ロード・オブ・ザ屁
この世界では、屁の大きさが人生を決める。

本当に、決める。
金でもない。
家柄でもない。
学歴でもない。
顔でもない。
屁圧(へあつ)。
すべてはそれだった。
生まれた瞬間、赤子は産声とともに「初屁」を放つ。
その音量、持続、振動、圧力、余韻によって、その子の将来はほぼ決まる。
「おお……この子は強いぞ」
「見ろ、この尻の開き……将来は将軍級だ」
「なんという重低音……王家の血かもしれん」
助産師たちは真顔でそう言う。
親たちも真顔でうなずく。
この世界では当たり前だった。
強い屁を持つ者は、幼いころから期待される。
名門校に入れる。
良い師匠につける。
国から育成金も出る。
将来は騎士団、魔導軍、王立研究院、あるいは王宮直属の爆圧魔導士にもなれる。
逆に、弱い屁しか出ない者は厳しい。
「この程度の余韻じゃ農村止まりだな」
「いや、運が良ければ帳簿係くらいには」
「気の毒だが、無音型は出世が難しい……」
人生相談も、就活も、婚活も、全部これが基準だった。
見合いの席では、まず家柄を聞く前に屁歴書を見る。
学校では成績より屁測定の順位が廊下に張り出される。
就職試験では筆記の前に爆圧実技がある。
恋愛ですら、最終的には「安定して出せる人がいいよね」に落ち着く。
何だこの世界は。
だが、この世界に生まれた者にとっては、それが現実だった。
主人公の名はフレアス。
王都のはずれに住む、若き魔法使いである。
だが彼は、魔法使いとしては致命的な欠点を抱えていた。
屁が小さい。
音も弱い。
圧も弱い。
持続も短い。
おまけに妙に遠慮がちだった。
生後一日目の初屁測定では、記録紙にこう書かれている。
「ぴ」
それだけだった。
両親は泣いた。
助産師は首を横に振った。
村長は「この子は優しい仕事に向いている」と言った。
全部オブラートに包んでいたが、要するに戦力外だった。
この世界では、屁はただの現象ではない。
それは魔力の噴出口であり、魂の圧力であり、その人間が世界にどれだけ「押し返す力」を持っているかの証明だった。
だから、屁が小さい者は、人生そのものが小さく見積もられる。
フレアスは子どものころから笑われた。

「おい、聞いたか? あいつの屁、紙が一枚揺れたらしいぞ」
「いや、揺れてない。先生の気のせいだ」
「伝説の微風使いじゃん」
「魔族が来ても、ろうそくも消せなさそう」
悔しかった。
だが、フレアスにはひとつだけ信じている言葉があった。
それは、幼いころ亡き祖父に言われた言葉だった。
「いいか、フレアス。屁は才能だけじゃない」
「質だ」
「流れだ」
「角度だ」
「ためだ」
「そして最後は、生き様だ」
たぶん最後の方は雰囲気で言っている。
でも幼いフレアスには、それが救いだった。
彼は努力した。

誰よりも食事を研究した。
豆、芋、発酵食品、香草、地下キノコ、禁断の黒ヨーグルト。
腹にいいのか悪いのか分からないものまで口にした。
呼吸法も鍛えた。
朝は腹式呼吸千回。
昼は肛門締緩法。
夜は瞑想しながらの圧力循環。
山にこもって滝に打たれ、尻を冷やしすぎて倒れたこともある。
だが、それでもフレアスの屁は小さかった。
努力しても、天才には勝てない。
王都には、そんな現実を体現する男がいた。
名をガルド・ボンベリア。

王国最強の若き騎士。
名門・爆圧貴族の生まれ。
生後三日の屁で揺りかごを破壊。
7歳で犬小屋を吹き飛ばし、12歳で訓練場の壁にヒビを入れ、15歳で王立学院の主席。
誰もが認める、屁圧エリートだった。
彼の周囲には常に人が集まる。
「すごい……今の構えだけで圧が伝わる」
「これが名門の尻筋……」
「努力では届かない領域があるんだな……」
ガルドは人格までわりと整っていた。
嫌なやつならまだ救いがある。
だが彼は普通に礼儀正しく、鍛錬も怠らず、弱者を見下しもしない。
つまり最悪だった。
どうやっても勝てる気がしない。
フレアスは思った。
やっぱりこの世界は、生まれた時点で決まっているんじゃないか。
そう思い始めたころだった。
魔族が現れた。

