料理の変人
料理バトル番組というものは、本来もっと華やかなものだと思っていた。
熱したフライパン。
舞い上がる炎。
真剣な眼差し。
審査員の「うーん、これは……」という意味深な沈黙。
そして最後には、勝者の料理人が涙ながらに包丁を掲げる。
そんな美しい世界を想像していた。
しかし、僕が出演した番組は、想像していた料理バトルとは少し違った。
いや、だいぶ違った。
スタジオには世界各国から料理人が集まっていた。
フランス代表は、白いコック帽をかぶり、胸元に金の装飾をつけていた。
イタリア代表は、赤と緑のラインが入った派手なシェフ服。
インド代表は、金色の刺繍が入った豪華な衣装。
中国代表は、黒地に赤い龍の刺繍。
メキシコ代表は、花飾りと鮮やかな刺繍で、もはや料理人というより祭りの主役。
トルコ代表は、青と金の重厚な衣装で、完全に王族感があった。
そして僕は、日本代表として、なぜか金刺繍の入った濃紺の羽織風シェフ衣装を着せられていた。
料理をしに来たはずなのに、少しだけ討ち入り感がある。
中央に立つ司会者が、満面の笑みで言った。
「それでは本日のお題です!」
スタジオの照明が一斉に落ち、巨大なモニターだけが光った。
表示されたお題を見て、会場が静まり返った。
シャケとホタテのケーキを作ってください。

誰も拍手しない。
誰も歓声を上げない。
ただ、世界各国の料理人たちの脳が一斉に停止した音だけが聞こえた気がした。
シャケ。
ホタテ。
ケーキ。
この三つの単語は、別々なら何も悪くない。
シャケは朝食の王様だ。
ホタテは海鮮界の貴族だ。
ケーキは誕生日の象徴だ。
だが、三つを同じ皿に乗せた瞬間、急に会議室で誰かがふざけて出した企画案みたいになる。
世界中の料理人たちが困惑していた。
フランス代表は両手で頬を押さえていた。
イタリア代表は天を仰いでいた。
インド代表は香辛料では解決できない顔をしていた。
中国代表は「これは包丁技術の問題ではない」という顔をしていた。
メキシコ代表は、笑顔を失っていた。
トルコ代表は、王族感を保ったまま動揺していた。
僕も思わず司会者を見た。
冗談ですよね、という目で。
しかし司会者はプロだった。
「制限時間は60分です! テーマは“海の幸と祝福の融合”!」
祝福される側の気持ちを考えてほしい。
誕生日にロウソクを吹き消したあと、目の前にシャケとホタテのケーキが出てきたら、人は何を願えばいいのか。
「来年は普通のショートケーキが食べられますように」だろうか。
僕は調理台の前で固まった。

目の前には、立派なシャケ。
つやつやしたホタテ。
生クリーム。
バター。
じゃがいも。
小麦粉。
なぜかチョコレートケーキの土台まである。
材料だけを見ると豪華だ。
しかし、組み合わせた瞬間に何かを失う気がする。
僕はまず考えた。
ケーキとは何か。
甘いものか。
丸いものか。
層になっているものか。
上に何かが乗っていればケーキなのか。
この番組において、そこを深く考え始めると負けな気がした。
周囲を見ると、他国の料理人たちはすでに動き出していた。
人間はすごい。
どんな理不尽にも、まず手を動かす。

フランス代表は、ホタテに白いソースを絡めながら、まるで芸術作品を作るような顔をしていた。
イタリア代表は、シャケを薔薇のように巻いていた。
インド代表は、香辛料の力で世界観をねじ伏せようとしていた。
中国代表は、ものすごい速度で何かを刻んでいた。
メキシコ代表は、ケーキの上に花とイクラを飾り始めていた。
トルコ代表は、金色の皿にホタテを積み上げていた。
誰もふざけていない。
これが一番怖かった。
世界中の料理人が、シャケとホタテのケーキに本気で向き合っている。
僕も負けてはいられない。
ただし、真正面から甘いケーキにシャケとホタテを入れる勇気はなかった。
勇気と無謀は違う。
僕は方針を決めた。
甘くないケーキに逃げる。

