ネーミングバトル開催
世界命名武闘大会

――技の威力ではない。名前の格で世界秩序が決まる日
世界には、いくつもの大国がある。
軍事大国。資源大国。経済大国。
だが、それらの上に君臨する、もうひとつの覇権がある。
命名覇権国家。
この世界において、戦闘技術の優劣は、肉体でも魔力でも兵器でも決まらない。
決めるのはただ一つ。
技名の強さ。
より強そうな名前を持つ技が、より強い。
それは比喩ではない。
この世界では、名前の持つ印象、語感、漢字圧、余韻、神話性、終末感、禁忌感、そして“言われた瞬間に勝てない気がする度合い”が、そのまま物理法則として現実を上書きする。
つまり戦闘とは、センスである。
より厳密に言うなら、ネーミング・センスの武力化である。
そして四年に一度。
各国の命名流派が国運を賭けて戦う最高峰の祭典が開かれる。
その名は――
世界命名武闘大会。
優勝した流派は、以後四年間、世界標準命名理論として認められる。
学校教育。軍事教本。子供向け絵本。国家試験。果ては必殺技ライセンス制度に至るまで、その流派の命名思想が主流になる。
つまりこれは、単なる大会ではない。
世界の“強そう”の基準を決める戦争である。
実況席には、この道三十年の名物実況、轟アナウンサー。
隣には命名戦略学の世界的権威、権堂命名学教授。
観客席を埋め尽くす十万人は、誰もが手に汗握っていた。
なぜなら今日は、歴史上もっとも“名前が強い日”になるからだ。
開会式――各国代表流派、入場

轟アナ:
「さあ始まりましたァ! 四年に一度、世界のネーミング覇権を決める究極の舞台! 世界命名武闘大会!!」
権堂教授:
「今回の見どころは明確です。従来の王道である漢字圧縮型が勝つのか、近年急成長している抽象恐怖型が取るのか、あるいは叙事詩型が再び世界を取るのか。命名界全体の潮流が、この大会で確定します」
入場するのは、各国を代表する五大流派。
1.天獄字院流(てんごくじいんりゅう)
大東方命名圏を支配する王道最大派閥。
理念は、「強い漢字を、強い順番で、強い密度で叩き込め」。
“獄”“滅”“覇”“零”“神”“断”“天”“冥”などを高密度に配置し、読む前から勝負を終わらせる。
一見古典的だが、最も安定して強い。
2.無音白紙派(むおんはくしは)
北方諸国連盟が生んだ禁欲系流派。
理念は、「語らないことが最も怖い」。
短い。少ない。説明しない。
“終わり”“無”“沈黙”“まだ先”など、余白そのものを武器にする。
扱いを誤ると寒いが、本物が使えば会場が凍る。
3.聖典長句門(せいてんちょうくもん)
西方大陸の超大国が誇る文学武闘派。
理念は、「名前は技ではない。物語そのものである」。
一つの技名がもはや短編小説。
長い、重い、詩的、そして聞いているだけで何かとんでもない因果に巻き込まれそうな圧を持つ。
4.裏象徴機関(うらしょうちょうきかん)
都市国家群から誕生した前衛流派。
理念は、「意味が分からないものが一番怖い」。
日常語と不吉な概念を接続し、理解不能の恐怖を生む。
“月曜の裏側”“青い左折”“第九肋骨の祝祭”など、意味不明なのに妙に勝てなそう。
5.皇名継承庁(こうめいけいしょうちょう)
旧王家の権威を背負う正統派。
理念は、「名前には歴史が宿る」。
過去の最強技の格と系譜を継ぎ、名前の格式で圧殺する。
“第二十七代・天罰王槍”のように、積み重ねられた権威そのものを武器化する。

轟アナ:
「いやもう入場コールだけで強い!! まだ誰も殴っていないのに、すでに二、三カ国くらい滅びそうな空気です!!」
権堂教授:
「名前が国家運営に直結している世界ですからね。非常に健全です」
第一回戦 第一試合
天獄字院流 vs 裏象徴機関
代表選手は、天獄字院流の重戦士 ガロウ・千断。

