。
あの世界、すごい。
蛇口をひねれば飲める水が出る。
ボタンを押せば部屋が冷える。
夜中でも明るい。
困ったら検索。
分からなければ動画解説。
お腹が空けば24時間どこか開いてる。
具合が悪ければ薬がある。
荷物は家まで届く。
しかも温かい便座まである。
異世界、どうした。
文明レベルが違いすぎる。
今まで私は、朝起きるだけでしんどいとか、
外出だるいとか、
買い物面倒とか言っていたが、
その買い物にはまず店があり、
商品が並び、
会計システムがあり、
帰れば電気がつき、
冷凍庫には氷がある。
あれ全部、奇跡だった。
前世の私は、それを当然だと思っていた。
なんなら不満ばかり言っていた。
バカか。
恵まれすぎて感覚が麻痺していたのだ。
チートがないと、人はただの人である
私は最後の望みとして、自分のユニークスキルに賭けた。
「まだ本気出してない」
名前だけ見れば、逆転の匂いはある。
本気を出せば強いのではないか。
隠された第二形態があるのではないか。
普段は封印されているだけで、覚醒イベントを経れば神になるのではないか。
そこで私は、人気のない森で一人、覚醒を試みた。
「うおおおおお!! 本気出すぞ!!」
5分後。
何も起きない。
「まだだ……! こんなものが俺の本気のはずが……!」
10分後。
普通に疲れた。
「はぁ……はぁ……」
20分後。
ただの体力のない人が、森で大声を出して息切れしているだけだった。
通りがかった木こりに言われた。
「大丈夫か?」
こっちが聞きたい。

そして私は、神様にクレームを入れた
夜、宿屋のベッドで私は天井を見ながら思った。
ちがう。
こんなはずじゃない。
異世界転生って、もっとこう、
人生の再抽選みたいなものじゃないのか。
ハズレ人生を引いた人間に対する救済措置ではないのか。
だが冷静に考えると、たぶん違う。
転生は、別に中身を高性能化するシステムではない。
私という素材を、
ただ別の環境に置いただけなのだ。
そりゃダメなやつは、世界が変わってもダメである。
むしろ文明の支援がなくなる分、
もっとダメになる。
現代日本では、私はまだごまかせていた。
検索で知識差を埋められる。
便利家電で生活力の低さを補える。
交通機関で体力不足をごまかせる。
マニュアルとシステムで仕事の粗さもある程度カバーできる。
でも異世界には、それがない。
能力はむき出し。
行動力もむき出し。
人間力もむき出し。
その結果どうなったか。
私は、ただの頼りない人になった。
ごまかしの効かない世界で見る己、つらすぎる。
目が覚めた
そんなある日、私はギルドの倉庫整理中に木箱を持ち上げようとして、盛大に転んだ。
木箱が落ちる。
頭を打つ。
視界が揺れる。

そして、次に目を開けると――
自分の部屋だった。
見慣れた天井。
スマホ。
カーテン。
エアコン。
充電ケーブル。
机の上に飲みかけのペットボトル。
床には脱ぎ散らかした服。
完璧に見慣れた、少しだらしない現世。
私はしばらくぼう然としていた。
そして、ベッドから飛び起きた。
戻れた!!!

思わず叫んだ。
文明!!
ありがとう文明!!
スマホがある!
Wi-Fiがある!
冷蔵庫がある!
電子レンジがある!
コンビニもある!
Amazonもある!
シャワーは安定してお湯が出る!
トイレは座ると温かい!
意味がわからないくらい偉大だ!
私は泣きそうになりながら部屋を見回した。

昨日までは、
「なんか人生つまんないな」
「やる気出ないな」
「もっと別の人生だったらな」
と思っていた。
でも今は違う。
この世界、めちゃくちゃ当たりだ。
少なくとも、草原スタートで所持金ゼロ、スキルなし、井戸が共用で風呂も不安定な世界より、圧倒的にいい。
そして私は気づいた。
私に必要だったのは、
異世界で無双することではなく、
現世のありがたみを理解することだったのだ。
たぶん人生は、やり直しより再評価だ
もちろん、現世に戻っても私は急に天才にはなっていない。
朝はまだ眠い。
面倒なことは面倒。
締切は近づくまで現実感がない。
部屋も放っておくと散らかる。
人としての根本性能は、そこまで劇的には変わらない。
でも、一つだけ大きく変わった。
「この環境でやれるなら、やった方が得だな」
と思えるようになった。
だってもう知ってしまったからだ。
電気もネットも物流も冷房も検索もマニュアルもインフラもない世界が、どれだけ不便かを。
今の私は、恵まれた環境の中で生きている。
それなのに毎回「やる気が出たらやる」とか言っている。
異世界の私からしたら、贅沢にもほどがある。
検索できるなら調べろ。
コンビニがあるなら活用しろ。
電車が動くなら移動しろ。
パソコンがあるなら書け。
エアコンが効く部屋で考えられるなら、それだけでだいぶ勝っている。
無双はできない。
たぶん一生しない。
でも、最低限の文明が全部そろった世界で、
少しだけちゃんと生きることはできるはずだ。
異世界で英雄にはなれなかった。
受付嬢にもざわつかれなかった。
チートも発現しなかった。
でもその代わり、
現世に戻って、ようやく少しやる気が出た。
考えてみれば、これが私に与えられた本当のチートだったのかもしれない。
異世界の記憶によって、
現代日本のありがたさを異常な解像度で理解してしまう能力。
地味だ。
地味すぎる。
作品化したら打ち切り候補である。
でも、私には効いた。
今日も朝は眠い。
仕事や作業は面倒だ。
すぐスマホも見てしまう。
それでも以前より少しだけ思う。
「いや、この環境でやらないの、もったいなさすぎるだろ」
転生したらもっとダメでした。
だから私は、現世で少しだけマシになることにした。
無双はしない。
ハーレムもない。
伝説にもならない。
でも、とりあえず今日は洗濯をする。
あと、後回しにしていたあれもやる。
異世界帰りの私に言わせれば、
それだけでもかなり立派な第一歩なのだ。

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 