私のあり方を変えた「師匠」との出会い—なぜ私は入社を即決したのか—
面接当日のことは、今でも鮮明に覚えている。
研究所を案内してくれながら、嫌な顔ひとつせず、私の質問に丁寧に答え続けてくれた一人の先輩社員。後から「あれだけ質問攻めにしておいて…」と自分でも恥ずかしくなるくらい、私は聞きまくっていました。
そのとき心の中に、静かに確信が生まれた。
この人と働きたい。ここにしよう。
これが私の「入社の決め手」の話です。
「え、同じ研究室ですか」—運命すぎる出会い—
この記事を読んでいる人の中には、就活中あるいは転職活動中で「会社をどう選べばいいのかわからない」と感じている方もいるかもしれません。
情報収集型の記事でも、転職サイトの特集でもなく、私の個人的な話をします。
面接当日、研究所を案内してくれながらさらっと言われました。
「あれ、同じ大学じゃないですか。研究室まで一緒だよ。」
思わずびっくりして声が出てしまいました。
その先輩は研究開発部門に在籍し30年以上のキャリアを持つ、文字どおりの大ベテランでした。私の大学の先輩でもあるのですが、開発部署内で直近の卒業生は小学生・中学生のお子さんがいるような父親世代の先輩方。大学内に伝手なんてなく、私はただ自分でこの会社を見つけてエントリーしていました。
「うちには最近、君の大学から来てないんだよ」と、少し驚いた様子で言われたことを覚えています。縁って、本当にあるんだな、と思いました。
「市場調査から、が仕事の範疇」—その一言が決め手になった—
面接で教えてもらったのです。「市場調査から、がこの仕事の範疇だ」と。
ただ指示された通りに実験する研究開発じゃない。何が売れるか、どんな売り方ができるかを自分で考えながら動く環境。正直、それを聞いた瞬間に内心「ここにする」と決まっていました(業績と待遇が概ね問題ないことは事前確認済みでした)。
内定をいただいた後、並行して進めていたほかの面接はすべて辞退しました。それが「即決」の全貌です。
30年選手の「越境する技術者」—師匠の働き方の話—

師匠は、私とは直接違う部署にいます。だから、業務上で直接指導を受けている関係ではないんです。
それでも師匠と呼んでいる(正確には心の中だけで勝手にそう呼んでいる)のは、ある取り組みがきっかけでした。
師匠は社内メールで、面白い事業の話、仕事術、投資の話……そういった記事を選んで一部の人に転送してくれていたのです。ある日、私もそのメーリングリストに入れてもらいました。
「こんなすごい人がこの職場にいたんだ」
研究開発に限らず、製造技術部門にも、情報部門にも、経営層にも顔が利く。スタートアップでもバリバリ働けるんじゃないかと思うくらい、エネルギーのある人。担当外のことにも常にアンテナを張っていて、投資もガッツリやっている。
私が「こんなものが展示会で増えてきていて、ちょっと焦っているんですが」と相談を持ちかけたのが、社長へのDXプレゼンのきっかけでした。2023年のことです。
まだChatGPTが一般企業に普及しきっていない頃でしたが、展示会ではMI(マテリアルインフォマティクス)や電子実験ノートのツールが急増していて、私はじわじわ焦りを感じていました。社内でこんな話を真剣に取り合ってくれそうな人は、師匠しかいなかった。
「一緒に考えよう」と言ってもらえたとき、本当に嬉しかった。
そこから2人で準備を重ねて、社長の前で3回プレゼンをしました。最後の1回は、私一人で生成AIツールの実用例の発表にチャレンジしました。
師匠はプレゼンのアドバイスをくれるとき、いつも忌憚がない。良かった点も、直した方がいい点も、はっきり言ってくれる。社長がどんな表現を好むか、どんな言い方を嫌がるか、そういう「聞く人のレベルに合わせる」ということも、師匠から学んだことの一つです。
他の先輩に1聞くと、1〜2返ってくる。師匠に1聞くと、5〜10返ってくる。「こんなことも知っておくといいよ」って。師匠のように必要なことを先読みして教えてくれる方には、そうそう巡り会えないと思っています。
師匠とのDXプレゼンが、その後どんな結末を迎えたか。2年越しの全記録はこちらです👇
「○○izeされてはいけない」—その言葉が、2年後に刺さった—
師匠が言った言葉の中で、一番印象に残っているものがあります。
「○○ize(○○ナイズ)されてはいけない」
○○には、会社の名前が入ります。つまり「自社に適合した人材になってはいけない」という意味です。
正直、聞いた当初は全然ピンとこなかった。仕事に不満なんてなかったし、「会社に染まる」ということのリアルな怖さが、まだわかっていなかったから。
でも2年目に入って、仕事に忙殺される時期が来ました。本気で辞めたいと思った。そのとき初めて、あの言葉の意味がじわっと染みてきた。
あ、これが「逃げ道」のことだったんだ。
長く会社にいる人間が、若手に向かって「会社に染まるな」なんて言うのは、普通は勇気のいることだと思う。自分が経営側や先輩社員の立場を考えたら、なかなか言えない言葉のはず。それでも彼はそう言った。
社内外問わず需要のある人材でいること。どこへ行っても戦えること。
それを弟子(勝手に心の中でそう思っているだけ)の将来のために伝えてくれた。そういう人なのです、師匠は。
「越境」することを、怖がらなくなった
師匠に出会う前の私は、専門分野を極めることが大事だと思っていました。圧倒的な1つの軸を持つことがアピールになると。
でもこの方の知見の広さを見ていたら、気づいた。専門以外のことに興味を持って調べてみること、そして調べた上でそれを使って新しい価値を生み出していくこと——それが、本当に大事なんだと。
今の私の仕事の軸は「いろんなことに興味を持って実践してみること」です。
市場調査で培った知識を投資でも活かしているという話を聞いたとき、「あ、そうか、知識って分野をまたぐんだ」と思いました。私もNISAや確定拠出年金すら入社当初はほぼ知識ゼロでしたが、師匠の背中を追いながら、自分なりにできる投資を続けてきました。
「越境する技術者」でいること。それが今、私の目指す姿になっています。
「人で選んだ」は、正しかったと今でも思う
就活で「入社の決め手は何でしたか?」と聞かれたとき、「人です」と答えると少し怪訝な顔をされることがある。「それは入社してみないとわからなくないですか?」って。
わかります。論理的じゃないと思われるのは。
でも私は、今でも「あの直感は正しかった」と思っています。この人を参考にすれば自分の人生はきっと良くなると、そう思えるような人に出会えた瞬間は逃してはいけない。就活中でも、就職後でも、ここぞというチャンスは絶対に逃さないでほしい。
面接の日に研究所を案内してくれた大先輩は、入社後も変わらず、本を貸してくれたり、プレゼン前にアドバイスをくれたりしています。
ラピスラズリのお守りと一緒に、あの日の直感も、ちゃんとまだ私の中にあります。
この記事が「人で選んだ自分」を少し肯定するきっかけになれば嬉しいです。感想や質問はコメントで教えていただけると、とっても励みになります。
📅 更新スケジュール
次回は、私がロールモデルとして背中を追い続けている、もう一人の先輩社員ついて綴りたいと思います。
4月16日(木)21時 に
「30代後半からの挑戦ー大企業研究職へステップアップした先輩に学ぶ、転職のリアルー」を投稿予定です。
いいなと思ったら応援しよう!
記事が役に立ったら、チップで応援いただけると嬉しいです!
いただいたチップは次のコンテンツのための「研究費」として大切に使わせていただきます🧪