ずっとバイオリンに片想いをしている
20代もあと少しになってきた頃
バイオリン教室に通い始めた。
その頃働いていた職場の同僚が
教室見学に行くというので
興味本位でついて行ったのがきっかけだった。
楽器やらケースやら、まるっとセットで購入し
週一回のレッスン通いを始めた。
同僚とは一年ほど一緒に通っていたが
既婚者だった彼女は妊娠し
レッスン通いをやめることになった。
私は一人でレッスンに通うようになり
今年の最初まで続けていた。
バイオリンの音色は美しい。
ただ、その音色を出すのは難しい。
「ド」の音を出そうとしたら
ピアノの場合、鍵盤の「ド」を叩けば音が出る。
バイオリンの場合、右手で持った弓を動かし
左手の指で、最適な箇所を押さえなければ
「ド」の音は出ない。
「ド」の音には、目印がない。
一見、左手の方が厄介に見えるが
難しいのは右手の方だ。
右手を上手く操らなければ
美しい音色は生み出せない。
弓を上下に動かすボーイング練習。
最初はずーっと、こればかり。
やっちまったのか私?
えらい難しいものに手を出してしまった。
始めて数ヶ月経った頃
葉加瀬太郎さんのディナーショーに行った。
今は上下運動さえままならないが
いつかあんな風に
楽しそうに弾いてみたい。
「楽しんで弾くこと」
それが、私の目標だった。
夫と出会った30代半ばまでは
自由な時間がたくさんあったこともあり
必死に練習した。
わたしにとって
バイオリンを弾くという行為は
片想いに似ている
そう思っている。
大好きで大好きで
いつか振り向いてほしい。
でも彼は高嶺の花で
なかなか私を好きになってくれない。
なんとか振り向いてもらいたいと
色々と策を練る。
毎日、おはよう!と挨拶をして
今日もかっこいいねと声をかける。
しかし彼は塩対応。
たまに気が向くと
「今日のお前、ちょっと可愛いじゃん。」
なんて、嬉しいことを言ってくれる。
すっかり有頂天になってはしゃいでいたら
「うるせぇよ」と一喝。
でもそんなことでは諦めない。
いつか、そうきっといつか
両想いになれる日がくるかもしれない。
そんな気持ちで
バイオリンを続けてきた。
夫と結婚してからは
仕事と家事の両立で忙しくなり
練習時間がなかなか取れなくなってしまったが
レッスン通いは細々と続けていた。
私が通っている教室では
4月の終わりにバイオリンの発表会がある。
練習時間が取れないので
暫く参加していなかったが
一昨年と昨年は、先生とのデュオという形で
出させていただいだ。
昨年は、大人な生徒さん達との合奏や
生徒全員での大合奏にも参加した。
練習ではバラついていて、どうなるかと思ったが
本番は予想外の素晴らしい出来に
みんなで歓喜した。
私には、弾きたい曲があった。
バイオリンのソロの旋律が美しい
人気だった大河ドラマの主題歌。
上手く弾ける自信は全くない。
でも来年は、この曲を弾いてみたい。
デュオじゃなくて、ソロでやってみたい。
発表会を終えてすぐ、先生に打ち明けた。
そこから、チャレンジは始まった。
どんな難曲も結局は
基礎がちゃんとできていないと弾けない。
楽器を構える姿勢
構える角度に目線
弓を持つ指の位置
そして、あの最初の頃の上下運動
徹底的に学び直した。
「そうじゃない!違う違う!!」
先生の指導は、かなり熱を帯びていた。
言われることは、頭では理解できる。
でも、どうしても、どうやっても
思うように体が動かない。
数ヶ月にわたり、葛藤は続いた。
そして、自分でも気付かぬうちに
バイオリンへの情熱が
からっからに、枯れてしまっていた。
発表会のプログラム作成の前に
先生に心の内を告げた。
上手く弾ける自信が全くない。
それどころか、バイオリンを弾くことが
辛くなってしまった。
楽しんで弾けるようになりたい。
あの目標とは今、真逆の位置にいる。
「私が追い込んでしまった。
本当にごめんなさい。
合奏だけでも、参加できないかな?」
先生は優しく声をかけてくれたけど
もう楽器を手にすることさえ辛かった。
やめるつもりはない。
でも、少し休む時間がほしい。
からっからになってしまった情熱を
満たしていく為の充電期間。
私は今、そこにいる。
結局、今年の発表会には参加しなかったが
他の生徒さん達の勇姿を見届けに行った。
子供達は、一年前より格段に上達し
大人の生徒さん達は、皆それぞれ頑張っていた。
ずっと弾いてきたからわかる。
この日の為に
どれだけの努力を重ねてきたのか。
特に大人の生徒さんは
音大に行くわけじゃない
プロになる為でもない
自分の理想とするところへ
ただただ目指すだけ。
仕事あり、家事があり
やらなければいけない日々のことを懸命にこなし
捻出した貴重な自由時間を
バイオリンに捧げる。
本番で100%の力を出せるなんて無理な話だ。
でも、そのひたむきな姿が心を打ち
とてつもない輝きを放つ。
大人の生徒さんの中でも
特に上手なお二人が、デュオを披露した。
ジョージアの作曲家
アザラシヴィリの「ノクターン」
それは私がYouTubeで見つけ
どうしてもこの曲が弾きたいとお願いし
昨年、先生と奏でた曲だった。
二人の演奏を聴いているうちに
涙が止まらなくなってしまった。
私の片想いは
まだ終わってなかったのだ。
発表会が終わって
先生のところへ向かった。
気付いたら、自然にハグをしてた。
からっからだった情熱は
涙で少し潤ってきた。
まだ、満ちるまでには
時間がかかりそうだけど
戻ってきたい場所がある。
「大人の生徒さん達だけでさ
今度打ち上げをしよう!
美味しいワインをたくさん呑もう!
ひよこちゃんも誘うから、絶対来てね!」
もちろん、行きます!
ワイン大好きだもん。
私は涙を拭きながら、笑った。

弾きたい曲が見つかったら、楽譜を入れたい。
白いバイオリンは、先生からいただいた波佐見焼
ごめんなさい 愛鳥達はただいま就寝中。