対するは、裏象徴機関の奇才 ミレナ・オフレコ。

轟アナ:
「来ました! 王道の漢字過積載型と、意味不明で刺してくる抽象恐怖型の激突です!」
権堂教授:
「これは命名思想の衝突ですね。天獄字院流は“分かりやすく強そう”を極める。一方で裏象徴機関は“分からないから怖い”に賭ける。どちらが先に相手の脳を支配するかです」
開始の鐘。
先に動いたのはガロウ。
両腕を広げ、大地を踏み砕きながら叫ぶ。
「天冥獄覇断界砕皇葬!!!」
会場が揺れた。
空に黒い亀裂が走る。
地面に“終わりそうな漢字”の気配が満ちる。
観客の何人かが、音だけで涙を流した。
轟アナ:
「出たァーーッ!! これぞ王道!! 天! 冥! 獄! 覇! 断! 界! 砕! 皇! 葬!! 強い漢字しか入っていない!! 一文字たりとも優しくない!!」
権堂教授:
「素晴らしい構成です。前半で宇宙規模を出し、中盤で破壊を確定し、終盤で権威を乗せて、最後に“葬”で終わる。完璧に近い。特に“断界”から“砕皇”への接続が非常に殺意に満ちています」
だがミレナは笑った。
細い指を一本立てて、静かに言う。
「会議室の窓が、誰も触っていないのに少しだけ開いている朝」
沈黙。
会場全体が、一瞬、理解を拒んだ。
轟アナ:
「な、長い!? いや長いというか、え? 技名ですかそれ!? 朝!?」
権堂教授:
「危険です」
次の瞬間、ガロウの“天冥獄覇断界砕皇葬”が鈍った。
あまりにも完成された漢字の塊だったはずなのに、突然、“既知の強さ” に見えた。
その一方で、ミレナの名はじわじわと脳内を侵食する。
会議室。
窓。
誰も触っていない。
少しだけ。
開いている。
朝。
怖い。
何が起きるのか全く分からない。
だが絶対に何か良くないことが始まっている感じだけはある。
ガロウが叫ぶ。
「ふざけるな!! そんなものが、俺の天冥獄覇断界砕皇葬より強いわけ――」
ミレナが二つ目を放つ。
「昨日まであった非常口が、今日は壁になっている」
ガロウの表情が崩れた。
明確な恐怖。
論理ではない。
避けようのない“不穏”が、巨大な漢字圧を食い破る。
権堂教授:
「裏象徴機関は、名前の中に“説明不能な日常破綻”を埋め込みます。人間は宇宙崩壊より、理解できない小さな異変の方が怖い場合がある。極めて厄介です」
最後にミレナは、トドメの名を告げた。
「月曜の裏側」
短い。
意味不明。
だが、最悪に嫌だ。
その瞬間、ガロウの大技は完全に押し潰された。
“天冥獄覇断界砕皇葬”は強い。
だが“月曜の裏側”は、人類が本能で見たくない何か を連想させた。
決着。
轟アナ:
「決まったァーーッ!! 裏象徴機関、勝利!! 王道漢字の巨塔が、意味不明の不穏に沈んだァーーッ!!」
技名解説
天冥獄覇断界砕皇葬
王道漢字圧縮型のほぼ完成形。
長所は、聞いた瞬間の納得感。
短所は、強さの方向が分かること。分かる強さは、対策されうる。会議室の窓が、誰も触っていないのに少しだけ開いている朝
抽象恐怖型の超上位。
派手さゼロ。だが、現実の隣にある違和感が強烈。
“説明できない不自然さ”が脳に居座る。月曜の裏側
傑作。短いのに嫌すぎる。
“存在してほしくない概念”を作った時点で勝ちに近い。
第一回戦 第二試合
無音白紙派 vs 皇名継承庁
無音白紙派の代表は、女剣士 セラ・ノースノイズ。