魔王軍四天王のひとり。
黒瘴の魔将、ゼブル=グハァン。
巨大な体。
黒い甲冑。
全身からあふれる瘴気。
そして何より恐ろしいのは、その特性だった。
あらゆる単発屁圧魔法を吸収する。
天才たちの一撃が通じない。

騎士団長の豪爆も。
王立学院の教授陣の連携屁術も。
果てはガルドの王国最強級の一撃すら、奴の瘴気結界に吸い込まれて終わった。
王都は絶望した。
天才の力が通じないなら、もう終わりだ。
その時だった。
フレアスは最前線で吹き飛ばされ、瓦礫の中で祖父の古い手記を見つける。

血と土にまみれた頁の中に、こう書かれていた。
「真の大屁術は、個の大きさを競うものにあらず」
「小さき圧も束ねれば、天を穿つ」
「屁の時代はいずれ終わる。連携の時代が来る」
フレアスは震えた。
この世界はずっと、
「どれだけ大きく出せるか」
ばかりを競ってきた。
誰が上か。
誰が強いか。
誰が名門か。
誰が一流か。
だが、もし本当に必要なのが、一番大きい一発じゃなく、みんなの圧をつなぐ技術だったら?
もし人生を決めるのが屁の大きさだとしても、
世界を救うのは屁の大きさの序列そのものをひっくり返す方法だったら?
フレアスは立ち上がった。
王城へ走った。
王の前に出た。
大臣たちの前で叫んだ。
「まだ勝てます!」
「必要なのは最強の一人じゃありません!」
「国民全員です!」
王は身を乗り出した。
「まさか……全国から精鋭を集めるのか!?」
「違います!」
「じゃあ王立学院の主席だけを――」
「違います!」
「では何だ!」
フレアスは叫んだ。
「屁の小さい者たちも含めた、全民一斉放屁です!!」

最悪だった。
王は固まった。
大臣は頭を抱えた。
近衛兵の一人はその場で遠い目になった。
だがフレアスは止まらなかった。
「この世界はずっと、屁の大きさだけで人を選んできました!」
「強い者だけを前に出し、弱い者を後ろへ追いやってきました!」
「でも敵が吸収するのは単発の大屁です!」
「なら必要なのは、小さくても無数の圧を同期させることです!」
「一人の天才ではなく、全員の腹です!!」
内容はめちゃくちゃなのに、なぜか正論っぽかった。
最初に反対したのは、やはりエリートたちだった。
「弱屁に何ができる!」
「圧が足りん!」
「戦場を汚すだけだ!」
だがそこで、意外な人物が前に出た。
ガルド・ボンベリアだった。

王国最強の天才。
生まれながらにすべてを持つ男。
彼は静かに言った。
「……俺たちは、強い屁だけで世界が守れると思っていた」
「だが守れなかった」
「だったら今度は、弱い屁も含めて戦うべきだ」
広間が静まる。
ガルドはフレアスを見る。
「お前はずっと、才能のない側からこの世界を見てきたんだろう」
「なら、お前の言葉を信じる」
ずるい。
そんなこと言うな。
かっこよすぎる。
こうして、王国史上初の国家総動員作戦が始まった。
名付けて――
全民連結屁圧解放陣(ぜんみんれんけつへあつかいほうじん)。
王都中の人間が集められた。
騎士。
魔法使い。
農民。
商人。
教師。
鍛冶屋。
パン屋。
老人。
子ども。
普段は「あなたは弱屁なので後方支援へ」と言われてきた人々も、全員だ。

そしてフレアスは宣言した。
「今日だけは、屁の大きさで人を並べない」
「前も後ろもない」
「才能も家柄も関係ない」
「出せるだけ出してください」
それは、この世界にとって革命だった。
今まで一度も選ばれたことのない人たちが、初めて主役になった。
訓練が始まった。
大きい屁の者は、無駄に一発へ頼らず、圧を小分けにする練習をした。
小さい屁の者は、タイミングを合わせる技術を学んだ。
無音型の者は振動担当。
短発型は連射要員。
持続型は圧の維持。
臭気特化型は撹乱班。
ついに弱屁にも役割が与えられた。

