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『出会いがない』の無礼さ

LGBTQ+のクリエイターが書かれたnoteをざっと拝読しての雑感です。
かなり主観入ってるし、批判的な文章かも知れません。

10代20代はゲイとして被差別的な扱いをうけてきたことや、刹那的な恋愛感覚に埋没してる感じあり。
でも本人たちにすれば「永遠」なんですよね。
いくら日本の行く末が不安でも若さで乗り切れて活力のある文体が多い。

30代40代は社会制度を含めた将来の不安、要は孤独死の恐怖。または、(勇気をもって正直に書きますが)一言でいうとこじらせている人も…。

しかし50の足音が聞こえてくるとパートナーがいる人はその生活を書き、そしていない人というのはひとり上手になっていくし楽観的(達観?)になっていくし、多くの場合去っていって別の娯楽を見つけると見た。

その、30代40代で将来をともにするパートナーが欲しいとか書いてる人に批判的なことを言うとしたら、代表例は『いつまで夢見る夢子ちゃんでいるの』ということでしょうが、基本的に友達のいない人が恋人を求めるというのは私からしたら人間関係の基盤のない人が棒高跳び飛ぶようで不安感が拭えない。
おせっかいな話ではありますが。

またある程度の頻度で会うような友人が複数人いながらパートナーを求めるというのは、すでに自分の周りに構築されている人間関係をおざなりと言うか軽視しているように見えて、私にとってはかなり無礼な事を言ってるなと思っちゃう。

私20代の頃出会い系サイトで会う人のためにある会を中座すると言ったら、その中の女性に「ちょっと!毎日のように会ってる私達よりも、サイトのどこの馬の骨ともわからない人を優先するの!」といわれて(結局彼とお茶したんだけど)そのことが結構残ってます。

で、同性婚に関しても社会保障だったり人権侵害に対する当然の異議申し立てということがメインの議題であるにも関わらず、その点ではどこか他人事というか、ゼクシィ読む未婚女性みたいな人多くないですか?

『一生添い遂げる家族のようなパートナー』は禁煙と一緒で出会ってからの時間を重ねて重ねてのものだと思っています。
いきなり10年20年時間が飛んだら明日は棺桶です。

『夢見る夢子ちゃん』が怖い、というより、基本的に人間関係をクレジットカード、あるいは酔いをもたらしてくれるお酒の銘柄の数々のように考えている闇の本心が透けて見えるのが怖いのです。
人を道具にしか見てないというか、願望の達成のために人を消費すると言うか。

まず順序がずれてる。

  1. まずは自分自身を愛せるようになってから

  2. まわりの人間関係を慈しむようになり

  3. パートナーのことも長期的に愛せるようになる

これだと思うんだけどなあー。


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