【日本歴史の欠片"kakera" vol.14】1000年の切実な祈りが息づく、日本の夏祭り(後編) ~七夕、そして世界の祭りとの意外な共通点~
前編では、祇園祭・天神祭・神田祭に共通する"怨霊鎮め"の起源、盆踊り、神輿、浴衣の ルーツをたどりました。後編では、七夕のルーツや世界各地の夏祭りとの比較、そして 筆者自身の夏祭りの思い出を通して、もう少し広い視点で夏祭りを見ていきたいと思います。
七夕もまた、少し違うルーツを持つ夏の行事
夏祭りといえば、「七夕」を思い浮かべる方も多いと思います。ただし七夕は、 祇園祭・天神祭・神田祭のような"怨霊鎮め"とは、また別のルーツを持っています。 中国の「乞巧奠(きこうでん)」(織女星に機織りの上達を祈る行事)と、日本古来の 「棚機津女(たなばたつめ)」(清らかな女性が水辺で神様に捧げる布を織る神事)が、 奈良時代に合流して生まれたのが今の七夕です。実は棚機津女の神事は、旧暦7月15日の お盆の"前段階の禊(みそぎ)"として機能していたとされ、東北や九州の一部に今も残る 「七夕流し」(飾りを川に流す風習)は、その水辺での禊文化の名残だと言われています。
筆者自身、これまでいくつかの七夕祭りを見る機会に恵まれました。仙台駅前の 七夕まつりも、その一つです。仙台七夕まつりは400年以上の歴史を持ち、今も 年間200万人以上が訪れる、東北を代表する夏祭りの一つ。和紙で作られた大型の 吹き流しは、1本の制作に数ヶ月、費用は数十万円から数百万円かかることもある まさに芸術品で、短冊や巾着など7種類の飾りにはそれぞれ、技芸の上達や 家内安全といった願いが込められています。

もう一つ、幼い頃に見た記憶が今も残っているのが、岩手県陸前高田市小友町の 「海上七夕」です。日本唯一とされる、短冊や吹き流しで飾った漁船が囃子とともに 広田湾をパレードする海の七夕で、1200年の伝統を持つと言われていました。ただ、 今回改めて調べてみると、この海上七夕は東日本大震災以降、休止が続いているとのことでした。 幼心に見たあの光景に、これほどの歴史があったとは——今更ながら、自分もまた 歴史の欠片"kakera"に触れていたのだと気づかされると同時に、少し寂しい気持ちにもなりました。
それでも、陸前高田の七夕そのものが途絶えたわけではありません。高田町の「うごく七夕」と 気仙町の「けんか七夕」は、毎年8月7日、今も現役で続いています。特にけんか七夕は 約900年の歴史を持ち、山車同士をぶつけ合う勇壮な祭りとして岩手県の無形民俗文化財にも 指定されています。震災では、うごく七夕で12台中9台、けんか七夕で4台中3台もの山車が 損壊・流出しましたが、それでも地元の人々は山車を再建し、祭りを続けてきました。今では 犠牲者への鎮魂と、復興への感謝の意味も込めて行われています。海の七夕は静かに休止する一方、 陸の七夕は震災を乗り越えて今も受け継がれている——同じ町の中に、これほど対照的な 七夕の"今"があることを、今回初めて知りました。
調べてみると、大規模な七夕祭りは全国各地に今も残っていました。神奈川県平塚市の 「湘南ひらつか七夕まつり」は、仙台と並んで七夕祭りの代表格とされる存在。 愛知県では、一宮市の「一宮七夕まつり」と安城市の「安城七夕まつり」が、 "日本三大七夕まつりの3番目"の座を長年競い合ってきたという、地元同士の 面白い張り合いも残っています。最近は身の回りで七夕を目にする機会が減った気もしますが、 仙台・平塚・一宮・安城、そして陸前高田——これだけの規模の七夕祭りが今も 各地で受け継がれていることがわかり、少し安心しました。
起源の異なる世界の夏祭り
夏に祭りをする、という発想自体は世界共通です。ただし、その起源をたどってみると、 "怨霊を鎮める"という日本の発想は、実はかなり独特だとわかります。