皇名継承庁からは、格式の怪物 レオハルト十三世。

レオハルトは黄金の鎧を鳴らし、宣言する。
「我が名は、王歴千年の継承者。聞くがいい。
第七王環・天罰継承終列大剣」
うわ、と観客席から小さな声が漏れた。
格がある。
新しさではなく、“今までずっと強かったものの積み重ね” を感じる。
権堂教授:
「皇名継承庁は単発のインパクトではなく、血統と格式を名前に埋め込みます。“第七王環”の時点で過去六つの成功を背負っている。これは非常に重い」
セラは静かに立っているだけだった。
剣も抜かない。
表情も変わらない。
レオハルトが続ける。
「さらに見せよう。
第二十九戴冠・神前不可逆断罪勅槍」
強い。
強すぎる。
王家、公的性、宗教、不可逆性。
“勅”で終わるのも卑怯だ。
もう個人技ではない。国家命令で殺しに来ている。
だがセラは、目を閉じたまま言った。
「まだ」
会場が静まる。
轟アナ:
「み、短い!! 一言!! まだ!!?」
権堂教授:
「……危険ですね」
レオハルトが一歩止まる。
“まだ”とは何か。
まだ終わっていないのか。
まだ始まっていないのか。
まだ見せていないのか。
まだ足りないのか。
短すぎるがゆえに、あらゆる可能性が残る。
レオハルトが気圧されぬよう叫ぶ。
「ならばこれで決める!
王統最終編纂・光冠絶対勅滅!!」
場内に王家の紋章が浮かぶ。
歴史そのものが剣となって落ちる。
そのときセラが、ようやく剣を抜いた。
「終わりではない」
それだけで空気が反転した。
レオハルトの技名は、あまりにも“完成されすぎていた”。
終列。断罪。勅滅。最終編纂。
どれも終わりの言葉ばかりだ。
だが、無音白紙派の核心はそこを突く。
終わりを確定した名前は、その先がない。
一方で“まだ”“終わりではない”は、永遠に先を持てる。
レオハルトの巨大な格式が、わずかに軋む。
セラは最後に、観客席にも聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「無」
その一文字で、王家の技名群が、急に“言葉数が多い”だけに見えた。
決着。
轟アナ:
「勝者ァーーッ!! 無音白紙派ァーーッ!! 王家の千年を、“無”の一文字が斬り捨てましたァーーーッ!!」
技名解説
第七王環・天罰継承終列大剣
格式系の理想形。継承と王権と終列が非常に強い。
だが、語ることが多いぶん、相手に“語らない余白”を許す。まだ
最短最強候補。
単独では危険な賭けだが、使い手が本物だと未来と不安の両方を背負う。無
短い言葉の帝王。
下手が使うとスカす。達人が使うと世界から音が消える。
第一回戦 第三試合
聖典長句門 vs 無所属特別枠
無所属特別枠。
それは、国家を持たない者、流派を持たない者、だが予選を勝ち上がった者だけに与えられる異例の出場権。
その代表は、青年 レン。

派手な紋章はない。
由緒もない。
背負う看板もない。
対する聖典長句門の代表は、世界でもっとも“語れる”男、イザーク・ベルン詠司祭。

轟アナ:
「ここで登場、無所属のレン! しかし相手は長句門の絶対王者! 今大会最長文字数記録の更新すら期待されています!」
権堂教授:
「長句門は単なる長さ勝負ではありません。長い中に神話、裁き、喪失、救済、詩的余韻まで織り込む総合芸術。まともに受ければ圧殺されます」
開始。
イザークが両手を広げた。
まるで祈り。
いや、朗読会の開幕だった。
「すべてを赦したふりをしながら最後まで誰ひとり赦していなかった星の、いちばん静かな処刑方法」
会場がどよめいた。
長い。
長いが、ただ長いのではない。
聞き終えたとき、なぜか心が冷える。
轟アナ:
「出たァーーッ!! 美しい!! そして嫌だ!! すごく嫌です!!」
権堂教授:
「傑作ですね。“赦したふり”“最後まで誰ひとり赦していなかった”が効いている。星規模の感情のねじれを、“いちばん静かな処刑方法”で落とす。これは文学的圧殺です」
レンは黙って聞いていた。
二撃目。
「神々が沈黙を選んだあとにだけ許される、名前を持てなかった者たちのための逆光の葬列」
観客席の一部が立ち上がって拍手した。
まだ攻防の途中なのに、あまりにタイトル回収力が高すぎた。
レンはそれでも立っている。
イザークは微笑んだ。
相手が無所属であることを、どこか哀れむように。
「君には歴史がない。詩がない。神話がない。
名もなき剣で、ここまでよく来た。だが終わりだ。
最後の鐘より少し前にだけ現れる、救済に似た諦めの白い獣」
空気が白く凍った。
レンの耳に、遠い記憶が蘇る。
回想――流派を持たない者の訓練
山奥。
師匠も流派もない。
いたのは、かつて命名戦争から脱落した老人だけだった。

