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『月が綺麗な夜に、君は笑った』


第一章 「救われてる」


「言っていいんだよ。」


電話越しに彼は笑った。


「何を?」


「俺のこと好きって。」


受話器の向こうで、小さく鼻で笑う声。


「……うん。」


彼は一瞬黙った。


「え?」


「わかった。」


「え、否定しないの?」


「しない。」


「今日どうした?」


「知らない。」


電話の向こうで笑う彼女は、いつもより少しだけ静かだった。


彼女は普段なら、


「好きじゃねーし。」


「言わねーし。」


と容赦なく切り捨てる。


それが二人の日常だった。


なのに今日は違った。


少しだけ素直だった。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


……


電話を切る。


彼はスマホを机に置いた。


(なんだったんだ、今日。)


少しだけ胸が熱くなる。


その数秒後。


LINEが震えた。


彼女だった。


『あんたと飲むようになってから救われてるー😊』


彼は画面を見たまま固まった。


「……なんだよ、それ。」


好きとは言わない。


ありがとうとも言わない。


でも彼女らしい。


これが彼女の精一杯なんだろう。


彼は思わず笑った。


「可愛いじゃん。」


独り言だった。



---


彼女は強かった。


いや、強く見せるのが上手だった。


家では母親。


仕事では責任者。


友達の前では陽気。


でも一人になると、


全部を抱え込む。


それを彼だけは知っていた。


「最近どう?」


「家がねー。」


「仕事も?」


「うん。」


「大変?」


「まぁね。」


でも彼女は絶対に、


「助けて。」


とは言わない。


だから彼も聞かない。


聞いたら彼女は笑うから。


「平気。」


と言うから。



---


彼は昔からそうだった。


困っている人を見ると放っておけない。


守りたくなる。


それが恋だったのか。


優しさだったのか。


今でも分からない。


昔付き合った女性に言われたことがある。


「優作ってさ。」


「ん?」


「好きにさせる悪い男。」


「悪い?」


「うん。」


「なんで?」


「優しいから。」


彼は笑った。


「優しいのダメ?」


彼女は泣いていた。


「優しいから忘れられない。」


……


その恋は終わった。


彼女を傷つけた。


自分も傷ついた。


それ以来だった。


恋をするたび、


同じ結末になる気がしていた。


だから彼は、


笑う。


茶化す。


強がる。


本気にならないように。


いや、


本気になったことを隠すために。



---


それなのに。


彼女だけは違った。


「優作。」


「ん?」


「悩んだ時ってどうする?」


彼は少し考えた。


「人を大切にする。」


「……なにそれ。」


「自分のことばかり考えると苦しくなるから。」


「へぇ。」


「人を大事にすると、不思議と自分も救われる。」


彼女は少し黙った。


「……変なの。」


「そう?」


「でも嫌いじゃない。」


「それ褒めてる?」


「知らない。」


また笑った。


二人とも笑った。


彼はその笑い声が好きだった。


抱きしめたいと思う夜もある。


キスしたいと思う夜もある。


でも、


それ以上に、


この笑い声を失いたくなかった。


だから迷う。


近づけば近づくほど、


失う怖さも大きくなる。


それでも。


LINEの最後の一文だけは、


何度読み返しても、


心の奥に残った。


『優作と飲むようになってから救われてるー😊』


彼は空を見上げた。


窓の外には、


丸い月が浮かんでいた。


「……綺麗だな。」


そう呟いた瞬間、


スマホが震えた。


彼女からだった。


スタンプ。


『こんばんは』


『キレイな月ですね』


彼は吹き出した。


「また、はぐらかしてる。」


そう笑いながら、


小さく呟いた。


「……ほぁ?笑」


その返事が、


二人の未来を少しずつ動かし始めることを、


まだ誰も知らなかった。



---


― 第一章 完 ―


🌙


この物語はここから大きく動きます。

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