つまり、いわゆる「お食事系ケーキ」だ。
土台はマッシュポテト。
間に焼きシャケ。
ホタテはバター醤油でソテー。
外側をクリームチーズとヨーグルトで白く塗る。
見た目だけはケーキ。
食べると海鮮ポテトサラダ。
これはいける。
少なくとも、人間の食べ物の範囲には収まっている。
僕はじゃがいもをつぶし、シャケを焼き、ホタテに美しい焼き色をつけた。
この時点では、自分でも少し希望が見えていた。
世界と戦えるかは分からない。
だが、胃袋とは和解できそうだった。
そう思った瞬間、審査員が僕の調理台に近づいてきた。
審査員は僕の皿をじっと見つめた。
そして、冷静な声で言った。
「ケーキらしい甘さも少し欲しいですね」
終わった。

こちらが必死に現実的な着地点を探しているのに、向こうは平気で崖を追加してくる。
甘いシャケ。
甘いホタテ。
想像しただけで胃が少し黙った。
僕は苦し紛れに、はちみつレモンソースを作った。
シャケにはレモンが合う。
ホタテにもレモンが合う。
はちみつはケーキっぽい。
理屈だけならつながっている。
理屈だけで料理が成立するなら、世の中の失敗作はもっと少ない。
残り時間が少なくなるにつれ、会場はどんどんおかしくなっていった。
フランス代表は、ホタテをタワーのように積み上げていた。
イタリア代表は、シャケを花束にしていた。
インド代表は、スパイスとクリームの境界線を消しにかかっていた。
中国代表は、ケーキの上に海鮮の龍を作ろうとしていた。
メキシコ代表は、イクラを宝石のように散りばめていた。
トルコ代表は、金色の装飾で料理を王宮にしていた。

もはや料理なのか、祭壇なのか分からない。
誰かがタコの足を持ち出した瞬間、僕は一度だけ目を閉じた。
見なかったことにしたかった。
しかし、現実は焼けたホタテの匂いとともに迫ってくる。
制限時間は残り10分。
僕は自分の皿に集中した。
ついに、僕の作品が完成した。

丸く成形したマッシュポテトの土台。
中にはほぐしたシャケ。
上には焼き色をつけたホタテ。
周囲には白いクリームチーズ。
最後に、はちみつレモンソースを細くかける。
見た目は、ギリギリ高級な前菜。
番組の要求としては、ギリギリケーキ。
人間の尊厳としては、ギリギリ保っている。
僕は皿を見つめた。
悪くない。
少なくとも、誕生日に出されたら驚くが、泣くほどではない。
審査の時間が来た。

審査員が一口食べた。
僕は息を止めた。
世界各国の料理人たちも、なぜか僕の皿を見守っていた。
長い沈黙。
そして審査員は、少しだけ目を細めて言った。
「普通においしいです」
勝ったのか負けたのか分からないコメントだった。
普通においしい。
料理人にとっては褒め言葉のはずなのに、この番組ではどこか敗北感がある。
審査員は続けた。
「ただ、安全にまとめすぎた印象もありますね」
安全。
料理バトルで言われると、こんなに褒め言葉に聞こえない言葉もない。
僕はうなずいた。
たしかに僕は安全に逃げた。
だが、それは人類として正しい判断だったと思う。
最終結果が発表された。
優勝したのは、メキシコ代表だった。

彼女の作品は、シャケ、ホタテ、エビ、イクラ、花飾り、金色の装飾が積み上がった、巨大な海鮮ケーキだった。
もはや料理というより、海のカーニバルだった。
司会者が叫ぶ。
「優勝の決め手は、圧倒的なパーティー感です!」
パーティー感。
料理とは何か。
ケーキとは何か。
勝負とは何か。
僕は拍手しながら、心の中でそっと考えていた。
どんなに理不尽なお題でも、人間は意外と料理を完成させてしまう。
シャケとホタテのケーキでさえ、60分あれば何かしらの形になる。
ただし、それを食べたいかどうかは別問題だ。
番組の最後、司会者が笑顔で次回予告をした。
「来週のお題は、カレー味のプリンです!」
世界各国の料理人たちが、再び静まり返った。
僕はその瞬間、出演契約書をもう一度確認した。
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