マーケティングを学ぶほど、DRMに戻ってきた
DRM(ダイレクト・レスポンス・マーケティング)について書こうとすると、少し迷うことがありました。
すでに多くの本や記事があり、自分より詳しい人も、実績のある人もいる。その中で、あらためて自分が書く意味はあるのだろうか。
DRMについて一度でも書いたことがある人なら、そんなことを考えた経験があるかもしれません。
しかも、DRMは語る人によって説明が少しずつ違います。
広告への反応を測る方法だという人もいれば、見込み客を集めて商品を販売する仕組みだという人もいます。顧客との関係を育てる考え方として説明されることもあります。
どれか一つだけが正しく、ほかが間違っているとは言い切れません。
だからこそ、分かったつもりでも、いざ自分の言葉で説明しようとすると難しい。自分も、そんな迷いを感じてきました。
もっと良い方法があると思っていた
自分がDRMを知ったとき、その基本的な考え方は比較的すぐに理解できました。
相手に情報を届ける。
その反応を受け取る。
反応を見ながら改善する。
一度きりで終わらず、関係を築いていく。
分かりやすい考え方だと思いました。
ただ、理解できたからこそ、そこで立ち止まりませんでした。
具体的にはどんなものがあるのか。
もっと新しい方法があるのではないか。
もっと優れたマーケティングがあるのではないか。
そう考えて、ブランディング、コンテンツマーケティング、コミュニティ、プロセスエコノミー、PRなど、さまざまな考え方や手法を学んできました。
もちろん、それぞれに新しい発見がありました。実際の仕事に役立ったものも少なくありません。
それでも、仕事の中で迷ったとき、自分は何度もDRMの原則に立ち戻っていました。
新しいことを学ぶほど、原則に戻ってきた
誰に届けるのか。何を伝えるのか。どのような反応があったのか。
その反応を受けて、次に何を変えるのか。
顧客との関係を、どのように続けていくのか。
新しいマーケティングを学んでいるつもりでも、考えを深めていくと、昔からDRMで問われてきたことに戻ってくる。
そんな経験を何度もしました。
そこで、自分の中でDRMの見え方が変わりました。
DRMは、数ある販売手法の一つというだけではない。
商売やマーケティングを考えるための原理原則が、詰まっているのではないか。そう感じるようになったのです。
しかし、原則としての強さを感じる一方で、もう一つ気になることが出てきました。
それは、アメリカで育ってきたDRMの手法を、日本の商売でどのように使えばよいのかということです。
日本では、なぜ少し警戒されるのか
日本では、DRMという言葉から、強い売り込みや長いセールス文章、高額商品、情報商材などを思い浮かべる人もいるように感じます。
消費者だけでなく、経営者の中にも、DRMに抵抗を持つ人がいるのではないか。
ただし、これは今のところ、自分の感覚から生まれた仮説です。
本当にDRMそのものが嫌われているのでしょうか。
それとも、DRMの名前で使われてきた一部の売り方が嫌われているのでしょうか。
反応を測ることに抵抗があるのか。
人を無理に動かそうとする言葉や仕組みに抵抗があるのか。
ここは、分けて考える必要があります。
たとえば、問い合わせ数を確認することや、顧客の反応を見ながら伝え方を改善することまで嫌う経営者は、それほど多くないはずです。
一方で、顧客を「リスト」「教育」「刈り取り」の対象として扱うような言葉には、違和感を持つ人がいるかもしれません。
もしそうなら、嫌われているのはDRMの原則ではなく、その周辺で使われてきた表現や、実践のされ方なのかもしれません。
だからこそ、海外で使われてきた型を日本語に置き換え、そのまま使うだけでは足りないと考えています。
日本に合うDRMの使い方を考えたい
日本の顧客や商習慣、小さな会社や地域の事業に合うDRMとは、どのようなものなのでしょうか。
自分は、表現を弱くしたり、遠回しに売ったりすることが、日本向けのDRMだとは思っていません。
大切なのは、反応を得た先まで見ることではないかと考えています。
問い合わせが増えたかだけでなく、問い合わせた人が納得して判断できたかを見る。
商品が売れたかだけでなく、その商品が顧客に何をもたらしたかを見る。
顧客情報を集めるだけでなく、その後にどのような関係を築くかを考える。
反応率を上げることと、顧客との長い関係を壊さないことを両立する。
これは、DRMを日本向けに弱めることではありません。
相手の反応を受け取り、その反応をもとに商売を改善していくという原則を、売る側に都合よく狭めずに使うことです。
それを考え、できる範囲で確かめていくために、「日本のDRM研究」を始めます。
小さく始める
とはいえ、最初から大きなことをするつもりはありません。
日本のDRMを体系化する。
新しい理論を打ち立てる。
DRMの正解を示す。
そんなことは言えません。
まずは、一人の日本のDRM研究員として、小さく始めます。
DRMの成り立ちを調べる。
用語や考え方を整理する。
人によって異なる説明を比べてみる。
実際の仕事と照らし合わせながら考える。
そこから生まれた仮説を、可能な範囲で試してみる。
そして、その過程をこのnoteに残していきます。
毎回、結論が出るわけではありません。
用語を調べて説明するだけの記事もあります。
本を読んで考えたことを、メモとして残すこともあります。
まだ確かめられていない仮説を書きとめるだけのこともあります。
試した結果を共有できるときには、うまくいったことだけでなく、思ったような結果にならなかったことも含めて記録したいと思っています。
完成された答えを発表する場所というより、調べ、考え、試している途中を残す場所です。
日本のDRM研究はじめます
新しいものを探しながら学びを進めた結果、自分は何度もDRMの原則に戻ってきました。
だから今度は、その原則を分かったつもりで通り過ぎるのではなく、もう一度きちんと調べてみたいと思っています。
DRMは、何に対して生まれた言葉なのか。
アメリカでは、どのように発達してきたのか。
なぜ日本では、少し警戒されることがあるのか。
本当に消費者や経営者から嫌われているのか。
日本の商売では、どのように使えばよいのか。
すぐに答えを出すのではなく、一つずつ調べ、考え、試しながら記録していきます。
「日本のDRM研究」は、そこから始めます。
この記事が参考になった方、同じような関心を持っている方、DRMを自分の事業に活かしていきたい方は、スキやフォローをしてもらえるとうれしいです。
自分も、いろいろな価値観や事例に触れながら考えていきたいと思っているので、記事を書いている方のnoteには、こちらからも読みに行きます。