王都の空気は最悪だったが、士気は最高だった。
誰もが少しずつ、自分の屁を誇り始めていた。
「俺のは小さいが、リズムには自信がある」
「私は持続型です」
「わしは昔から余韻だけは褒められた」
「僕、まだ弱いけど頑張ります!」
何の世界だ。
そして決戦の日。
黒瘴の魔将ゼブル=グハァンが王都の正門前に現れる。
大地を踏みしめ、空を黒く染め、圧倒的な瘴気をまとう怪物。
奴は笑った。
「またか、人間ども」
「どうせ選ばれし強屁の者どもを並べただけだろう」
「貴様らの価値基準など、我は知り尽くしている」
その言葉に、フレアスは前へ出る。
みすぼらしいローブ。
華やかさのない顔。
生まれつき屁の小さい、誰にも期待されなかった若者。
だが、彼の後ろには、王国中の人々がいた。
フレアスは言う。
「そうだ」
「この国はずっと、屁の大きさで人を決めてきた」
「俺もずっと見下されてきた」
「でもな――」
彼は杖を掲げた。
「小さい屁にも、人生があるんだよ。」

王都中が震えた。
なんか変な名言が生まれた。
「全員、構えろ!!」
数万の国民が一斉に中腰になる。
王もいる。
大臣もいる。
騎士も、農民も、貴族も、子どももいる。
この世界で初めて、全員が同じ高さにしゃがんだ。

「連結陣、起動!!」
巨大魔法陣が王都全体に広がる。
一人ひとりの小さな圧が、光の線となってつながっていく。
大屁も。
中屁も。
弱屁も。
無音も。
短発も。
持続型も。
余韻型も。
臭気特化型も。
全部だ。
ゼブル=グハァンの顔色が変わる。
「な、なんだこの数は……!?」
「馬鹿な! 弱者の圧が……消えない!?」
フレアスは叫ぶ。
「この世界は、お前が思ってるより、ずっと屁だらけだァァァ!!」
最低だった。
「解放!!」

その瞬間――
王都全体が鳴った。
ドゴォォォォォォォォォォン!!!
大きな屁だけじゃない。
小さな屁も。
震えるような屁も。
情けない音も。
途中で失敗した屁も。
全部がつながり、重なり、巨大な奔流になって魔将へ襲いかかる。
それはもはや一発の強さではなかった。
人生で小さいと決めつけられてきた圧の総反撃だった。
ゼブル=グハァンは叫ぶ。
「ば、ばかな……!」
「なぜだ! なぜ弱者の力がここまで……!」
フレアスは叫び返す。
「弱いからだよ!」
「弱い奴はずっと、誰かと合わせるしかなかったんだ!!」
それは、この世界の底辺にいた者だけが言える言葉だった。
第一波で瘴気結界が揺らぐ。
第二波で甲冑が砕ける。
第三波で魔将の膝が折れる。

そして最後、ガルド・ボンベリアが前へ出る。
最強の天才。
誰よりも恵まれた男。
だが彼は、一人で決めなかった。
後ろを振り返り、フレアスにうなずき、皆と呼吸を合わせる。
「行くぞ」
「今度は、俺一人の屁じゃない」
フレアスも叫ぶ。
「全員で!!」

王都の腹が、一つになる。
全民終極連結爆圧(ぜんみんしゅうきょくれんけつばくあつ)!!
とんでもない衝撃波が天を裂き、ゼブル=グハァンは断末魔を上げながら、遥か彼方へ吹き飛んでいった。
「こ、こんなはずではァァァ!!」
「屁の大きさがすべてではなかったのかァァァ!!」
空の向こうで消えた。
勝利だった。
王都は歓声に包まれた。

生まれつき大きな屁を持つ者も。
小さな屁しか持たない者も。
今この瞬間だけは、同じように笑っていた。
王は泣いた。
大臣も泣いた。
騎士団長も泣いた。
たぶん匂いのせいも少しある。
戦いのあと、世界は少し変わった。

もちろん、すぐには全部変わらない。
この世界は長い間、屁の大きさで人を決めてきたのだから。
だが少なくとも、人々は知った。
大きい屁には大きい屁の強さがある。
小さい屁には小さい屁の役割がある。
才能は確かに残酷だ。
生まれつきの差は、消えない。
努力しても届かない壁は、たしかにある。
でも、それでも。
小さいから無価値とは限らない。
一人で勝てなくても、つながれば世界は変えられる。
後にこの戦いは、歴史書にこう記されたという。
『王都解放戦。民は屁の優劣を超えて圧を一つにし、魔族を討った』
かなりきれいに書いているが、間違ってはいない。
そしてフレアスは後に、王立学院で新たな学説を打ち立てる。
「屁圧絶対主義から、連結屁圧社会へ」
ものすごく言いにくいが、時代を変えた思想だった。
生まれつき小さい屁しか持たなかった青年は、
誰よりも小さな音から、世界の価値観をひっくり返したのだ。
最後に
この世界では、屁の大きさが人生を決める。
でも世界を変えたのは、一番大きな屁じゃなかった。
小さいまま、あきらめなかった屁たちだった。
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