老人は言った。
「流派の名づけは強い。
強いから、みんな同じ方向に強くなる。
だが流派には癖がある。
王道は分かりやすさに縛られ、沈黙は短さに縛られ、詩は美しさに縛られる。
おまえは、何にも縛られるな。
名前を作るな。
相手の名前の“弱点”に合わせて、そこにだけ刺さる名前を立てろ」
レンは雨の中で、何千もの名前を捨てた。
盛った名前も捨てた。
気取った名前も捨てた。
かっこつけた名前も捨てた。
最後に残ったのは、
“勝つために必要なものだけを言う”という方法だった。
現実に戻る。
イザークの美しすぎる長句が世界を覆う中、レンは一歩だけ踏み込む。

「きれいすぎる」
イザークの眉がわずかに動いた。
レンは言う。
「おまえの名前は、全部うますぎる。
完成されすぎてる。
だから――汚れに弱い」
そして放つ。
「読む前にコーヒーをこぼされた遺言状」
会場が静まった。
長句門の詩世界に対して、レンが返したのは文学的完成度ではない。
もっと俗で、もっと現実的で、もっと嫌な破壊だった。
美しい文章。
整った意図。
完璧な構造。
それらを一撃で台無しにする、最悪の現実。
権堂教授:
「なるほど……! 長句門の弱点は“完成美”です! 完成されたものは、汚損に弱い!!」
イザークが初めて顔色を変える。
レンはさらに踏み込む。
「三ページ目だけ破れている預言書」
イザークの巨大技名群が軋む。
壮大な詩世界が、一気に不完全になる。
肝心なところが読めない。
全体が成立しない。
最後にレンは、剣を振り下ろしながら言った。

「最終行だけ、別人が書いた神話」
決まった。
長句門の美しい長大技名たちは、その瞬間、全部“信用できないもの”になった。
美しさは保ったまま、根本だけ壊された。
轟アナ:
「な、なんという勝ち方だァーーッ!! 無所属レン、勝利!! 詩を、汚損で殺しましたァーーーッ!!」
技名解説
すべてを赦したふりをしながら最後まで誰ひとり赦していなかった星の、いちばん静かな処刑方法
長句門の最高傑作級。
感情のねじれ、宇宙規模、静かな残酷さが高水準で共存している。読む前にコーヒーをこぼされた遺言状
破壊力が異常。
長句門の「完成物としての神々しさ」を、日常事故で一気に損ねる。
崇高を俗で汚すのは非常に強い。最終行だけ、別人が書いた神話
傑作。
物語全体の信頼性を崩壊させる一撃。
詩的な相手に対してのみ刺さる、極めて対流派特化型の名。
準決勝 第一試合
裏象徴機関 vs 無音白紙派
意味不明の不穏と、沈黙の極致。
観客席の緊張が異常だった。
なぜならこの試合、何を言われても嫌だからだ。

ミレナが口を開く。
「使った覚えのない鍵が、ポケットのいちばん奥に入っている」
セラは返す。
「来る」
短い。
だが怖い。
ミレナ:
「ランドセルだけが先に帰ってきた夕方」
セラ:
「もう知っている」
裏象徴機関の不穏は、現象の気味悪さで侵食する。
無音白紙派の短句は、その先を観客に勝手に想像させる。
轟アナ:
「嫌だ!! どっちも嫌だ!! この試合、気持ちよく勝つ概念が存在しません!!」
権堂教授:
「素晴らしい準決勝です」
最後、勝敗を分けたのは、解釈の主導権だった。
ミレナが放った。
「自分の声だけ一日遅れて届く部屋」
強い。
とてつもなく強い。
だがセラは、その上から、ほんの一言。
「遅い」
決まった。
裏象徴機関の“遅れて届く”不穏を、無音白紙派はたった二文字で評価してしまった。
怖い現象を、格下扱いしたのだ。
轟アナ:
「勝者、無音白紙派ァーーッ!! “遅い”!! たった二文字で相手の不穏全体を切り捨てたァーーッ!!」
準決勝 第二試合
レン vs 天獄字院流・敗者復活王
大会規定により、得点上位敗者は敗者復活枠として準決勝進出する。
戻ってきたのは、漢字密度の化け物ガロウ・千断。

