空気を読まないのは気持ちがいい/50代で発達障害と知って
こんにちは きたのまめこと申します。
ひょんなことから自分がASD+ADHDと言われる発達障害であると知って
ショックを受けつつも、今まで全く向いていないことを出来るとか
やらなきゃとかみんな普通にやってることだから
と無理やり自分に課していたことに気づき
(正直言えばもっと早く気づきたかった…)
今思えば普通の人は、私がものすごく頑張ってやっていることを
何の苦もなくやっていたのかと気づき、すごくがっかりしています。
というわけで自分が無理をしないで生きられるように、
普通はではなく、自分はどうなのだろうと考えるようになり、自分を
知るために日々気づいたことやむかついたことや自分がどうしても
こだわってしまうことなどを書いています。
今日は次男と買い物に行った時のことを書きます。
次男は小学生のころに発達障害と診断され、ADHDの不注意や衝動性が
強いタイプで、気にいらないことがあると大声で叫んだり、先生やお友達に
暴言を吐いたりしてしまう子どもでした。
私は次男の表面的な行動しかみておらず、彼がどうして大声を出したり
暴言を吐いたりするのか考えたことも、彼にやさしく聞いてあげることも
しませんでした。
そして彼に「どうして普通に出来ないの?」と言い続けてきました。
彼が小学2年生の時に七夕の短冊に書いた願いは、お友達が
「消防士になりたい」とか「ゲーム機が欲しい」と書くのと違って
「ふつうになりたい」という言葉でした。
その時の私は「ホントに普通になりたいよねー」なんて共感したつもりでしたが、今考えるととんだ間抜け野郎です。
自分だって普通になれないのに、本当は彼の気持ちをちゃんと聞いて
困っていることをどうすればいいか考え、彼が足りないところはそのままで
ストレスがないように生活していけるように環境整備しなければいけなかったのです。
子どもに「ふつうになりたい」などと書かせてしまうなんて
最低の母親です。
そんな次男ですが、自力で勉強をして大学の2部に進学することが決まりました。それで新入生8点セットというスーツセットを買いに行きました。
それはスーツ以外に最低限必要なYシャツやネクタイなどがセットになったものなのですが、店員さんとしてはそれだけではなく、セット外のコートやカバンなども買ってもらいたいようで、しきりにすすめて下さるのです。
私はそういうとき、「なんか店員さんにお世話になってるし、割引にも
なってるし、どうせ後で必要だし買ってもいいかな」なんて気持ちに
なるのですが、次男は空気を読まない男なので、
いらないものはいらないとはっきり言います。店員さんのがっかりした
顔色なんて見ていません。
以前なら、お金を出すのは私だし、「一応買っておこうよ」なんて言って
でも結局使わなくて、「せっかく買ったのにー」と文句を言うところですが、今回は彼の判断に任せて、余計なお金や変な気をつかうことなく
清々しい気持ちでよい買い物ができました。
空気を読まない(=自分の気持ちに正直)って気持ちがいいなあと思いました。
それで、靴を試着するとき、次男の履いている靴をみたら、冬靴の上側と底が離れてしまうくらい破けていて、「(水が)しみない?」と聞いたら
「すごくしみるよ」と言うので、「とりあえず気にいった靴が見つかるまでの間安い冬靴でもいいでしょ」と言って靴を見に行ったのですが、気にいらなかったようで「俺は靴にこだわりがあるから、いいわ」なんて言って
穴あき靴のまま雪道を歩いて帰りました。
こういう時は空気読んで言うこと聞いて欲しいなと思ったし、私だったら
気にいらない靴より、穴が開いてて靴下がびしょびしょになるほうが嫌だなと思うのだけど、こだわる部分は人それぞれですね。
どこまでも自分に正直に自分の道を行く次男を面白い奴だなと思います。
