「100万円分備蓄しても安心できません」→正常です。備えが足りないのではありません
Dr.papaさんのツイッターを知ってnote有料記事(備蓄)を購入しようかどうかを長く考えていました 情報を知りえることに金額を支払うというnoteの存在をなんとなくですが胡散臭く感じてしまっていました しかしながらpapaさんやプレッパーさん達の投稿を見て「備蓄」に真剣に取りかかりました ありがとうございます papaさんのnoteで目からうろこの備蓄品などを知り自身で考えていた備蓄というものが甘かったことが再認識できました 発信を続けてくださって本当にありがとうございました ホルムズ海峡に関しても不安が募りますが、「南海トラフ」という広域大地震にも対応出来るように考えられる範囲での危機意識を広げて購入を続けています 購入にかかった費用は百万円をゆうに越えています 狭い一軒家では保管場所も限られており満杯です 家が全壊しなければ篭城覚悟です(ペットも複数匹いますので) 自助努力だけで1ヶ月は生きれるものたちを揃えていますが、これでもう安心だという気持ちにどうしてもならず不安感が払拭できないでいます 自分のまわりの日常がほとんど危機感感じていない雰囲気が漂い、普通にスーパーで買い物をすることが出来ます(パートナーは理解を示してくれ手伝ってくれています) 唯一、目に見えるもので言えば市のゴミ袋(枚数が多い分)が棚から消えたごとぐらいです 安心感が得られるにはどういう風に考え方や意識をもっていけばいいかご指南いただけないでしょうか?
noteのご購入、そして丁寧なご報告をありがとうございます。
「情報にお金を払うことが胡散臭く感じられた」という感覚は健全なリテラシーです。その警戒心を持ったまま、それでも読んで、百万円を超える実装までやり切った。
設計図を書いた側として、これほど嬉しい報告はありません。
その上で、本題の「安心感が得られない」について。
1. まず、その不安は「異常」ではありません
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