【特許で読む】ノンオイルなのになぜコクがある? ─理研ビタミンの配合技術と知財戦略─
毎週末、私は決まってある番組をつけています。
カンブリア宮殿、がっちりマンデー、知られざるガリバーなど…。製造業の技術が特集されるとわかると、手元にメモが増えていくくらいには真剣に見ています。
先日の夜も、テレビの前に座っていました。そして思わず声が出ました。
「加工食品の半導体、か」
取り上げられていたのは、理研ビタミン。「リケンのノンオイル青じそ」と「ふえるわかめちゃん」で知られるあの食品メーカーです。
知っている。何度も使ってきた商品。でもこの回を見るまで、私はこの会社の「裏の顔」をまったく知りませんでした。
この記事では、その夜に感じた「おっ」を解剖します。食品の配合技術と、その裏にある知財戦略の話です。
"加工食品の半導体" ─その存在を知っているか
この章では、あなたが毎日食べているものに込められた「ある技術」の正体をお伝えします。
理研ビタミンの売上構成を聞いて、少し驚きました。
「ふえるわかめちゃん」「リケンのノンオイル」などの消費者向け商品は、売上全体のわずか2割。残り8割は、「改良剤」と呼ばれるBtoB事業が支えている。
改良剤。
聞いたことがなくても、毎日口にしているはずです。コンビニのパンがふわふわなのは、改良剤のおかげ。春巻きのパリパリも、ケーキのしっとり感も、コンビニチキンが夕方まで衣を保っているのも——改良剤が食感を設計しています。
(え、全部入ってたん?)
番組では改良剤あり・なしのケーキを並べる比較実験が流れました。見た目からもう違う。食べてみると、ふわふわ感がまったく別物です。「これがなかったら、あの食感は出ない」と理研ビタミンの研究者が淡々と話していました。
これが、私が「加工食品の半導体」と感じた瞬間でした。
半導体は電子機器の中に入っていて、外からは見えない。でも半導体がなければ、スマホも車も動かない。改良剤も、まったく同じ構造をしています。商品パッケージに「理研ビタミン」の文字はどこにも出てこない。でも、あなたが今日食べたものの食感を、静かに設計している。
これがBtoB黒子企業の本質です。
私の仕事でも、似た役割を持つ素材を使います。
樹脂や粉体の配合設計が私の専門ですが、添加剤を使う目的の構造は、食品改良剤と驚くほど重なります。ひとつは素材の性能を一段引き上げる「機能付与」。もうひとつは、素材が持ってしまった欠陥を埋める「欠陥補完」。
理研ビタミンの改良剤も、食品に「ふわふわ」を付与するか、「パサパサ」という欠陥を補うか——どちらかを担っています。
番組を見ながら「やってることが同じや」と、自然に思えました。
食品の世界でも、化学素材の世界でも、「黒子の添加剤」が商品の性能を決めているんです。その存在に気づいた人と、気づかない人では、モノの見え方が変わります。

ノンオイルなのになぜコクがあるのか ─配合で解剖する─
この章では、「油を使っていないのに美味しい」の謎を、配合技術の言葉で翻訳します。
「ノンオイルなのにコクがある」と聞いたとき、多くの人の反応は2パターンです。「砂糖と塩で誤魔化してるだけでしょ」と疑う人と、「なんか添加物が怖い」と引く人。
どちらも、半分だけ正しい。
番組で明かされた青じそドレッシングのコクの秘密には、主に2つの技術が組み合わさっています。
1つ目は、ホタテエキスの抽出技術です。
ホタテの貝柱からエキスを抽出し、それを凝縮してドレッシングに加えることでコクと旨みを生み出しています。ただし、普通に加熱すると旨み成分が熱で壊れてしまう。
そこで使われるのが減圧蒸留法です。
容器内を真空に近い状態にして気圧を下げると、液体の沸点が低くなります。つまり、低い温度でも蒸留・抽出ができる。熱に弱いコク成分を壊さずに、ギュッと濃縮できる技術です。
(「熱に弱いものを低温で扱う」という発想、実は化学メーカーの熱安定性の検討でも同じ原理を使うんですよね。番組を見ながら「食品の世界でも同じ考え方があるんや」と、妙に腑に落ちた瞬間でした。)
理研ビタミンのルーツは、1917年設立の理化学研究所。創業以来、ビタミンAの抽出、肉エキスの生成と、天然素材から有効成分を取り出す技術を磨き続けてきた会社です。減圧蒸留はその延長線上にある、得意技術の転用といえます。
2つ目は、増粘剤によるとろみ設計です。
ドレッシングに「からみ」が生まれるのは、油が液体に粘性を与えるからです。ノンオイルの場合、この粘性を作るものがない。そこでキサンタンガムなどの増粘多糖類を使って粘度を設計し、「油の代わりのとろみ」を作っています。
糖類で補う部分もあります——これは事実。でもそれは、コク設計の一パーツにすぎない。
コクとは、成分の複雑な重なりで生まれる感覚です。旨みの凝縮(ホタテエキス)× 粘性の設計(増粘剤)× 甘みのアクセント(糖類)——この3つを配合で組み合わせることで、「油なしのコク」が成立しています。
「添加物で誤魔化している」と一括りにされがちな素材が、実は精巧に設計された配合の一部であること。配合を仕事にしている私には当然のことが、多くの人には見えていません。だから、こうやって書きます。

