書評『絵画の歴史』

以下の内容紹介は2025年9月22日の投稿と同じ内容です。
10.カラヴァッジョと山猫目の画家のアカデミー (抄)
デ/デヴィッド・ホックニー マ/マーティン・ゲイフォード
デ・自然主義とは何だろう。自然を光学的に投影して得られるものなのか。人はみな、何百年も前から写真に等しいものを見てきた、私はそう思う。投影された映像は、それが人物でも物でも光景でも、イメージを創ろうとする者にとって「大変」に興味深い。何かを描写しようとすれば、世界の姿を表現するいくつもの方法に、抜かりなく目配りするようになる。
例えばカラヴァッジョは、カメラを用いて描くことによって、絵を制作したのだと思う。かれはカンヴァスにまずこのひと、次にあのひと--または身体の一部、腕や顔--を投影した。カラヴァッジョの絵は何回かの投影をコラージュしたものと言ってもいい。
マ・『秘密の知識』でも話し合いましたが、カラヴァッジョの絵には、それがどのように描かれたのかを知る手がかりが目に見える形で残されています。そのことから、カラヴァジョはラファエロのようなやり方で絵を組み立てなかったことが明らかになりました。ラファエロは紙の上であらかじめ構想を練った。つまり何枚も素描をして人物の配置を考え、つづいて各人のポーズを決め、最後に頭の中で考えた空間にイメージ全体を収めたわけですが、カラヴァジョはそうした描き方はしていない。
カラヴァジョはそれに対して、イタリアの伝統である歴史画と、北方の自然主義を融合させる斬新な方法を見出した。北方の画家たちも物語を伝えなかったわけではありませんが、ファン・エイクを先駆けとして、表面と質感をまさに本物そっくりに描くのがずば抜けて巧かった。カラヴァジョはモデルひとりひとりにポーズをつけ--芝居をする役者のように--その人物の姿をほぼ見えるがままに描いた。カラヴァジョの絵をじっくり、詳しく見つめると、そうであることがよくわかります。
デ・カラヴァジョの絵では、メンバーの固定した劇団のように、何人かのチームがモデルを務めたことがわかる。同じ人がちがう絵に登場するからね。たとえば《キリストの捕縛》には甲冑姿の衛兵が二人いるが、モデルは二人ではない。同じ人物だ。二人とも鼻先に同じ小さなイボがあるだろう。
マ・鼻にイボがあり、セイウチのような髭を生やしたごま塩頭の男は、1601年から翌年にかけて描かれた少なくとも3つの作品に登場します。《エマオの晩餐》の右手にいる使徒が彼ですし、ほんの少し様子は違うけれども《聖トマスの懐疑》の奥にいる使徒もそうですね。さらによく見ると、同じように禿げ上がった額に皺を寄せた、鷲鼻の男が聖トマスのモデルになって前景に描かれていますが、これも髪は茶色がかって鬘のようですが、やはり同じ男でしょう。
ここからわかるように、カラヴァジョは杓子定規とも呼べそうなくらい忠実に、目で見たものをそのまま描き移した。これは同時代を生きたオランダ人カレル・ファン・マッデルの伝える「実物を綿密に検めずに、彼は一筆たりとも描かない。実物を模写し、彩色する」というカラヴァジョの制作法ともぴったり一致します。
その結果、迫真性が驚異的に高まりました。まるで鼻にイボのある男と同じ部屋に居合わせたような気がしてきます。しかし視覚的な整合性は失われました。カラヴァジョは役者ひとりひとりを単独で撮影した後に、それらの映像をひとまとめにして場面を構成しようとする映画監督のようなものです。そのために、たとえば聖トマスはキリストの脇腹の傷ではなく、そこを素通りして先のどこか遠くを見つめてしまうのです。
デ・カラヴァジョはばらばらの人物をひとつにまとめて一枚の絵に仕立て上げたけれども、そういうやり方では、どうしても完全に一体化させることができない、それは角度の問題があるからだ。なんとかつながりを持たせるのが精一杯かな。カラヴァジョの使ったやり方がフォトショップでできることじつによく似ているのには驚かされるね。
マ・《エマオの晩餐》に描かれ人物に遠近法的な奥行きがまったくないことも、そこから説明がつきますね。私たちが目にしているのは、異なる場所に置かれた2つの手のクローズアップ(手前の手と遠くにあるのとが同じ大きさです)を、頭を見た図に収めたものです。あんなポーズを数分も続けるのは、大変に苦痛だったでしょうね。
