休日の“脳疲労”が少し軽くなった。週1休みの内科レジデントが、バードウォッチングにハマった話
こんにちは〜
みなさんいかがお過ごしですか。
最近、少しずつ暖かくなってきましたね。
病院の中にずっといると、季節って意外と急に変わります。
朝、病棟へ向かう時の空気とか。
コンビニを出た瞬間の風とか。
ふとした瞬間に、「春も終わりに近づいてきてるな」と感じます。
ただ、正直ここ最近は、その季節の変化を味わう余裕もあまりありませんでした。
4月から内科レジデントとして働き始めて、生活はかなり変わりました。
病棟に救急対応、勉強もしないといけないし、研究も提案されて
個人的には英語は続けいるし、発信もがんばって
気づくと、頭の中がずっと動いている。
しかも困ったことに、休日ですら完全には止まらないんですよね。
そんな中で最近、なぜか急にハマり始めたものがあります。
バードウォッチングです。
今日は、
「休んでいるはずなのに疲れが抜けない」
「趣味を探しているけど、結局スマホを見て終わる」
そんな人に向けて、
なぜ僕が鳥を探すことにハマったのか。
そしてなぜそれが、“脳疲労”を少し軽くしてくれたのか。
そんな話を書いてみようと思います。
休みなのに、全然休めていない
週1休みになると、「休日」の重みがびっくりするくらい変わりました(笑)
学生の頃みたいに、
「とりあえず寝よう」
なんてもったいなくてできません
むしろ逆で、
「この1日を無駄にしたくない」
という感覚がかなり強くなりました
せっかくの休み、一日自由に使える時間だから
勉強しないと。
英語もやりたい。
運動もしなきゃ。
記事も書きたい。
部屋も片付けたい。
優先順位を決め用としたら
結局、ソファでスマホを見て終わっている。
SNSを開いて。
YouTube shortsを流して。
Netflixが始まって、、、
「休みだったのに、結局何も成し遂げていないな。」
という変な疲労感と劣等感だけが残る。
これ、かなり現代的な疲れ方だと思っています。
身体より先に、“脳”が疲れている。
最近、「脳疲労(brain fatigue)」という言葉をよく見るようになりましたが、個人的にはかなり実感があります。
もちろん医学的に厳密な病名ではありません。
でも感覚としてはすごく近い感じ
人間の脳って、本来そこまで大量の情報を処理する設計じゃないんですよね。
通知、短尺動画、SNSの通知
全部「注意」を奪っていく。
脳科学では、“注意(attention)”ってかなり重要な資源として扱われています。
簡単に言うと、
人間は、「何に注意を向けるか」で脳のエネルギーを使っている。
特に前頭前野(ぜんとうぜんや)という、思考・判断・集中を担う場所。
ここが現代人はずっと働き続けている。
だから、寝ても疲れが抜けない。
身体は止まっていても、
脳がずっと「戦闘モード」のままなんです。
しかも僕は、趣味すら“効率的に始めよう”としてしまうタイプでした。
ランニングなら、
シューズ比較。
カメラなら、
初心者向け機種ランキング。
何か始める前に、全部調べたくなってしまって
結局何も始まらないなんてことはざらにありました
趣味を探しているはずなのに、
気づいたら比較検討で疲れている。
かなり現代病っぽいなと思います。
偶然聞こえた“鳥の声”で、少し頭が静かになった
GWのある日のことです。
久々の連休で一日予定も入れていなくて、
ドライブだてらなんとなく近くの湿地帯へ行きました。
「自然でも見るか」
本当にそれくらい。
特別な目的はありませんでした。
風が少し湿っていて、水辺の匂いがして。
遠くで葉っぱが揺れていた。
最初はただ、
「静かだな」
くらいに思って車から眺めていたんです
そしたら遠くから、
「ピッ、ピピッ」
みたいな鳥の声が聞こえた。
その瞬間、不思議なくらい自然に耳を澄ませていました。
「あれ、どこから?」
右か。
いや、少し奥か。
木の上?