ソンクラーン(タイ) 水を掛け合う祭りとして知られていますが、元々は新年を祝う仏教行事でした。仏像を清め、 年長者の手に水をかけて敬意を表す、静かな清めの儀式だったのです。それが時代とともに、 今の賑やかな水掛け祭りへと姿を変えていきました。2023年にはユネスコ無形文化遺産にも 登録されています。
ミッドサマー(北欧) 夏至の頃に行われる、古代スカンジナビアの太陽信仰がルーツです。一年で最も昼が長い日に、 白樺の葉で飾ったポールを立て、太陽の恵みと五穀豊穣を祈願したのが始まりとされています。 怨霊を鎮めるためではなく、自然の恵みそのものを祝う祭りです。
ラ・トマティーナ(スペイン) 起源はぐっと新しく、1945年のこと。人形パレードの最中に若者たちが喧嘩を始め、 八百屋にあったトマトを手当たり次第に投げ合ったのがきっかけだとされています。 宗教的な意味も、鎮魂の意図も一切ない、いわば"偶然のノリ"から始まった祭りです。 一時は独裁政権下で禁止されましたが、住民たちが棺桶にトマトを納めて練り歩く "トマトの葬儀"というユーモラスな抗議を行い、復活を勝ち取りました。
清めのための水、太陽への感謝、そして偶然の悪ふざけ。日本の夏祭りが"恐れ"から 始まったのに対し、世界の夏祭りにはこれほど違う出発点があります。
ただし、"怨霊を鎮める"という発想自体は、日本だけのものではありません。中国の 「中元節(ちゅうげんせつ)」は、旧暦7月15日(現在の暦で8月中旬頃)に行われる行事で、 この時期は地獄の門が開き、身寄りのない霊「孤魂野鬼」が現世をさまようと 考えられてきました。人々は、そうした霊を慰めるため、食べ物を供え、あの世で 使うお金として紙銭(冥銭)を燃やします。かつては道端や十字路でこの紙銭を 燃やす光景が街のあちこちで見られ、筆者自身、深圳に滞在していた頃に何度も 目にしました。近年は火災のリスクから法律で規制されている地域も多く、 少しずつ見かけなくなってきているようです。時期も方法も、日本の御霊会や お盆とよく似ており、実際、日本のお盆自体もこの中国の風習の影響を 受けているとされています。
何を祝い、何を鎮めるために人は祭りを続けてきたのか——比べてみると、その土地ごとの 自然観や死生観が透けて見えるようで面白いです。
筆者にとっての夏祭りは、地元の小さな縁日だった

ここまで三大祭りという壮大な話をしてきましたが、筆者にとって夏祭りといえば、 小中学生の頃に通っていた、地元の名もないような小さな縁日です。型抜きに挑戦したり、 屋台で綿菓子を買ってもらったり——夜遅くまで友達と出歩けること自体が特別で、 そのワクワク感は今も強く印象に残っています。祟りを鎮めるための儀式から始まった 祭りが、令和に至るまで、こうした身近な縁日という形で受け継がれているのだと思うと、 なんだか感慨深いものがあります。
実際に訪れる:仙台七夕まつり
仙台七夕まつりは、毎年8月6日・7日・8日の3日間、仙台駅前から中央通り・一番町通りの アーケード街にかけてのエリアで開催されます。開催時間は初日・2日目が10時〜22時、 最終日が10時〜21時。会場は仙台駅から徒歩3分と、新幹線利用でも訪れやすい立地です。 前夜祭にあたる「仙台七夕花火祭」は、8月5日に青葉山公園周辺・広瀬川河川敷で 打ち上げられます。街を埋め尽くす和紙の吹き流しを間近で見られるのは、この3日間だけ。 数ヶ月かけて手作りされた一本一本をじっくり眺めながら歩くのがおすすめです。
太鼓や屋台に彩られた華やかな夏祭り。その賑わいの奥に、怨霊を鎮め、死者を弔い、 神様をもてなすという、1000年以上前からの切実な祈りが今も息づいています。
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