彼はすでに一度負けていた。
だが負けたままでは終われない。
なぜなら彼の流派には、数百年の誇りがあるからだ。
そして何より、この敗北期間中、彼は進化していた。
回想――天獄字院流の地獄訓練

地下聖堂。
壁一面に強い漢字。
「獄」「終」「冥」「断」「葬」「覇」「滅」「虚」「皇」。
弟子たちはそれを三日三晩見続ける。
ただ見る。
意味を考えない。
強い漢字を、脳幹で感じるまで。
師範は言う。
「読むな。浴びろ。
意味ではない。印象で殺せ。
“強そう”を一秒で通せ。
技名とは、相手に考える時間を与えない暴力だ」
ガロウはそこで、自分の敗因を知った。
前回の敗北は、漢字が弱かったのではない。
漢字が“完成”しすぎていた。
だから相手に読まれた。
今回は違う。
もっと本能で殴る。
現実。
ガロウが吠える。
「レン!! 俺は戻ってきた!!
見せてやる!!
獄獄獄覇覇終断葬零皇天!!!」

会場が爆発した。
轟アナ:
「えええええ!! まさかの同字連打!! 理論を捨てた!! いや、理論の先に行った!!」
権堂教授:
「危険です。これは“読む前に強い”。通常、同字連打は下品とされる。しかし極限まで行けば、逆に呪文性が増す。獄が三つ、覇が二つ。脳が処理する前に圧で入る」
レンは一瞬たじろぐ。
たしかに強い。
きれいではない。
だが圧倒的に暴力的だ。
ガロウがさらに重ねる。
「天獄終覇冥断零界葬皇絶!!」
もはや漢字の要塞。
一文字ごとに空気が重い。
レンは目を閉じる。
王道の暴力。
真正面から強い。
ならば、その強さの根源を断つしかない。
レンは言う。
「……おまえの名前、強いよ。
でも、全部“強そうな漢字”だ。
つまり――期待通りだ」
ガロウの目が揺れる。
レンが振るう。
「封を開けたら、中身もそのままだった秘宝」
一瞬で空気が変わる。
ガロウの技名群は、強い。
だが急に、“驚きがない” ものに見え始める。
レンは続ける。
「扉の向こうに、ちゃんと扉があるだけの最終迷宮」
観客席がざわつく。
確かに嫌だ。
すごそうだったのに、想像通りだったときの失望。
期待を裏切らないことが、逆に弱さになる。
ガロウが叫ぶ。
「ふざけるなァ!!」
レンは最後に言った。
「見た目通りの怪物」
決着。
天獄字院流の巨大漢字群は、その瞬間、すべて“予想できる強さ”に格下げされた。
王道を王道のまま殺す、残酷な技名だった。
轟アナ:
「レン、決勝進出!! 王道の強さを、期待通りという一言で削ぎ落としたァーーーッ!!」
決勝戦
無音白紙派 vs 無所属レン
世界の主流命名理論を決める最終試合
勝てば、その流派が世界標準。
勝てば、学校の教科書が変わる。
勝てば、子供たちの“最初に覚える強そうな言葉”が変わる。

無音白紙派が勝てば、世界は短くなる。
多くを語らない時代が来る。
“無”“まだ”“先”“来る”が教科書に載る。
国家も企業も軍隊も、沈黙の圧を学ぶだろう。
レンが勝てば、流派支配の時代は終わる。
状況に応じて、相手ごとに、勝つためだけの名前を立てる。
主流は消え、主流を読んで殺す思想 が世界標準になる。
轟アナ:
「とんでもない決勝になりました!! 片や余白の極み、無音白紙派!! 片やどの流派にも属さず、相手の哲学ごと折ってきた無所属レン!!」
権堂教授:
「命名史の分岐点です」
開始。
セラ:
「先」
たった一文字。
それなのに、レンのあらゆる構えより先にある気がした。
レン:
「置いていかれた地図」
セラの“先”は未来と速度の圧。
レンはそれに対し、“先に行かれた後の現実”を置く。
概念を現実へ落とし、余白を具体的な喪失へ変える。
セラ:
「静かにしろ」
会場から本当に音が消える。