気づいたら、完全に音を追っていて。
その瞬間は仕事のことなんて頭になく
カルテ。
患者さん。
英語。
将来。
全部、一瞬消えていた。
ただ一心に「音の出どころ」を探していた。
この感覚、かなり久しぶりでした。
後から考えると、これってかなり“注意の使い方”が違ったんですよね。
普段の生活って、“強制的な注意”が多い。
例えばSNS。
次々に情報が流れてきて、脳が受動的に反応していく。
でも鳥の声って、自分から探しにいかないと見つからない。
だから逆に、静かな集中になる。
心理学では、
“soft fascination”
という概念があります。
直訳すると、
「やわらかい注意の惹きつけ」。
自然を見る時って、ガチガチに集中しているわけじゃないんです。
でも、自然と注意が向いている。
この“軽い集中”が、疲弊した注意機能を回復させるんじゃないか、という考え方があります。
個人的には、かなり腑に落ちました。
「見る」より、“探す時間”が楽しかった
正直、最初は鳥の名前なんて全然分かりませんでした。
自分の中に候補なんてすずめかにわとりかくらいで
でも面白かったのは、
“見つける瞬間”より、
“探している時間”の方が楽しかったこと。
鳥の声がする。
立ち止まる。
木を見る。
葉っぱが少し揺れる。
「あ、いた」
その一連の流れ。
これが妙に心地よく、すんと心に馴染んで
しかも、この集中ってかなり独特なんですよね。
勉強や仕事みたいな、
「頑張る集中」
じゃない。
でも、ぼーっとしているわけでもない。
神経学的に言うと、覚醒度(arousal)は保たれているんだけど、認知負荷はそこまで高くない感じ。
この“中間”が気持ちよかった。
「デフォルトモードネットワーク(DMN)」
という脳の回路について聞いたことがあったんですが
これは簡単に言うと、
“ぼーっとしている時に働く脳回路”。
人間って放っておくと、
過去や未来のことを考え始めるんですよね。
「あの時こうすれば」
「来週どうしよう」
この回路が過剰になると、不安や反芻思考(同じ悩みをぐるぐる考えること)につながるとも言われています。
でも鳥を探している時って、不思議とそれが減る感じがしました
完全に無になるわけじゃないけど
でも、「今、一瞬一瞬」の感覚が強くなる。
これはかなりマインドフルネスに近い感覚なんだと思います。
僕は、始める前に調べすぎるタイプだった
これ、本当にそうなんですが。
僕は何かを始める前に、かなり調べてしまいます。
バードウォッチングなら、
双眼鏡。
カメラ。
服装。
マナー。
おすすめスポット。
「初心者セット」
とか(笑)
でも途中で何がいいかわからなくなってきて
結局何も出来ない
たぶんこれって、“失敗したくない”んですよね。
効率よく始めたい。
でも最近思うんです。
大人って、
“趣味すら最適化しようとしている”。
これ、かなり現代っぽいと思います。
仕事で最適化するのは大事なんです。
でも、休みまで全部それになると、脳がずっと交感神経優位のままになる。
交感神経って、簡単に言うと“戦闘モード”。
集中。
緊張。
判断。
一方で、副交感神経は“休息モード”。
呼吸。
消化。
回復。
もちろん単純な二元論ではありません。
でも少なくとも僕は、
鳥を探している時の方が
深く、ゆっくりと息をしていました
「役に立つか」で考えない趣味が、久しぶりだった
僕の生活って、かなり“未来”に向いています。
何をするにしても全部が
「将来につながるか?」
で動いています
でも最近気づきました。
“役に立たない時間”
がほとんど無かったことに。
バードウォッチングって、別に成果がありません。
資格もない。
生産性も低い。
でも。
帰る頃には、頭の中が少し静かにリセットされた感じでした
これって、かなり大事なんじゃないかと思ったんです。
最近の社会って、
「意味があること」
ばかり求められる。
でも脳って、本来もっと曖昧な時間を必要としているのかもしれない。
散歩。
空を見る。
音を聞く。
そういう余白。
実際、“自然曝露(nature exposure)”という概念では、自然環境への接触がストレス軽減や気分改善に関わる可能性が研究されています。
もちろん万能ではありません。
でも少なくとも。
「最近ずっと脳が疲れている」
という感覚には、かなり相性がいい気がしました。
おわりに|疲れている人ほど、「耳を使う趣味」がいいのかもしれない
僕はまだ、バードウォッチング初心者です。
鳥の名前も声の違いもわかりません
けれど、
現代の、私と同じように疲れてしまっている人
趣味の見つけ方がわからない人にぜひ共有をしたくて
何かを達成する休日じゃなくていい。
何かを生産しなくてもいい。
ただ少し、
静かな場所で耳を澄ませてみる。
それだけで、脳のノイズが少し減る瞬間がある。
次の休み。
もし少し疲れていたら。
スマホを置いて、近くの公園までふらっと出てみてください
そして風の中に聞こえる、小鳥の声に耳を澄まして
自然のなかで一生懸命に生きている彼らを見つけてあげてください
見つけた瞬間にしか味わえない感覚がきっとあなたを待っています
