82歳、すべてを失って。 それでも、人生は面白い。 【自己紹介】
はじめまして。
四国の片隅に暮らす、82歳の老人です。
平均寿命はとうに越え、
あと数ヶ月で83歳を迎えます。
正直なところ、
あと何年生きられるのかは、自分でも分かりません。
それでも私は、いまもこう思っています。
「まだ、人生は面白い」と。
■ 技術者として生きていた頃
若い頃、私は機械の設計技術者でした。
日本の工業製品が世界へ飛び出していった、あの勢いのある時代です。
当時の私は、英語など必要ないと思っていました。
ところが30歳を迎える頃、ふと一つの直感がよぎります。
「これからは、英語の時代が来る」
そこからの私は、少々無茶でした。
仕事を終えて机に向かい、睡眠は3〜4時間。
地方で英語を話す相手もいない中、通信教育だけを頼りに勉強を続けました。
そして――
工業英検1級を取得。
Kindle 出版『工業英検1級取得挑戦記』はこちらです。
会社では「英語のできる技術者」として重用され、
海外を飛び回る日々が始まりました。
あの頃の私は、まさに水を得た魚でした。
■ 人生は、思い通りにはいかない
しかし――
人生は、一直線にはいきません。
定年を目前にして、
予期せぬ熟年離婚という大きな出来事に直面しました。
家族は、離散。
運命のいたずらとはいえ、後悔しても遅い。
会社人間だった私は家事ひとつ満足にできず、
再婚という道を選びました。
その後は、英語とも仕事とも無縁の生活へ。
さらに両親の介護に専念する日々が、長く続きました。
気づけば体重は増え、体も心も重くなっていました。
「このままでは、いけない」
そう思い立ち、60代後半でジムに通い始めました。
有酸素運動と筋力トレーニングを、地道に、ただひたすら継続。
そして70歳を迎えた、ある日――
鏡の中の自分に、思わず見惚れました。
人間は、何歳からでも変われる。
そう、心の底から実感した瞬間でした。
■ そして、すべてを失う
ところが70代。
今度は「お金」で、大きくつまずきます。
ネットビジネス、投資話――。
次々と挑戦しては、結果はすべて失敗。
性善説で生きてきた私は、甘い話に引き寄せられ、
気づいた時には、深みに入っていました。
そして――
財産は、ほぼゼロに。
自業自得とはいえ、
あまりにも厳しい現実でした。
生活のため、年金に加えて軽作業のアルバイトを始めます。
しかし79歳のある朝――
出勤途中で、大きな交通事故を起こしてしまいました。
取り返しのつかない事故でした。
民事・刑事・行政、そのすべての責任を負うことになり、
運転免許証は、取消処分。
精神的には、まさに生き地獄でした。
地方での暮らしにおいて、車がないというのは
想像をはるかに超える不自由さでした。
その状態が、約2年続きました。
■ 81歳、再挑戦
81歳の誕生日。
私は、一念発起しました。
「もう一度、免許を取り直そう」
正直申します。
免許センターの受付で、「免許の返納ではないのですか?」
「いいえ、受験です。」
「?????」
結果、認知テストを受けることになる。
年齢的に、決して低くないハードルでしたが、
約半年間、仕事の合間を縫って、
運転免許センターへ通い続け、一発試験に挑み続けました。
そして――
ついに、再取得。
再び、車に乗ることが出来る生活を取り戻しました。
■ それでも、残ったもの
現在、82歳。
年金と軽作業のアルバイトで、ささやかに生活しています。
正直に言えば、楽ではありません。
むしろ、厳しい毎日です。
それでも――
健康だけは、残りました。
そして、こうして文章を書く気力も。
■ なぜ、いま書くのか
だから私は、noteを書いています。
長い人生の中で経験した、山あり谷ありの泥臭い現実。
成功談ではなく、むしろ失敗の記録。
それを、ただ闇に葬るのではなく、
誰かに読んでもらえる形で残したい――
そう思ったからです。
そしてもう一つ。
どんな状況からでも、人は前に進める。
その、ささやかな証明でもあると思っています。
■ 最後に
残された時間が、あと何年あるのかは分かりません。
それでも――
一日一日、ただ前に進むだけです。
少しでも、面白く。
少しでも、自分らしく。
もしこの体験が、
どこかの誰かの背中を、ほんの少しでも押せたなら、
それ以上の喜びはありません。
#Senior82note
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