デ・《エマオの晩餐》では手を青いバケツの上に置いて休めて、絵ではそれをどかしたんだ。カラヴァジョの研究家が私にこう言ったよ、「なるほど、他の絵でも、その青いバケツがどこに行ったかわかりましたよ!」とね。あれは、そうやって描いたんだ。カラヴァジョの天使たちは紐で吊るされたように見えるだろう。たぶん、実際そうだったのではないだろうか。もしこういう描き方をしたのだったら、カラヴァジョはモデルの位置をその都度、記録しておかなければならなかったはずだ。そして、実際そうした印がカンヴァスに刻みつけてある。ブラッドフォードの美術学校ではモデルの周りにチョークで印をつけて、休みの後にまったく同じポーズが取れるようにしたのとよく似ている。床はそういう印でいっぱいだったよ。
カラヴァジョは絵のまとまりをつけるときに、大小の比率については頭の中でよく整理してあったのだろう。それでも時々、間違えることがあった。ほんの僅かだけどね。カラヴァジョの絵に描かれた人物が設計通りの遠近法の空間にうまく収まりきらないことは、そう指摘されるまで気づかれないこともよくある。自然主義が極まって、絵を見る者にとってはそんなことはどうでもよくなるんだね。彼の絵はあまり本物らしいので、なるほどと受けいれてしまう。
マ・カラヴァジョがどのようにして構図を組み立てたかという疑問については、様々な議論が交わされてきました。たとえば、モデルひとりひとり順番にポーズをつけて、それをじかに描く方が面倒がなかったのではないかと思うひとがいてもおかしくありませんね。カラヴァジョはそうすることもできたし、1606年に唐突にローマを立ち去ってから後、晩年には実際にそういう描き方もしたようです。それ以降、ナポリ、マルタ、シチリアの間をさすらいながら描いた絵からは、光学的な装置を使う割合がかなり減っていることが見て取れます。1608年作の《聖ヨハネの斬首》で処刑人の脚を描くのにしくじったのは、光学装置を使う癖がついていたことや、素描の訓練や人体構造の理解が不足していたことが、原因だったのでしょう。
デ・レンズや鏡を死ぬまで使い続けなければいけないわけでもない。絵を描くのがとても巧いひとは、作画の技術や物の見方に磨きをかけてゆくことができる。そうするうちには、カメラも不要になるかもしれない。光学装置を使って世界を観察した経験が、大いに役に立つのだろう。ところがカラヴァジョは独特の作風を発展させる過程で世界を見つめるのではなく、平面に投影された映像を見ていた。このふたつは大違いだ。これらの絵がどのように描かれたか、ほかに説明のしようがあるとは思えない。カラヴァジョの素描は今のところ見つかっていないし、素描せずに絵を組み立てる方法は他になさそうだ。
マ・1606年に--喧嘩して男を殺し--ローマから逃走する前年に描いた作品には、光学装置のどのように用いたかを示唆する手がかりが残されています。それには別々に観察した人物を後から組み合わせることの他に、身体の部分を、前にも見た通り、フォト・コラージュのようなやり方でつなぎ合わせることも含まれます。
このほかにもうひとつ、カラヴァジョの絵に驚くべき展開が生じます。1590年以降の作品は漆黒の闇の中に設定され、同時代の批評家も指摘したように、光が一所からしか差し込まない地下室のようなところで描かれていることです。
デ・パトロンのモンタルト枢機卿の屋敷の地下室で描いたのかもしれない。しかし暗闇は作画の技法が必要としたものかもしれない。技法の一部なんだね。光学的に映像を投影するには光と闇が必要だ。カラヴァジョはハリウッドの照明法を発明したと言ったのは、そのせいさ。光学器械を使うとなれば、はっきり見るには強烈な照明がどうしても必要になる。
マ・そして最後に、極度に生々しい絵の「見かけ」が問題になります。たんに本物らしいどころか、本物らしさが極まっています。これは私たちが目で見て知っている世界ではなく、煌々と照明をあてられ、レンズを介して投影されて初めて姿を現す世界なのです。
デ・光学的に投影された映像では、質感と色彩の深みが失われる。立体を平面上に移しかえる方法はいくつもある。絵について論じたり、絵の描き方の説明する文章は多いけれども、この点にはあまり触れようとしない。光学的な投影では、独特の形でそれがなされる。画家の中には、それを描いたひとたちもいるわけだね。
それを目にしたひとは、それを使っただろう。画家は絵に影響されるもので、それも、結局は絵なのだからね。光学映像はじつに美しい。たとえば私も花瓶を投影したみたけれど、素晴らしく美しかった。花瓶そのものを見る時よりも、投影した像の方が多くのものが見える。しかし映像を撮影した写真は、その特別に素晴らしい画質を見ることができず、別物になってしまう。目の前の壁に写った映像を見ると、それはまさしくカラヴァジョやベラスケスそっくりに「見える」よ。
