「ちゃんと生きているのに」#123 知らなかっただけで、怠けていたことにされた。
「学び直しなさい」と言われた日
会社の朝礼で「リスキリング」という言葉を聞いたとき、最初はピンとこなかった。
学び直し。スキルの再取得。DX人材への転換——。
なんとなくニュースでは見ていた。でもそれが自分に向けられた言葉だと気づいたのは、上司から「今度のAI研修、全員必須だから」と言われた瞬間だった。
必須。
その一言が、やけに重く響いた。
べつに、サボっていたわけじゃない。Excelだって関数を覚えた。社内システムが変わるたびについていった。後輩には「こうやるんだよ」と教えてきた。それなのに、いつの間にか「今のままじゃ足りない」と言われている。
足りない。
誰に。何が。どこから数えて。
そういうのを全部飛ばして、ただ「学び直せ」とだけ言われる。悔しいのとも違う。悲しいのとも違う。ただ、胸のどこかがきゅっと縮むような——あの感覚。
ちゃんとやってきたつもりだったのに、それじゃ足りなかったんだ——って、そう思わされた日のこと。
ちゃんとやってきたのに、ルールが変わった
男女共同参画白書を読んでいたら、女性の37.3%が「デジタル化についていけていない」と感じているという数字があった。男性より13ポイントも高い。
正直、「そりゃそうだよ」と思ってしまった。
だって、ついていく暇がなかったから。
朝は6時に起きてお弁当を作る。仕事では電話対応も、紙の書類整理も、お客様へのお茶出しも——「誰かがやらなきゃ回らない仕事」を、ずっと引き受けてきた。ExcelにもAIにも置き換えられない、目に見えない仕事だった。
なのに「DX」「AI活用」という言葉が降ってきた瞬間、そういう積み重ねが全部、透明になった気がした。
厚労省は「定型的な事務は今後なくなる。こうした職に就いているのは主に女性だ」と言っている。警鐘のつもりなんだろう。でも、その言葉が届く先にいる私たちには、こう聞こえるんですよね。
「あなたのやってきたことは、もうすぐ要らなくなります」って。
ルールが変わったのは知ってる。でも、変わる前のルールで誠実にやってきた時間は——なかったことになるんだろうか。
学びたいのに、学ぶ時間がどこにもない
「リスキリングしなきゃ」って、本当は思ってる。
オンライン講座のページをブックマークしたことだってある。「プログラミング入門」「AIツール活用」——タイトルだけ見て、いつか時間ができたらって。でもその「いつか」が、もう何ヶ月も来ない。
朝はお弁当と洗濯。仕事から帰ったら夕飯の支度。週末は子どもの部活の送迎と、溜まった掃除。どこに「学び直し」を入れるスペースがあるんだろう。
母親のリスキリング参加率は、コロナ禍以降むしろ減っているという調査もある。政府は「5年で1兆円」の支援を掲げているけれど、制度があっても、時間がなければ届かない。
やる気がないんじゃない。やる余白がないだけ。
でもその違いを、誰もわかってくれない気がする。職場では「自己研鑽」と言われ、ネットでは「今すぐ始めないと手遅れ」と煽られる。学べなかった日が積み重なるたびに、「私ってダメなのかな」って気持ちだけが静かに育っていく。
学ばなかったんじゃなくて、学べなかった。その差は、本人にしかわからないんですよね。
「足りない」と言われ続ける痛み
最初は外から来た言葉だった。
「これからはAIを使いこなせないと」「デジタルスキルがないと厳しいよ」「学び直しは自己投資だから」——ニュースで、研修で、SNSのタイムラインで。
でもいつの間にか、それが自分の内側の声になっていた。
「私、このままじゃ要らなくなるのかな」
「時代についていけてないのかな」
「もっと早く始めておけばよかったのかな」
ちゃんと働いてきた人ほど、「足りない」という言葉が深く刺さるんだと思う。手を抜いてきたなら「まあそうだよね」で済む。でも、自分なりに一生懸命やってきた自覚があるから、「それでも足りない」と言われたときの衝撃が大きい。
努力が否定されたんじゃない。努力の方向が、もう合っていないと言われた。
それってたぶん、単純な否定よりずっとつらい。だって、真面目に生きてきたこと自体は、間違っていなかったはずだから。
社会が次のステージに進むたびに、前のステージで頑張っていた人が「遅れている人」にされる。その構造に気づいたところで、どうしようもない無力感だけが残る。
知らなかったことは、怠けていたことじゃない
ここまで読んで、「でもやっぱり学ばなきゃ」と思った人もいるかもしれない。
うん、たぶんそうなんだと思う。世の中は変わっていくし、新しいことを知る必要は、きっとこの先も出てくる。
でもね、その前に一つだけ。
学べなかった時間は、空っぽだったわけじゃない。子どものお弁当を作っていた。部下のミスをフォローしていた。親の病院に付き添っていた。誰にも「ありがとう」と言われない仕事を、黙って回していた。
知らなかっただけで、怠けていたことにはならない。学べなかった日々は、別の誰かの「今日」を支えていた日々だったんだから。
未来のために何かを始めるとしたら——それは「足りなかった自分」を責めるところからじゃないと思う。少なくとも、私はそう思いたい。
「学び直し」の最初の一歩って、新しいスキルを覚えることじゃなくて、これまでの自分を「足りなかった」で片づけないことなのかもしれない。
答えはまだ出てない。でも、「足りなかったのは自分じゃなくて、自分に届かなかった仕組みのほうだったんじゃないか」って——そう思えた日から、ほんの少しだけ、背筋が伸びた気がしてる。
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