なぜ無言で店を出られないのか〜日本人とごちそうさま文化〜
飲食店を出るとき、つい口にしてしまう「ごちそうさま」。
返事がないと寂しくなるこの不思議な感覚について考えてみました。
食事を終えて店を出るとき、必ず何か言葉を発してしまいます。「ごちそうさま」「ごちそうさまでした」、カジュアルな店なら「ごっさ~ん」なんて言うこともあります。
この習慣、いつから身についたのでしょうか。
気がつけば、無言で店を出ることができない体質になっていました。
黙って退店しようとすると、胸のあたりがムズムズして、妙な罪悪感すら湧いてきます。まるで大切な儀式を忘れたような、そんな居心地の悪さです。
料金を払っているのだから、別に何も言わなくていいはず。理屈ではそう分かっています。でも、体が勝手に反応してしまうのです。レジでお金を払い、お釣りを受け取り、扉に向かって歩きながら、自然と口が動きます。
「ごちそうさまでした」
ところが、この言葉への反応は店によってまちまちです。
忙しい時間帯のラーメン店では、厨房の音にかき消されて誰も気づかないことがあります。ファミレスでは、ホールスタッフが遠くにいて届かないこともしばしば。コンビニのイートインコーナーなんて、そもそも誰に言えばいいのか分からないときもあります。
返事がないと、なんとも言えない寂しさを感じてしまうのは私だけでしょうか。せっかく感謝の気持ちを込めて言ったのに、宙に浮いてしまった言葉。独り言をつぶやいた後のような、微妙な恥ずかしさが残ります。
「言わなければよかったかな」
そんな後悔が頭をよぎることもあります。でも次の機会には、やっぱり言ってしまうのです。
逆に、店員さんから「ありがとうございました!」と明るく返事が返ってくると、それだけで気分が晴れやかになります。たったそれだけのやり取りなのに、なぜか満足感があるのです。言葉のキャッチボールが成立した瞬間の、あの小さな喜び。
考えてみれば不思議な文化です。
海外の飲食店では、こんな習慣はあまり見かけません。
チップを置いて黙って出ていく人がほとんどです。日本特有のこの「ごちそうさま文化」は、食事を作ってくれた人への感謝を表す美しい習慣だと思う反面、返事がないときの気まずさも生み出しています。
それでも私は言い続けるでしょう。
返事があってもなくても、この一言を口にすることで、自分の中で食事の時間に区切りがつくような気がするからです。店を出た後の満足感も、きっとこの儀式があってこそ。
今日もどこかの飲食店で、「ごちそうさま」と言いながら店を出る人がいるはずです。返事が返ってくることを、ひそかに期待しながら。
このささやかな期待と、時々訪れる小さな寂しさも含めて、日本の食文化の一部なのかもしれません。
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とある地方都市の某外科医のひとり言
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