「金庫にお金を」なぜ22歳は店に戻ったのか(8月3日追記あり)
イオンモール熊本爆発 避難後の一時間に起きたこと
7月28日16時27分、地震。嘉島町は震度6強。約3000人の客の避難完了は17時ちょうどで、爆発はその後1時間以内に起きた。死者はテナント従業員7人。
一時間の空白
爆発の正確な時刻は公表されていない。イオンの説明では、17時頃に客とテナント従業員、グループ従業員が平面駐車場へ避難し、その約50分後に爆発。17時50分前後になる。報道の表記は17時50分頃から18時頃までばらついている。
その空白に何が起きていたか。大竹玖瑠美さん(22)は駐車場で偶然会ったおばといとこに「レジのお金を、金庫に入れに行かないといけないの」と話した。二人は止めた。それでも同僚とともに「会社の人から頼まれた」と言って店に戻り、約5分後に爆発が起きた。遺体の損傷が激しく、身元はDNA鑑定で特定されている。
2階の店舗で働く20代の女性は、私物を取りに戻り、外に出た約2分後の爆発に遭った。別のテナントの女性社員は父親に「店の物が倒れているから、片付けて帰る」と伝えた後で巻き込まれている。また別の店では、店長と合流した従業員がレジ金の回収とブレーカー落としのために再入館した。館内では既に異臭がしていて、「下水の臭いじゃないか」と言う社員がいて、店長が「ガス臭くない?」と言い出したものの、他店の従業員も出入りしているのを見て自分たちも大丈夫だろうと判断したという。
オンワードホールディングスは、当日勤務していた7人全員がいったん屋外へ避難したことを確認したうえで、その後連絡が取れなくなった3人が1階搬出入口付近で発見されたと説明している。死者7人のうち少なくとも4人が、一度外へ出た後で建物に戻っている。
爆風は施設の外にも及んだ。施設前では福山通運グループ会社のトラックが巻き込まれた。同社は運転手に大きなけがはないとしている。
売上金、私物、片付け、ブレーカー。動機はばらばらだ。共通しているのは、どれも平時なら当たり前の業務という点。
誘導する側
イオンの会見を読むと、マニュアルの組み立てが分かる。地震が起きたらまず避難を開始し、テナントには自分の店の近くの客を誘導してもらう。自社は館内各所を確認して客を外へ出す。震度3でも4でも同じ対応をとる。訓練は年2回。そして、一度避難したら館内に戻らない、という規定もあった。
客の避難は極めてうまくいった。3000人が33分で外に出ている。 消防法で義務付けられた訓練が機能した結果だろう。
規定が無かったわけではない。効かせる相手に届かなかった。テナント従業員はマニュアルの中で避難する対象ではなく、客を誘導する側として位置づけられている。誘導を終えた後の彼らに規定を守らせる担保を、施設側は持たない。業界関係者は商業施設における安全確保の優先順位を「第1に客、次にテナント従業員、最後に自社社員」と説明している。順番そのものは妥当に見える。だが2番目の集団だけが、指揮系統の外側にいる他社の社員だ。
吉田昭夫社長は29日の会見で、亡くなった従業員がなぜ館内にいたのか分からない、と述べた。規定は文書として存在し、実際の再入館は把握されていなかった。
命令を断れるか
法的には、この種の指示に従う義務はない。業務命令権は労働契約の範囲内かつ合理的な限度でしか及ばず、生命・身体に危険が及ぶ命令は権利濫用として無効になる。労働安全衛生法25条は、労働災害発生の急迫した危険があるときは直ちに作業を中止させ労働者を退避させることを事業者の義務としている。逆向きの命令を法は想定していない。拒否を理由とした懲戒は、ほぼ確実に無効だ。
ただし日本の法制は、事業者に退避させる義務を課す形をとっていて、労働者個人が自主的に退避する権利と、それを理由とする不利益取扱いの禁止は明文化されていない。拒否して帰宅し、結果として何も起きなかった場合、その従業員を守る条文はない。
22歳の社員が店長に「行きません」と言えるか。言えるわけがない。力関係を論じる前に、制度がそこを空白にしている。
レジ金が瓦礫の下敷きになっても、従業員個人が賠償を負うことは実務上まずない。労働者への求償は信義則上大幅に制限され、店舗側は保険で処理できる。失われるはずだった金額と命は、そもそも同じ天秤に乗らない。
責任追及の見通しは、刑事と行政で非対称になる。安衛法25条違反であれば119条により6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、122条の両罰規定で法人も処罰対象に入る。一方、業務上過失致死を問うには爆発という結果の具体的予見可能性が要る。地震から1時間の時点でガス漏れは公表されておらず、警備員が施錠のため人を出入りさせている状況で、店長個人にその予見を求めるのは相当に厳しい。制度上の受け皿は行政罰の側に寄っている。
遺族の側から見ると、まず動くのは労災だ。遺族補償年金と葬祭料は会社の過失と無関係に支給され、会社が申請に非協力でも遺族が直接労働基準監督署へ請求できる。補償から逃げるという構図は、この部分については成り立たない。会社が争えるのは、労災に上乗せされる損害賠償の部分に限られる。
