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「この家に“私の居場所”はあるのかな」──助けられていても、しんどいと感じてしまう夜に

【はじめに】

「ちゃんと伝えれば、わかってもらえるはず」

「ちゃんと話し合えれば、分かり合えるはず」

…ずっと、そう信じていた気がします。

でも、現実は、違いました。
気づかれないストレス、飲み込んだ言葉、
よそよそしい空気、届かない想い。


私は今、義両親と同居して15年目になります。

夫は優しいし、義両親も協力的。

だけど──
私の中の「孤独」や「しんどさ」は、年々じわじわと積もってきています。

このnoteは、そんな“誰にも言えなかった気持ち”を書いた記録です。

義両親と同居している方、
家族に感謝してるのに「しんどい」と思ってしまう夜がある方、

「助けられているのに、つらいなんて言っちゃいけない」──
そんな思いを、少しだけほどくためのnoteです。

【第1章:ちゃんと伝えてる。なのに伝わらない】

義両親は、本当にいい人たちです。


家事も協力的で、畑仕事もしてくれて、元気でいてくれることには感謝しています。

でも──
キッチンやリビングなどの共有スペースに、義両親の私物が常に置いてあることに、私は少しずつストレスを感じていました。

食卓の上に常に何かが置かれている。

使いたい場所に物がある。


「ちょっと片付けてほしいな」と思っても、
それを伝えるのは、正直こわかった。

夫に相談すると、
義両親にやんわり声をかけてくれたり、
自分で片付けてくれることもある。


でも、義両親の反応に、変化があるわけではありませんでした。

キッチンに立つとき、義母がいると少ししんどいと感じてしまいます。

一緒に料理をするのは年末年始くらいで、普段は別々に動いています。

義母はとても気を遣ってくれます。

水道を使おうとしたり、棚から何か取ろうとすると、必ず譲ってくれる。

…でも、その「気遣い」が、
かえってよそよそしく感じてしまう自分もいて。


義母が我慢しているように見えて、
「もっと自由にしてほしいのに」と思ってしまうのです。

それを夫に話したこともあります。

「気にしすぎじゃない?」と言われたわけではないけれど、

私の“しんどさ”は、やっぱりどこにも行き場がないままでした。

【第2章:「家族」なのに、気を遣いすぎて、つかれてしまう】

夫は優しい人です。

私の話もよく聞いてくれるし、
家のこともできる限り協力してくれる。

それでも、義両親との同居にまつわるストレスや、

私が感じている「気まずさ」や「疲れ」は、
全部は伝わっていない気がします。

「家族なんだから、遠慮せずに言えばいいじゃないか」

「うちの親はそんなに気にする人じゃないよ」
そう言われたこともありました。

でも、“遠慮せずに言う”ことが、私には難しいんです。
言ったところで、義両親の気分を害してしまうかもしれない。

角が立たないように、やんわり伝えようとしても、全然伝わらない。

義母の耳が遠くなっていることもあり、会話自体がうまくいかないこともある。

そんな毎日が続くうちに、
私はだんだん「何も言わないほうがラクかも」
と思うようになっていきました。
でも、それがラクなのは一瞬だけで、

本当は、毎日、胸の奥に少しずつ“しんどさ”が溜まっていったのです。


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義両親のことも、夫のことも、感謝している。
でも──それでも、ふと襲ってくる“孤独感”や、“わかってもらえない寂しさ”。

「私が我慢すればうまくいく」と思ってきたけれど、
その我慢の積み重ねが、少しずつ心を削っていたのかもしれません。

この続きをnoteでは、
・気づいてもらえない“日常の疲れ”
・母として、妻として、ひとりの女性としての孤独
・「私ばっかり」が口ぐせになりそうな日々
そんな“誰にも言えなかった夜の気持ち”を、正直に綴っています。

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