特許で読むと見えてくる戦略 ─年15件の少数精鋭─
この章では、特許データから理研ビタミンの「守り方の哲学」を読み解きます。
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で、理研ビタミンの特許出願数を調べてみました。
過去5年(2020〜2024年)の年間平均出願件数は、15件。
食品大手が年間数百件出願するのと比べると、明らかに絞り込まれています。理研ビタミンの統合報告書には「質が高く有効な特許、商標の出願と権利化をはじめとする知的財産の保護に努めています」と書かれています。この言葉、見た目より深い。
企業が技術を守る方法は、特許だけではありません。大きく3層の構造があります。
① 特許化する 技術の骨格や仕組みを公開して独占権を取る。理研ビタミンの場合、乳化剤の製法や食感改良技術の仕組みがこれに当たります。
② 商標で守る 「リケンのノンオイル®」「ふえるわかめちゃん®」のように、ブランド名を登録して守る。長年使われるほど価値が増す資産です。
③ 営業秘密として守る(あえて出願しない) ここが特許リテラシーの核心部分です。
特許を出願すると、技術を公開しなければなりません。ですが、「ホタテエキスを減圧蒸留で抽出する」という方法を特許化し、具体的な温度・時間・圧力条件の最適値は、特許に書かなければ誰にも分からないまま守れます。
配合の比率やレシピの核心は、特許ではなく企業秘密として守る判断もありえる。
特許は宝箱ですが、宝のすべてが中に入っているわけではありません。
「この企業はここだけ特許を出している。逆に、何を出していないのか?」を読むことが、知財の深掘りの醍醐味です。年15件という数字の少なさは、選択と集中の戦略の表れかもしれない。どの技術を守るか、どれを秘密にするかを見極めて出願しているとしたら、「少数」こそが強さの証拠です。

技術が売れない理由を、改良剤が教えてくれた
この章では、理研ビタミンの組織改革と、私自身の仕事の話をします。
番組の中で、長年ヒット商品が出なかった時代の話が出てきました。改良剤というBtoB事業には強みがあった。でも消費者向けの商品開発では、「技術は優れているのに、客の心をつかめない」という状態が続いていたというのです。
変えるために断行されたのが、組織改革でした。
企画部が「消費者の不便・ニーズ」を先に調査して出口を決める。それを技術部が形にする。この順番への転換が、「ザクザクわかめ」や「インドカレー屋さんの謎ドレッシング」を生みました。
(これ、まさに自分が経験したことやん)
私にも、似た経験があります。
配合業務で、顧客から「こんな特性のものがあったら面白いよね」と提案を受け、自身の知見や会社の技術で実現可能かもしれないと気づいたことがありました。ただ、最初から「技術を探して使い道を当てた」わけじゃない。
「ある顧客がこういうことに困っている」という課題を先に知った。そこに自分が持っている配合技術が当てはまると気がついた——という順番でした。
需要を先に見つけて、そこに技術を当てた。その順番で動いたから、顧客に届くものが作れました。
「技術が先行して、客の心をつかめていなかった」という言葉は、製造業に関わる人間なら誰でも一度は思い当たる場面があるはずです。「この技術はすごい。だから売れるはずだ」という決めつけは、悪気なく起きます。技術者が顧客の声や根拠なしに判断してはいけない、と理研ビタミンの歴史がリアルに示していました。
もう一つ、印象に残ったのが「隣の土俵を作る」という言葉です。
ドレッシング市場で大手と正面から戦うのではなく、「ノンオイルドレッシング」という新しいカテゴリを自分たちで作り出す。そのカテゴリのパイオニアになってしまえば、そこは自分たちの土俵です。
中堅メーカーで大手と戦う私も、常に考えていることです。自社が実現できて、競合が少なく、需要がある場所を選ぶ。配合設計でも、キャリアでも、この戦い方の根っこは同じだと思っています。
おわりに ─需要専攻で、戦略を練っていける人間でありたい─
番組を見終わって、最後に残ったのはこの感覚でした。
研究開発の世界で技術を磨くことは、大切です。でも「その技術は、誰のどんな不便を解消するのか」という問いが先に来ない限り、どれだけいい配合でも届かない。
理研ビタミンは、それを組織ごと転換した会社でした。最強の超理系集団が、一番痛くそれを知っていた。
「需要専攻で戦略を練っていける人材でありたい」——配合研究者として、知財を学ぶ身として、今この言葉が一番自分の仕事に重なっています。
この記事は、私が製造業の技術を、化学研究職&特許の視点で深掘りする、不定期の記録の第1回です。また面白い回があったら書きます。ぜひ気になるマガジンがあればフォローしてください。
最後に、あなたに聞かせてください。
「これはいい技術なのに、どうして売れないんだろう」と感じたこと、ありますか?
よかったら、コメントで教えてください。
💬 あなたの仕事で、「誰かの不便を解消する」という出口を先に決めてから動けた経験、逆に技術が先行してうまく届かなかった経験があれば、ぜひコメントで教えてください。
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【参考文献・出典】
・カンブリア宮殿「食卓に革命!おいしさを科学で解析…超理系集団 理研ビタミン」
(テレビ東京 2026年5月28日放送)
・理研ビタミン株式会社 改良剤事業ページ
https://www.rikenvitamin.jp/corporate/enterprise/improvement/
・理研ビタミン株式会社 乳化剤ページ
https://www.rikenvitamin.jp/business/solution/material/emulsifier/
・理研ビタミン 統合報告書 2024
https://www.rikenvitamin.jp/pdf/corporate/ir/library/integrated_report/integrated_report2024_all.pdf
・特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
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