戻れなくする
対策の方向は既に見えている。訓練で人を鍛えるのではなく、戻れない状態を作ること。
実際、あの日それが機能した場面がある。警備員が「ここは施錠するから出てください」と告げた店では、従業員が全員外に出た。彼らが特に判断力に優れていたわけではない。施錠は警備員の通常業務で、非常時モードへの切り替えを必要としない。日常の手順がたまたま安全側を向いていた。
レジ金を各店の金庫に集める運用も、同じ日常の手順だ。向きが逆だっただけ。
業界からは、百貨店方式を持ち込む案が出ている。車の鍵や免許証、財布といった最低限の貴重品を専用のポシェットに入れて身につけたまま勤務させ、私物を取りに戻る必要そのものをなくす。閉店処理を建物外で完結させる仕組みも同じ発想で組める。
もっとも、規制線は現場の判断で越えられる。爆発後、立入禁止区域となった館内には、猫カフェに取り残された猫25匹を救出するため、消防や警察、イオンモール関係者の協力を得て店のマネージャーが入っている。猫は全頭無事だった。人命最優先の規制ですら内部に入る余地は残るわけで、施錠が実効性を持つかどうかは、掛け金の強度ではなく誰が例外を認めるかの運用に懸かる。
点検の中身
この施設は10年前にも被災している。平成28年熊本地震で甚大な被害を受け、一部エリアの建て替えと補強工事を経て営業を再開した。設備は補強され、避難誘導の練度も上がっていた。更新されなかったのは、客を外に出した後の従業員の扱いだった。
イオンは全国の施設でガス設備の緊急点検を始めた。経済産業省も全国のLPガス協会などに緊急点検を要請している。点検に注力するため、夏休み期間中のイベントが各地で中止になった。
発表されているのは設備の点検だ。避難後の運用をどう変えるかの具体策は、まだ出ていない。「施設運営の見直し」という言葉に何が入るかで、この事故が残すものが決まる。
原因はLPガスとみられている。開店した2005年から使われていて、過去にトラブルはなく、3月に自主点検、6月に法定点検を済ませていた。核店舗のイオン熊本店は6月13日に初の大規模改修を終えたばかりだった。東京大学大学院の茂木俊夫教授は、バックヤードのような密閉空間に可燃性ガスが滞留し、圧力を逃がす部分がなかったため内圧が高まって外壁ごと破壊されたとの見方を示している。経済産業省と高圧ガス保安協会の専門家が県警に同行して現地調査に入り、LPガス事業者への聞き取りも始まっている。
バックヤードは、従業員が戻った先だ。
分かっていないこと
大竹さんの勤務先の運営会社名を、主要メディアはどこも報じていない。オンワードホールディングスは自社従業員3人の死亡を公表しており、伏せられているのは大竹さんともう1人の女性の勤務先に限られる。SNSでは複数の店名が挙がっているが、確認された情報ではない。ホームページを削除したといった話も、社名が特定されていない以上、前提から成り立たない。西日本新聞の取材に対しては、両社とも会社側が戻るよう指示を出したかなどについて「詳細を確認中」と答えている。
証言の揺れもある。西日本新聞は「会社の人から頼まれた」、KABは「会社の指示で」。同僚からの伝聞なのか業務命令なのかで、責任の所在は変わってくる。
施錠が間に合った店と間に合わなかった店の差も、訓練にアルバイトや契約社員が参加していたかどうかも、まだ報じられていない。労働基準監督署の調査着手も未報道。
確認したい点は他にもある。テナント契約書や運営規程に、災害時の再入館を禁じる条項があったのか。館内放送や安否確認システムを使って、再入館禁止を全テナントへ一斉に告知できる仕組みが用意されていたのか。どちらも設備点検の報告書には載らない。
大竹さんは駐車場で親族に止められている。それでも同僚と店に戻り、約5分後に爆発が起きた。
今回の震災で犠牲になったすべての人に哀悼の意を捧げます。
(本稿の事実関係は8月2日時点のもの)
【8月3日追記】
本稿の公開後、8月2日夜に事実が動いた。大竹玖瑠美さんら従業員2人が勤務していた雑貨店の運営会社「ハビタ」(1976年創業、九州で十数店舗)の上野景真社長ら幹部2人が熊本市内で報道陣の取材に応じ、売上金を金庫に移すため会社側が館内に戻るよう指示したと認めた。同社は大竹さんの通夜に参列して遺族に謝罪し、経緯をまとめた書面を渡している。営業部長は、今から考えると命に代えるものではない、と述べた。
これにより本稿の記述は二点が古くなった。「分かっていないこと」節に書いた社名未公表は解消し、取材拒否やホームページ削除という指摘も当たらない。同節の証言の揺れ——「会社の人から頼まれた」(西日本新聞)と「会社の指示で」(KAB)——も、会社側が指示を認めたことで決着した。伝聞ではなく業務指示だった。
本文は公開時のまま残す。社名が出る前の段階で構造をどう読んだかの記録として、書き換えずに置いておく。指示の存在が会社の自認で確定した以上、本稿で仮定として書いた安衛法25条違反と安全配慮義務違反の議論は、仮定ではなくなった。続報で改めて扱う。
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