レン:
「おまえが黙ると、本当に何か来る気がする」
観客が震えた。
レンは正面から短く返さない。
相手の強さを一度認め、その上で別の恐怖に変換する。
セラの目が初めて細くなる。
セラ:
「いまではない」
強い。
“いま”を否定されると、何もできない。
すべてが先送りされ、宙吊りになる。
レン:
「では、いつ来るのかだけ誰も教えてくれない判決」
権堂教授:
「うまい……! 無音白紙派は余白の支配者ですが、レンはその余白を“最悪の具体”に接続する」
試合は異様だった。
派手な爆発はない。
巨大な龍も隕石も出ない。
だが観客全員が、今この場で、名前だけで削られている のが分かる。
セラは最後の構えに入る。
彼女の背後から、世界から音が消えていく。
実況席のマイクも、風も、観客の呼吸も、すべてが“余計”として消されていく。
轟アナは口を動かすが、声が出ない。
権堂教授だけが、かすかに呟く。
「……来ます。無音白紙派の奥義です」
セラが言う。
「ここまで」
それは決定だった。
余白でも沈黙でもない。
限界線そのもの。
以後を許さない、究極の区切り。
会場全体が、その言葉の中に閉じ始める。
そこでレンは、静かに息を吸った。
彼にも、ずっと温めてきた名があった。
流派に合わせて作る名前ではない。
勝つための即興でもない。
この大会を戦い抜き、各流派の頂点を見て、最後にようやく形になった、自分の核。
彼は言う。
「ここから先は、誰も興味ない」

空気が割れた。
“ここまで”は強い。
だが“ここから先は、誰も興味ない”は、その線の向こう側そのものを全て放置する。
終わりではない。
ただ先延ばしでもない。
未知そのものの存在意義の概念の解放。
セラの“ここまで”が止める世界に対し、レンは“その先の未観測領域”を個人の自由へと解放してしまった。
会場が揺れる。
観客席の上空に、まるで物語の続きのような裂け目が走る。
セラが初めて踏み込む。
短く、鋭く、全存在を賭けてもう一度言う。
「無」
究極の削除。
名前の終点。
存在の消去。
レンは剣を構え、最後の一歩で叫んだ。
「名前がつく前の勝ち方」
その瞬間だった。
“無”が消そうとしたものは、まだ名前になっていなかった。
だから消せない。DELETE命令が発行できない。
レンの一撃は、概念になる前の意志のまま、セラの“無”を越えて届いた。
静寂。
審判が、震えながら旗を上げる。
「勝者――無所属、レン!!」

会場が爆発した。
エピローグ
主流が消えた日
大会終了後、世界会議が開かれた。
優勝したレンに対し、各国代表は問うた。

「では、今後の世界標準命名理論は何になる?
王道か。沈黙か。詩か。抽象か。格式か」
レンは答えた。
「一つに決めるから、みんな読まれる。
主流になるから、主流の弱点が生まれる。
だから、もう一つの流派が世界を取る時代は終わりだ」
議場はざわめく。
「これから必要なのは、
相手が一番信じている“強さ”が、どこで弱くなるかを見抜くことだ。
名前は、盛るためじゃない。
勝つために立てるんだ」
こうして世界は変わった。
学校では、強い漢字だけを丸暗記する授業が減った。
代わりに、
「この相手に一番刺さる名前は何か」
「完成美をどう汚すか」
「沈黙をどう具体化するか」
「格式をどう古びさせるか」
といった実戦的命名戦術が教えられるようになった。
もちろん反発もあった。
天獄字院流は「漢字を軽んじるな」と怒り、
無音白紙派は「言いすぎるな」と睨み、
聖典長句門は「品位が落ちる」と嘆いた。
だが、それでも世界は認めざるを得なかった。
最強の名前とは、
いちばん長い名前でも、
いちばん短い名前でも、
いちばん難しい名前でもない。
その相手にとって、いちばん終わる名前だと。
そして今日もどこかで、新たな若者がノートに技名を書いている。
“超天獄覇滅断神零葬”
と書いては消し、
“無”
と書いては悩み、
“月曜の裏側”
と書いて少し震え、
最後にこう書くのだ。
「おまえには、これで終わり」
その瞬間、また新しい命名戦争が始まる。
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